上 下
44 / 63
さあ、婚約破棄から始めましょう!

貴女は誰だ? 3

しおりを挟む
「ごめんなさい、ゴーティエさま。私は、ヴァランティーヌだとしかお伝えできないのです。ただ、あなたさまの幼馴染であったはずの私は、もう、消えかけているから……お許しください」

 ポロポロと涙が溢れる。この体に残るヴァランティーヌの魂は、愛している相手から剣を向けられていることが悲しくてたまらないのだ。

「ヴァランティーヌ……」
「生き延びたいのであれば、私を斬り捨ててください。そうすれば、あなたさまだけでも生き延びれる。私は、ヴァランティーヌとしての私は、もう、長く居られないから」

 ああ。やっとわかった。《私》がここにいる理由。
 ヴァランティーヌも気づいていたのだ。この世界は、どう足掻いてもゴーティエ王子とヴァランティーヌに幸せな未来は訪れないのだと。
 それは彼らが悪役として倒されるべき存在としてデザインされているからだ。
 ヴァランティーヌは幾度目かの結末で祈ったのだろう。いつかの未来で、幸せな結婚をしたい。せめて、ゴーティエさまの幸せを願いたい、と。
 それがゴーティエルートへの合流だった。だが、それはヴァランティーヌ自身の死を意味する。
 かつてゴーティエはヴァランティーヌに告げていた。「オレの気持ちを受け止めてくれるのなら、一生愛し、尽くすことができるだろうとは思っているよ」と。それはヴァランティーヌに向けた言葉で、《私》に向けられたものではない。
 だから私は、嘘はつけない。
 剣先が揺れた。

「ゴーティエ、そこまでにしておけ」

 アロルドが静かに立ち上がり、ゴーティエ王子の剣を下げさせる。エルベルもそれを見てゴーティエ王子の剣を取り上げた。

「ヴァランティーヌ」

 ゴーティエ王子が一歩足を踏み出す。手元に武器はない。

「私の知る限りでは、あなたさまに命を奪われる未来はございません。運命を変えたいと願うなら、あなたさまの手でどうか私を――」
「ヴァランティーヌっ」

 彼の手が伸びた。ゴーティエ王子が望むようにしようと抵抗せずに身を任せれば、彼は私の身体をしっかりと抱き締めた。

「……まだ、そこにいるではないか。愚か者。一人で消えようなどと思うな。オレだって、貴女の生きる未来を望んでいるのだ。オレはもうどうなってもいい。ただ貴女を、愛する貴女を守り抜く未来が、オレの願いなのに」

 抱き締められているので彼の顔は見えない。ただ、彼が涙を流していることは、私の耳に触れる彼の頬が濡れていることから明らかだった。

「ゴーティエさま……」

 私はそっと彼の背中に手を回す。
 どうすれば、この窮地を脱することができるのだろう。私には何ができるのだろう。ヴァランティーヌとゴーティエのために、《私》は何が。
 思考を巡らせていると、扉が強めに叩かれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。 だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。 全2話。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

公爵令嬢の立場を捨てたお姫様

羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ 舞踏会 お茶会 正妃になるための勉強 …何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる! 王子なんか知りませんわ! 田舎でのんびり暮らします!

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

処理中です...