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さあ、婚約破棄から始めましょう!
変わり始めるシナリオ 4
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パチッパチッと火の爆ぜる音にハッとすると、あたりはすでに火の海だった。取り巻く炎のお陰で壁さえよく見えない。室内に置かれた木造の椅子がゆっくりと崩れていくのが目に入った。
なんで、こんな……。
自分がどうしてここにいるのかなんて悠長に思い出そうとしている場合ではない。とにかく身の安全を確保しなくてはとドレスの裾を引っ張り上げる。そのドレスを見て、私は疑問を覚えた。
この真っ白なドレスは……ウェディングドレス?
見覚えがない――いや、本物を見たことがないだけだ。間違いない、これは美麗なイラストとして画面越しに見たもの――悪役令嬢ヴァランティーヌのウェディングドレス。
ゲームでは、ヴァランティーヌはこのドレスを纏って絶命することになる。といっても、複数あるエンディングの一つであり、ソフィエットがアロルドを選んだときに起こるイベントのもの。
どうして? アロルドさまはソフィエットと結婚することを渋っていたはずなのに。ううん、そんなことよりも、ゴーティエさまは? ゴーティエさまは今、どこにいらっしゃるの?
私は前世記憶を頼りに結婚式場となった神殿をさまよう。
時系列がわからないけれど、私が生きているということはゴーティエ王子がまだ生きている可能性が高い。ゲームでの絶命シーンはヴァランティーヌが先であり、その後にゴーティエ王子が騎士アロルドに刺されるのだ。
自分がいた場所が新婦の控え室であることを思い出し、私はようやく彼らがいるはずの広間にたどり着いた。周囲をほとんど炎で包まれているが、祭壇付近にある二つの影の正体は私にはわかる。
「待って!」
ゴーティエ王子とアロルドが対峙している。ゴーティエ王子は一瞬だけこちらに目を向け――その隙にアロルドは胸に刃を突き立てた。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
シナリオが違う。どうして、こんな。
ねえ、なんで……ゴーティエさま、なんで私を見て笑ったの? ホッとしたような、そんな顔をして……。
「悪いな、ヴァランティーヌ嬢。俺はこうするしかないんだ」
泣き崩れた私のそばに、彼の血で濡らした剣を携えたアロルドが歩いてきた。その足取りは重い。
「許さない……私はあなたを許さない!」
見上げて睨んだ刹那、胸元に熱を感じる。口から熱がこぼれた。
「さようならだ、ヴァランティーヌ嬢」
そう告げるアロルドの顔には苦渋が満ちている。
なんで……なんで……?
痛みを意識する前に、世界は暗転する。
パチっと目を開けて、咄嗟に自身の胸に手を当てた。すごい汗だ。心臓が興奮してばくばくと脈打っている。
「……夢?」
やけに生々しく感じられた。もしかしたら、これはただの夢ではなく予知夢なのかもしれない。
アロルドさまとソフィエットがくっつくの?
そうなるとどうなるのか――私はその詳細を思い出すと同時に、ゴーティエ王子の攻略を後回しにしていた原因を思い出した。
『プリンセス・ソニア』は最終的な敵となるゴーティエ・リオンと障害となるヴァランティーヌ・グールドンを倒し、ソフィエットと結ばれる攻略対象が国を獲る物語なのだ。つまり、どんなルートであれ最終的にはソフィエットがお妃さまになるから、プリンセス・ソニアなのである。
ゴーティエ王子を攻略できるようになるのは、全ての攻略対象でのエンディングを迎えたあとなので、実質的には隠しキャラなのだった。
って、かなりマズイ……。私が知っている展開だと、どう頑張っても私は退場させられるし、ゴーティエ王子の命だって危ないじゃない。
肩に乗る重みを思い出してそちらを見やれば、ちょうどゴーティエ王子が目を開けるところだった。
「ああ、すまないな……つい眠ってしまった」
片目を擦って、目ヤニを取るとゴーティエ王子は顔を上げる。私と目が合った。
「ゴーティエさま」
「どうした? 顔色がずいぶんと悪いな……」
彼は私の前に立ってまじまじと顔を眺めた後、何を思ったのか私の身体を軽々と抱き上げた。いきなり横抱きにされると心もとない。
「え、あの」
「寝室で一緒に仮眠を取ろう。夕食には呼ぶように伝えてあるから、心配はいらない」
仕事をさっさと片付け終えてから部屋に戻ってきたということらしかった。ゴーティエ王子は頼もしい。
私は彼の首に腕を回した。彼は温かい。
「……どうした?」
身体を支える以上に力を込めてしまったので、ゴーティエ王子に気づかれたようだ。私は今にも泣き出してしまいそうな自分を抑えて、ボソボソと返事をする。
「夢見が悪くて……あなたさまのことをとても恋しく思います」
「不吉なことを言うんだな。オレは死なないぞ」
「私だって、あなたさまを死なせるようなことはいたしません」
話しているうちに寝室に入る。私の身体がベッドに降ろされると、私たちは抱きしめ合った。お互いの存在を確認し合うように、しっかりと、ぎゅっと。
「ゴーティエさま……」
「心配するな。オレが貴女を守るから」
深い口づけをして、互いの熱を感じて。
きっとこんな時間は長くは続かないのだ――そんな予感があって、胸が苦しかった。
なんで、こんな……。
自分がどうしてここにいるのかなんて悠長に思い出そうとしている場合ではない。とにかく身の安全を確保しなくてはとドレスの裾を引っ張り上げる。そのドレスを見て、私は疑問を覚えた。
この真っ白なドレスは……ウェディングドレス?
