上 下
59 / 70
さあ、婚約破棄から始めましょう!

ここは湯治場 2

しおりを挟む
「そういえば、国境の大河で魚介類が取れにくくなった話や、そこで獲れた魚を食べて病を患った話を耳にしたことがありますわ」

 ヴァランティーヌには好んで食べている貝があった。それは大河でとれる希少な貝で、ヴァランティーヌの誕生日付近が旬であることをいいことに毎年取り寄せてもらっていたのだが、この数年食していない。
 父に理由を聞いたら病気になるといけないからとの話だった。その頃にはゴーティエ王子の婚約者になることがほぼ決まっていたので、体を大事にするのは当然だからと諦めたのだけど。

「ん? その話は今必要か?」

 どうもゴーティエ王子にはピンと来なかったようだ。
 あ、これは私としての知識があるからの発想なのね。公害の概念がこの世界にはまだないってことか。
 私はゴーティエ王子の言葉に大きく頷いた。

「もしかしたら、父は工業化と大河でとれた魚介類の摂取で起こる病気の間に何らかの相関関係を導き出していたのかもしれません。我が国は農耕と酪農によって支えられておりますゆえ、やみくもに工業化を進めれば、たちまちに汚染されて食糧難に陥るのではないかと危惧したのでしょう」

 事実はわからないものの、父親を下げないのであれば無難な推測だろう。
 現状維持でやり過ごそうとなさるようなお父さまではないもの。なにか理由があって進められないんだわ。
 本来であれば王弟派に属するグールドン家が自分の一人娘を王子に差し出しているのだ。事なかれ主義者ではなかろう。
 私の説明に、ゴーティエ王子は目をまんまるにした。

「驚いた。その視点はなかったな」
「北も東も、この国よりも工業化が進んでいるのでしょう? 私は政治には疎いですが、国王陛下も私の父も、それぞれの国の様子を伺っているのかもしれません。近代化は急務ではあるのでしょうけれど、利点と問題点の洗い出しも慎重になさる必要はあるかと存じます」
「それはそうだな……ギーセルベルトを通じて確認しておこう」

 少しでも国が滅ぶリスクを回避したいのなら、この話題は必要な部分だろう。内乱を防ぐことができても、隣国との戦争が待ち受けているならそれにも対処は必要だ。ゴーティエ王子に状況が伝わったようで私は嬉しい。
 しかし、それはそれとして。地質調査の知識も必要になるのかしら。貴重な金属……うーん。

「政治の話はここまでとして」

 今後のことに意識を向けていた私の身体にゴーティエ王子の手が触れた。

「ひゃっ」
「ここは風呂だ。疲労回復にも効く湯だからな。身を清めて温まるぞ」

 そうだ。身を清めるためにお風呂に来たんだもんね。
 気持ちを切り替えて、私は布を構えた。

「そうですね。お手伝いいたしますわ、ゴーティエさま」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【短編】捨てられた公爵令嬢ですが今さら謝られても「もう遅い」

みねバイヤーン
恋愛
「すまなかった、ヤシュナ。この通りだ、どうか王都に戻って助けてくれないか」 ザイード第一王子が、婚約破棄して捨てた公爵家令嬢ヤシュナに深々と頭を垂れた。 「お断りします。あなた方が私に対して行った数々の仕打ち、決して許すことはありません。今さら謝ったところで、もう遅い。ばーーーーーか」 王家と四大公爵の子女は、王国を守る御神体を毎日清める義務がある。ところが聖女ベルが現れたときから、朝の清めはヤシュナと弟のカルルクのみが行なっている。務めを果たさず、自分を使い潰す気の王家にヤシュナは切れた。王家に対するざまぁの準備は着々と進んでいる。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...