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さあ、婚約破棄から始めましょう!

恋は空回る 1

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 ゴーティエ王子によって王宮に連れてこられてしまった私は、おとなしく彼に従っていた。身体に力が入らないので、されるがままの状態である。
 どうしてこんなことに……
 私はただ、アロルドとソフィエットのフラグがどの程度立っているかを知りたかっただけなのに。
 すれ違う人々の視線が気になる。横抱きにして運ばれているのは恥ずかしいのだが、だからといって立って歩けるわけでもない。しぶしぶ落とされないようにくっついているくらいしかできない、情けない私である。

「とりあえず、一緒に水浴びをするぞ」
「……はい?」
「風呂に入ろうと言っているのだ。詰所は汗臭かったからな」

 聞き間違いかと思ったが、そんなことはないらしい。ゴーティエ王子はさらりと言ってのけた。
 いや、今私たちが汗臭いのは、狭くて暑い馬車の中で乳繰り合っていたからだと思いますがね――などと言えるわけがない。人目もあるし。
 私の同意や許可を得ることなしに、ゴーティエ王子は彼の私室からその奥に通じる部屋に私を案内した。部屋の中央にはバスタブがある。風呂場だ。
 ゴーティエ王子は私をバスタブの前に下ろして、潔く服を脱ぎ始める。

「湯の手配は馬車から降りるときにしておいたから、じきに来るはずだ」
「あ、あの……私はあとから使わせていただきますので、お先にどうぞ」

 一緒に入るにしては、目の前にあるバスタブは少々狭い。一人用にしては充分過ぎるくらいに広いのだけども。
 私が遠回しに拒否をすると、ゴーティエ王子は上着を脱ぎ捨てて相対した。

「オレは一緒に入れと命じたんだ。奉仕をしろとは言わないから、それくらい従え」

 まだ機嫌は直っていないようだ。彼にイライラした目で見下ろされると、私は肉食獣の前の小動物のように震えて縮こまるしかない。

「……奉仕、ですか」

 ボソリと気になった単語をつぶやく。
 ゴーティエ王子はこのバスタブで女性に奉仕をさせたことがあるということだろう。どんな奉仕を受けたのか、あるいは命じたのか――その詳細は聞かない方がいいような気がした。
 なんでそんな言葉が胸に引っかかるんだろう。
 ヴァランティーヌのことが好きすぎて勉強に熱心だったようだが、私にとってはどうでもいい情報のはずなのに頭から離れない。

「――なんだ? 思った反応と違うんだが」
「あ、いえ……」

 私にとっても、自分の反応に戸惑っている。将来的には夫婦になることが約束されている立場とはいえ、気軽に肌を見せ合うのはどうなのだろうか。抵抗したり、嫌悪感を示したりしてもよさそうではある。なのに、そういう反応がすぐに浮かばないし、動けなかった。
 病み上がりではあるから、疲れやすいのかな……
 座り込んだまま視線を床に向けていると、ゴーティエ王子が私の前に膝をついて顔を覗き込んできた。

「ヴァランティーヌ、貴女は何か変だ。予知したと告げたあの瞬間から、時々別人のように感じられてしまう。貴女はこうしてそばにいるのに、オレの知っている貴女は遠くに行ってしまったようで……そんなにオレから逃げたいのか?」
「変、ですか……そうかもしれませんね。あなたさまの直感は正しいかもしれません」

 今の《私》はヴァランティーヌだけではない。ヴァランティーヌとしての意識もあるが、それ以上に前世の《私》が邪魔をする。幼馴染でもあるゴーティエ王子が不審がるのもわかる気がする。
 正直な感想を告げると、ゴーティエ王子は私の両肩に手を置いた。

「ヴァランティーヌ……」
「あなたさまは、私が私でなくなったとしても、私のそばで一生愛し通す覚悟はおありですか?」

 このまま死ぬ運命から逃れるために奔走していたら、もしかしたら、私はヴァランティーヌとしての自分を失ってしまうかもしれない――そんな予感が、実はある。
 ゴーティエ王子が愛しているのは、今の《私》ではなく、幼少期から仲良く過ごしてきたヴァランティーヌという名の少女なのだ。それは、彼が私に触れて愛を囁くたびに痛感させられる。
 すごく、胸が痛い。
 自分の死を回避するためではなく、彼とヴァランティーヌのために、きちんと別れるのが本当の幸せなのではないだろうか――
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