見覚えがない――いや、本物を見たことがないだけだ。間違いない、これは美麗なイラストとして画面越しに見たもの――悪役令嬢ヴァランティーヌのウェディングドレス。
ゲームでは、ヴァランティーヌはこのドレスを纏って絶命することになる。といっても、複数あるエンディングの一つであり、ソフィエットがアロルドを選んだときに起こるイベントのもの。
どうして? アロルドさまはソフィエットと結婚することを渋っていたはずなのに。ううん、そんなことよりも、ゴーティエさまは? ゴーティエさまは今、どこにいらっしゃるの?
私は前世記憶を頼りに結婚式場となった神殿をさまよう。
時系列がわからないけれど、私が生きているということはゴーティエ王子がまだ生きている可能性が高い。ゲームでの絶命シーンはヴァランティーヌが先であり、その後にゴーティエ王子が騎士アロルドに刺されるのだ。
自分がいた場所が新婦の控え室であることを思い出し、私はようやく彼らがいるはずの広間にたどり着いた。周囲をほとんど炎で包まれているが、祭壇付近にある二つの影の正体は私にはわかる。
「待って!」
ゴーティエ王子とアロルドが対峙している。ゴーティエ王子は一瞬だけこちらに目を向け――その隙にアロルドは胸に刃を突き立てた。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
シナリオが違う。どうして、こんな。
ねえ、なんで……ゴーティエさま、なんで私を見て笑ったの? ホッとしたような、そんな顔をして……。
「悪いな、ヴァランティーヌ嬢。俺はこうするしかないんだ」
泣き崩れた私のそばに、彼の血で濡らした剣を携えたアロルドが歩いてきた。その足取りは重い。
「許さない……私はあなたを許さない!」
見上げて睨んだ刹那、胸元に熱を感じる。口から熱がこぼれた。
「さようならだ、ヴァランティーヌ嬢」
そう告げるアロルドの顔には苦渋が満ちている。
なんで……なんで……?
痛みを意識する前に、世界は暗転する。
パチっと目を開けて、咄嗟に自身の胸に手を当てた。すごい汗だ。心臓が興奮してばくばくと脈打っている。
「……夢?」
やけに生々しく感じられた。もしかしたら、これはただの夢ではなく予知夢なのかもしれない。
アロルドさまとソフィエットがくっつくの?
そうなるとどうなるのか――私はその詳細を思い出すと同時に、ゴーティエ王子の攻略を後回しにしていた原因を思い出した。
『プリンセス・ソニア』は最終的な敵となるゴーティエ・リオンと障害となるヴァランティーヌ・グールドンを倒し、ソフィエットと結ばれる攻略対象が国を獲る物語なのだ。つまり、どんなルートであれ最終的にはソフィエットがお妃さまになるから、プリンセス・ソニアなのである。
ゴーティエ王子を攻略できるようになるのは、全ての攻略対象でのエンディングを迎えたあとなので、実質的には隠しキャラなのだった。
って、かなりマズイ……。私が知っている展開だと、どう頑張っても私は退場させられるし、ゴーティエ王子の命だって危ないじゃない。
肩に乗る重みを思い出してそちらを見やれば、ちょうどゴーティエ王子が目を開けるところだった。
「ああ、すまないな……つい眠ってしまった」
片目を擦って、目ヤニを取るとゴーティエ王子は顔を上げる。私と目が合った。
「ゴーティエさま」
「どうした? 顔色がずいぶんと悪いな……」
彼は私の前に立ってまじまじと顔を眺めた後、何を思ったのか私の身体を軽々と抱き上げた。いきなり横抱きにされると心もとない。
「え、あの」
「寝室で一緒に仮眠を取ろう。夕食には呼ぶように伝えてあるから、心配はいらない」
仕事をさっさと片付け終えてから部屋に戻ってきたということらしかった。ゴーティエ王子は頼もしい。
私は彼の首に腕を回した。彼は温かい。
「……どうした?」
身体を支える以上に力を込めてしまったので、ゴーティエ王子に気づかれたようだ。私は今にも泣き出してしまいそうな自分を抑えて、ボソボソと返事をする。
「夢見が悪くて……あなたさまのことをとても恋しく思います」
「不吉なことを言うんだな。オレは死なないぞ」
「私だって、あなたさまを死なせるようなことはいたしません」
話しているうちに寝室に入る。私の身体がベッドに降ろされると、私たちは抱きしめ合った。お互いの存在を確認し合うように、しっかりと、ぎゅっと。
「ゴーティエさま……」
「心配するな。オレが貴女を守るから」
深い口づけをして、互いの熱を感じて。
きっとこんな時間は長くは続かないのだ――そんな予感があって、胸が苦しかった。
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