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さあ、婚約破棄から始めましょう!

恋は空回る 2

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 俯いたまま正直な気持ちを告白した私を、ゴーティエ王子はしっかりと抱き締めてくれた。

「――そうだな……自信はないし確約もできないが、オレの気持ちを受け止めてくれるのなら、一生愛し、尽くすことができるだろうとは思っているよ」

 そう告げて、幼子にするように私の頭を優しく撫でてくれた。
 彼の胸に顔を押し付けて、溢れた涙をそっと拭う。

「ヴァランティーヌ……環境が大きく変わりつつあるせいで、疲れが取れないのだな。無理をさせるつもりはなかったんだが……物怖じしない強い女性だと評価していたから、このくらいは平気だろうと踏んでいた。申し訳ない」
「いえ……」

 私は小さく首を横に振った。気を遣わせてしまって申し訳ない。確かに以前のヴァランティーヌであれば、このくらいの仕事は難なくこなせたはずだ。男だらけの場所にいても、凛として仕事をこなせていたと思う。
 うまくいかないのは、私が私でなくなっていっているからだ。

「ゴーティエ王子、やはり私は結婚を取りやめた方がいいと思うのです。きっと、あなたさまを失望させることが増えてしまう。そうなったらあなたさまになんと詫びたらいいのかわかりませんし、自分自身の矜持を失ってしまう……そうなるのが、怖い……」

 ヴァランティーヌらしくない弱気な発言だと思う。でも、伝えなければ伝わらない。
 怯えて小さく震える私を、ゴーティエ王子は強く抱き締める。ここに私がいて、彼がいるのだと示すように。

「オレの期待に応えるのが負担だというなら、気にすることはない。オレが貴女を選んだのは、それだけが理由ではないからな。オレのそばで元気に笑っていてくれれば充分だ。――愛している、ヴァランティーヌ。オレの前から消えないでくれ」

 ゴーティエ王子の泣き出しそうな声に顔を上げると、不安そうな顔がそこにあった。
 そばで元気に笑っていてくれればそれでいい、か……
 その言葉はなぜか信じられた。ゴーティエ王子はヴァランティーヌにたくさんの期待を背負わせていたようには感じられたが、それらの下にはもっと素直な気持ちがある。
 この人は、本当にヴァランティーヌのことを愛しているんだな……
 愛情表現は行き過ぎている面もあるが、仕事は体調優先で考えてくれる。ヴァランティーヌのことをきちんと見ていこうという姿勢が感じられた。オレについて来い、というわけではないことに、好感が持てる。

「ゴーティエ王子……」

 今日の件については謝ろう。勝手な行動をしてしまったのは事実だ。もっと相談をして、よりよい未来のために尽くす必要がある。前向きに検討していきたい。
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