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さあ、婚約破棄から始めましょう!
恋は空回る 5
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ゴーティエ王子は私の返事を聞いて、そっと目を伏せた。
「こうして触れることを許してくれて、オレは感謝している。ずっと、貴女に触れたいと思っていたんだ。貴女の名前が婚約者の候補に挙がったときは、本当に嬉しかった」
「どうしてそんなに私を好いてくださるのです?」
執着される理由が私には思い当たらなかった。
ゴーティエ王子の周りには、私以外にも様々な分野で長けている女性は多数存在する。それこそ、ゲームの正ヒロインであるソフィエットだって薬学知識に秀でた才女だ。
私は父親が宰相という立場であって、それなりに古くから続く侯爵家の人間という後ろ盾があり、親の勧めで受けた官吏登用試験に一発合格する実力を持つ。試験を受けたのは婚約者候補に選ばれたことを知らされた後だったので、別にそれがゴーティエ王子に選ばれるきっかけにはなっていないだろうけれど。
私が自分なりに理由を推測していると、ゴーティエ王子は苦笑した。
「――貴女は覚えていないのだな。それでも構わないが」
ボソリと告げられた言葉に、私は小首を傾げる。
「私、何かしましたっけ?」
ゴーティエ王子とは幼馴染みなので付き合いは長い。それこそ一緒にイタズラをして大人たちを困らせた仲である。
どんなことがあったっけ――と、ちょっと思い返してみたけれど、次々に浮かぶエピソードが忘れておいたほうが幸せになれそうなことばかりだったので、回想シーンはやめておくことにしよう。
本気でなんのことだかわからなかったので無邪気に尋ねたのだが、ゴーティエ王子は小さく笑うだけだった。背中を洗ってくれていた彼の手が、そのまま前に回ってくる。
大きな胸の膨らみを腫れ物に触るかのように慎重に拭った。少しくすぐったくて、私は密かに喘いだ。
「――貴女にとっては些細なことだったのなら、なおさら嬉しい。……オレはあのとき、確かに貴女に救われたんだ」
作業をしていた場所に向けていた視線を、ゆっくりと私の顔に向ける。そして改めて顔を上げ、ニッコリと微笑んだ。
素敵な笑顔だな……
心を奪われているうちにゴーティエ王子は私に口づける。甘く優しい口づけ。つい薄く唇を開けると、すかさず彼の舌が入り込んだ。
「んっ……」
心地よく酔わされる。私の扱いをすっかり熟知した動きに、素直に堕とされてしまう。
ああ、ダメだ。呑まれちゃう……
私はすっかり彼に魅了されていた。
唇が離れるときに水音がして、名残惜しく思う気持ちが二人を繋ぐ銀糸となって可視化された。
「ヴァランティーヌ……オレは貴女のことしか愛せない。貴女の予知した未来が、オレたちにとって望ましいものになることを切に願っている」
「……はい」
死にたくはない。できるならこの人と結ばれたい。
だけど、この身体の中からヴァランティーヌは消えかけているし、そんな状態でゴーティエ王子と結婚をするのは何か間違っているような気がする。
私はどうしたらいいの?
ゴーティエ王子の温かな手のひらの感触から優しさやいたわりを覚えるたびに、私の心は苛まれる。このまま快感に溺れてしまっていいのだろうか。それはゴーティエ王子を騙していることにはならないのか。
ねえ、どうして……こんなに苦しくなるなんて思わなかったよ。
涙をお湯の飛沫でごまかしながら、私は必死にゴーティエ王子の愛情を受け入れた。そうすることを選ぶ自分を浅ましく、卑怯に思いながら、今はただ自分に待ち受ける障害のことを忘れようと努めたのだった。
「こうして触れることを許してくれて、オレは感謝している。ずっと、貴女に触れたいと思っていたんだ。貴女の名前が婚約者の候補に挙がったときは、本当に嬉しかった」
「どうしてそんなに私を好いてくださるのです?」
執着される理由が私には思い当たらなかった。
ゴーティエ王子の周りには、私以外にも様々な分野で長けている女性は多数存在する。それこそ、ゲームの正ヒロインであるソフィエットだって薬学知識に秀でた才女だ。
私は父親が宰相という立場であって、それなりに古くから続く侯爵家の人間という後ろ盾があり、親の勧めで受けた官吏登用試験に一発合格する実力を持つ。試験を受けたのは婚約者候補に選ばれたことを知らされた後だったので、別にそれがゴーティエ王子に選ばれるきっかけにはなっていないだろうけれど。
私が自分なりに理由を推測していると、ゴーティエ王子は苦笑した。
「――貴女は覚えていないのだな。それでも構わないが」
ボソリと告げられた言葉に、私は小首を傾げる。
「私、何かしましたっけ?」
ゴーティエ王子とは幼馴染みなので付き合いは長い。それこそ一緒にイタズラをして大人たちを困らせた仲である。
どんなことがあったっけ――と、ちょっと思い返してみたけれど、次々に浮かぶエピソードが忘れておいたほうが幸せになれそうなことばかりだったので、回想シーンはやめておくことにしよう。
本気でなんのことだかわからなかったので無邪気に尋ねたのだが、ゴーティエ王子は小さく笑うだけだった。背中を洗ってくれていた彼の手が、そのまま前に回ってくる。
大きな胸の膨らみを腫れ物に触るかのように慎重に拭った。少しくすぐったくて、私は密かに喘いだ。
「――貴女にとっては些細なことだったのなら、なおさら嬉しい。……オレはあのとき、確かに貴女に救われたんだ」
作業をしていた場所に向けていた視線を、ゆっくりと私の顔に向ける。そして改めて顔を上げ、ニッコリと微笑んだ。
素敵な笑顔だな……
心を奪われているうちにゴーティエ王子は私に口づける。甘く優しい口づけ。つい薄く唇を開けると、すかさず彼の舌が入り込んだ。
「んっ……」
心地よく酔わされる。私の扱いをすっかり熟知した動きに、素直に堕とされてしまう。
ああ、ダメだ。呑まれちゃう……
私はすっかり彼に魅了されていた。
唇が離れるときに水音がして、名残惜しく思う気持ちが二人を繋ぐ銀糸となって可視化された。
「ヴァランティーヌ……オレは貴女のことしか愛せない。貴女の予知した未来が、オレたちにとって望ましいものになることを切に願っている」
「……はい」
死にたくはない。できるならこの人と結ばれたい。
だけど、この身体の中からヴァランティーヌは消えかけているし、そんな状態でゴーティエ王子と結婚をするのは何か間違っているような気がする。
私はどうしたらいいの?
ゴーティエ王子の温かな手のひらの感触から優しさやいたわりを覚えるたびに、私の心は苛まれる。このまま快感に溺れてしまっていいのだろうか。それはゴーティエ王子を騙していることにはならないのか。
ねえ、どうして……こんなに苦しくなるなんて思わなかったよ。
涙をお湯の飛沫でごまかしながら、私は必死にゴーティエ王子の愛情を受け入れた。そうすることを選ぶ自分を浅ましく、卑怯に思いながら、今はただ自分に待ち受ける障害のことを忘れようと努めたのだった。
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