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さあ、婚約破棄から始めましょう!
ヴァランティーヌについて 4
しおりを挟むガサッと音がして、みるみるうちに真っ黒な頭巾と真っ黒なマントに包まれた人影が現れる。
「――あら御機嫌よう、ヴァランティーヌ嬢。あたしにまで用事がありますの?」
前回同様に目深に被られた頭巾で顔が見えない。赤い小さな唇だけが頭巾の下からかろうじて見えた。
「御機嫌よう、エリー。あなたに聞きたいことがあるの」
「エリー、不用意に応えるな」
低めた声でヴェンセラスが命じる。おそらく、屋敷の使用人達にもそのような声で命じているのだろう。
年相応な声も出せるのね……ゲームでは最後まで愛らしい声のままだったけど、ここは現実だし……
私の動きはヴェンセラスに片手で封じられているので、ただただエリーを見つめるだけ。
エリーは軽く頭を傾げると、数歩近づいてきた。
「ヴェンセラスさま、言っておくけどあたしはあなたさまに仕えている人間ではありませんの。しがない占い師にすぎませんわ。あなたさまの専属でもありませんし」
やれやれといった様子で肩をすくめ、改めて私に近づいた。
「で、何かしら? 聞きたいことって」
ヴェンセラスを無視してエリーがグイグイと近づいてきたからか、ヴェンセラスは私の肩のそばから手をどかしてくれた。一歩下がってもくれて、いくらか自由が戻る。
私はエリーに向き直った。
「あなた、アロルド・エルヴェの未来を占ってない? もしくは、ソフィエット・ノートルベールの未来を占っていないかしら?」
「うーん、どうだったかしらねぇ」
エリーの反応は鈍い。ごまかしている、とか、嘘をつこうとしている、という雰囲気ではなく、純粋に思い出せないといった様子である。
ふむ……。この世界だし、二人なら間違いなく今一番人気がある予言者エリーに頼むかと思ったんだけど、ハズレかしらね。
当てが外れてがっかりはしたが、仕方がない。私は気を取り直そうと、心の中で自身を励ました。
「はっきりと覚えていないなら、それでいいわ。最近のアロルドの言動が妙なのは、占ってもらったからじゃないかと思っていたんだけど……きっとあなたにではないのね」
エリーは有名な予言者だが、他にも予言者と呼ばれる人間はたくさんいる。家によっても頼る占い師は違うようなので、必ずしもエリーを呼ぶ必要もないのだ。
私が納得し、次のことを考えていると、エリーがクスクスと笑った。
「ゴーティエ王子があたしに占いを頼んだかどうかは聞かないのですね。あたし、あの部屋にいたのに」
「だって、それは自明ですもの。聞くまでもありませんわ」
私は即答した。
ゴーティエ王子はおそらくエリーに占いは頼まない――そう考えている上で、私ははっきりとは明言しなかった。ここにはヴェンセラスもいるから、秘匿できそうな情報はできるだけ伏せておきたい。
エリーの口元が少しこわばって、再び笑みの形を作った。
「そう……それもそうですわね」
「あと、せっかくだから忠告するけど、ヴェンセラスさまと手を組むくらいなら私を選びなさい。悪いようにはしないわ」
「なっ‼︎」
私の発言にあからさまに反応したのはヴェンセラスだ。驚愕の表情のまま私たちの顔を交互に見ている。
一方、エリーは愉快そうに口の端を上げていた。掴みはよさそうだ。
よし、ヴェンセラスへの牽制ついでにエリーをしっかりスカウトしておこう。
「エリー、私は必ずゴーティエ王子と結婚をし、この国を未来に導く支えとなるわ。敵対しなくて済むように、私に力を貸しなさい」
「ふふ。面白いことを言いますわね。あなたさまがここを訪ねてくることを予知して隠れていたのですが、こんなことになるなんて想定外。代金は払ってくれるのかしら?」
私たちの会話を聞いてうろたえるヴェンセラスの声が聞こえるが、二人して完全に無視した。彼自身は権力を持っているが、パワーでは引きこもっているだけに非力なのだ。エリーの正体が男だとヴェンセラスが知っているのかは不明だが、私たちが同時に襲いかかったらヴェンセラスに勝ち目はない。
「あら、前払いでしてよ。じっくり覗いていったんですから、多少は融通してくれるところじゃなくて?」
先日の覗きと私の身体を見物してから去って行った件についてを含ませて煽ってやると、エリーはことさら楽しげな声を立てて笑った。
「ふふふ。面白いわね。あたし、ヴァランティーヌ嬢のことが好きになっちゃった。楽しませてくれそうな予感。ちょっと考えさせて」
「ええ。いい返事をお待ちしていますね」
弾む足取りで私から離れると、エリーはヴェンセラスの横をするりと通り抜けて部屋から退場した。
「おい、エリーっ⁉︎」
「では、私もおいとまいたしますわ。御機嫌よう、ヴェンセラスさま。足下には注意なさって」
もう長居は無用だ。エリーを勧誘しておけば、ヴェンセラスルートでゴーティエ王子の立場が危うくなることはまずない。ソフィエットがヴェンセラスと結ばれることになっても、おそらく大丈夫だ。
「ヴァランティーヌちゃん、どうしてこんな――」
「そんなの、ゴーティエ王子のために決まっていますわ」
混乱状態のヴェンセラスを置いて、私は王立図書館の執務室を出たのだった。
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