さあ、婚約破棄から始めましょう

一花カナウ

文字の大きさ
上 下
2 / 80
さあ、婚約破棄から始めましょう!

フラグを確認しましょうか 1

しおりを挟む
「――私はおそらく、今宵の交わりで懐妊します」

 前世知識を呼び出す限り、今日はいわゆる危険日というやつである。貴族階級で栄養状態のいい私は、月のものが定期的にきている。前回の月経から数えると、今はちょうど排卵日の前日に当たるのだ。
 百発百中で妊娠可能というわけでは流石にないだろうが、妊娠しやすい体調には違いない。

「別にそれは構わないと思うが……。挙式に不便はあるだろうが、子どもができることは喜ばしいこと。婚約もしているのだから、手続きとして問題はないではないか?」

 互いに素っ裸であることが気になったのか、ゴーティエ王子は喋りながら私に薄布を羽織らせた。
 なんだろう、そういう気遣いがどうにもくすぐったい。

「ええ……手続きとしましては、大きな問題はございませんわ。しかし、私は懐妊と同時に病を患い、子を流してしまうだけでなく、私自身も命を落としてしまう――そういう未来を見てしまったのです」

 細かい部分は違うのだが、説明したところで理解できないだろう。うまいことローカライズして結末から離れない範囲に話を作ってみた。
 この世界は予言者という職業が周知されており、夢等で未来の吉凶を占うことが日常的に行われている。元々はゲームの攻略に必要な情報をプレイヤーに与えるためのギミックであるが、せっかくなので利用させてもらおう。

「未来を……」

 美麗な顔が困惑に歪む。ゴーティエ王子はどうやら本気で私を案じてくれているようだ。
 えっと……これは私がいきなり未来を見たなんて言い出したことに対して心配しているのか、それとも、私の言う未来を信じて心配しているのかよくわからないわね……

「は、はい。どうも、強い痛みが引き金になったみたいで……」

 痛かったことは正直に伝えておこう。それによって思い出したこともあながち間違いがないわけだし。

「貴女に痛い思いをさせたことは悪かった。きちんと手順を踏んだつもりだったのだが、まだ足りなかったのだな……。初めてでも快感を与えられるように、研鑽を重ねてきたつもりだったのだが」

 心の底から申し訳なく思っているらしく、ゴーティエ王子はこうべを垂れた。
 ん? 前世の記憶を思い出したせいで聞き流しそうになっていたけど、ゴーティエ王子って……

「あ、あの……」
「ん? どうした?」

 落ち込んだ顔がこちらに向けられる。私は薄布の前をしっかり合わせながら、ゴーティエ王子の顔を覗き込んだ。

「貴女も……とか、処女を抱いたこともある……とか、研鑽を重ねて……とか、その……あなたさまはずいぶんと経験が豊富でいらっしゃるのですね……」

 ゲームの設定では確かに童貞ではなかったはずだが、そんなに様々な女性を相手にするような男だっただろうか。
 まあ、私はアロルドさま推しだったから、ほかの攻略対象の経歴に興味はなかったんだけどね! それに、推しの攻略の都合上、ほかの攻略対象だってある程度は覚えたけど、忘れることほうが多かったし。
 浮気を疑う発言をすると、ゴーティエ王子は目を見開いて焦燥した様子で私の両肩を掴んだ。

「そんな言い方をしないでくれ、ヴァランティーヌ」

 必死な顔。彼がそんな表情で迫るシーンを、私は、いや、前世の私でさえ知らない。

「オレは貴女に出逢ったその時から一途に貴女を想ってきたんだ。だから、貴女を傷つけないようにするために父上に相談し、練習用にと女性をあてがってもらった。それを不潔だと、浮気だと言うのであれば、そう罵ってくれて構わない。どうするのが最善なのか、オレにはわからなかったんだ」

 えっと……そんなに動揺されましても。
 今にも泣き出しそうな必死な表情は、正直ドン引きなのだけども、彼がヴァランティーヌに対して優しくしたいと願い行動していたことは伝わった気がする。
 一生懸命な人を、その方法が間違っていても、今くらいは笑わないであげたいよね……正直に話してくれたみたいだし。
 どんな反応をしたらいいのかぐるぐる悩んで、私は長く息を吐いた。

「――あなたさまが私をどれほど大事にしようとしていたのかは伝わりました。ですので、手を離してください。肩が痛みます」
「あ、ああ、すまない。今にも貴女がオレの前から消えてしまいそうで……怖くなったんだ」

 ゴーティエ王子は私の肩から手を離してくれた。手放したくない気持ちは言葉だけではないらしく、一度離れたのにもう一度触れて、そうしてゆっくり離れていった。
 彼は今日を楽しみにしていたのね……勢いで押し倒したんじゃなくて、計画を立てて準備をしてきたんだわ。
 私、ヴァランティーヌとしては、親や大人の言いなりでしかなくて、ゴーティエ王子に対しても仲のいいお兄さんとしか見てこなかった。だから、恋人っぽいこととか夫婦になるためのあれこれとか実感を伴っていなかったわけで。
 政略結婚なんだろうって考えていたけど、ゴーティエ王子は私を一人の女性として見ていてくれたようだと受け止められた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。

なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。 追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。 優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。 誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、 リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。 全てを知り、死を考えた彼女であったが、 とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。 後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

勝手にしなさいよ

恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【短編】お姉さまは愚弟を赦さない

宇水涼麻
恋愛
この国の第1王子であるザリアートが学園のダンスパーティーの席で、婚約者であるエレノアを声高に呼びつけた。 そして、テンプレのように婚約破棄を言い渡した。 すぐに了承し会場を出ようとするエレノアをザリアートが引き止める。 そこへ颯爽と3人の淑女が現れた。美しく気高く凛々しい彼女たちは何者なのか? 短編にしては長めになってしまいました。 西洋ヨーロッパ風学園ラブストーリーです。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

眠りから目覚めた王太子は

基本二度寝
恋愛
「う…うぅ」 ぐっと身体を伸ばして、身を起こしたのはこの国の第一王子。 「あぁ…頭が痛い。寝すぎたのか」 王子の目覚めに、侍女が慌てて部屋を飛び出した。 しばらくしてやってきたのは、国王陛下と王妃である両親と医師。 「…?揃いも揃ってどうしたのですか」 王子を抱きしめて母は泣き、父はホッとしていた。 永く眠りについていたのだと、聞かされ今度は王子が驚いたのだった。

処理中です...