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可愛い僕の婚約者さま
婚約者とはぐれて
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嫌な予感がする。
僕は何人かと挨拶を済ませると、テオドラの姿を探す。
今日のドレスはアイスブルーだったはずだ。布が何枚も重ねられた、決して軽くはないだろうスカートが印象的だった。麗しく美しい彼女を会場で見つけるのはとても簡単だと自負していたが、この大ホールにはいないようだ。
なんか様子がおかしかったからな……。
ダンスをしようと誘ったときも笑顔を見せなかった。僕の下心がテオドラに伝わってしまっていたわけではないだろうが、心に引っかかる。
何も告げずに先に帰るということもないだろう。だが、どこかで倒れている可能性はある。僕は残っている挨拶を後回しにして、お手洗いに向かった。
「あら。今日はお気に入りのテアお嬢さんは一緒じゃないのかい?」
お手洗いから戻ってきたらしい貴婦人と目が合うなり、声をかけられた。パーシヴァル伯爵夫人だ。母のお茶友だちであるので、幼いころからよく知っている。栗色の短髪、紅茶色の瞳の妙齢の美女である。
「一緒には来たのですが、お手洗いに行くと言ったままはぐれてしまいまして」
この様子だとお手洗いにはもういないようだ。一体どこに消えてしまったのだろうか。
視線を周囲にさりげなく向けつつ、僕は答える。
「あらまあ。ケンカしたわけではないのでしょう?」
「はい。今でも変わらず仲よしですよ」
親公認であるだけでなく、周囲にも二人の間柄はよくしれている。特に僕の親の世代には釣り合いの取れた素敵なカップルだと評判なのだ。
「じゃあ、すぐに探しに行かないとね。私もテアお嬢さんを見かけたら、アルお坊っちゃんが探していたと伝えるわね」
「お願いします」
ではこれでと去っていくパーシヴァル伯爵夫人を見ながら、いよいよ困った。こんなふうに突然姿を消すようなことは一度たりともなかったからだ。
婚約を解消したい、みたいなことを言っていたし、まさか……。
僕はハッとした。今日この場所で、彼女は駆け落ちをする気なのではなかろうか。
ここのところ彼女にかまう時間をあまり取れなかった。その間に誰かに恋をして、僕から気持ちが離れてしまったのかもしれない。いや、そもそも兄としか思われていないような感じなんだから、気持ちが離れる以前の問題かもしれないが。
いやいやいや、待て待て。
僕は意識的に大きく頭を振る。嫌な思考は追い出すに限る。それでもざわついた気持ちはおさまらなかった。
確かに、エスコート役が僕だけであれば、逃げ出すのはより容易い。駆け落ち相手と適当な場所で合流して逃げるなら、今日ほど適した日はないだろう。
落ち着け、僕。とにかく彼女を見つけて、話をしないと。
挨拶回りはもうおしまいだ。テオドラと早く合流しないといけない。彼女を失いたくないんだから。
それにまだ、僕は君にときめいてもらってない! 真剣に考えた計画を実行して、必ず恋させてやるからなっ!
僕は早足で会場内を巡る。しかしどこを見ても彼女らしき影はなかった。背が高いわけではないので、テオドラは人の中に埋もれがちではあるのだけれど、こんなにうろうろしてまわっているのに出会えないのはおかしい。
「――え? テアお嬢さんを探している? 彼女なら裏庭に行くのを見たよ」
夜のパーティではすっかり定番となった燕尾服を着こなす黒髪の青年ジョシュアが声をかけてきた。僕が一人で探し回っているのを不審に感じてくれたらしかった。こういうとき、持つべきものは友である。
「裏庭?」
「ああ。誰かと待ち合わせでもしているんじゃないか?」
テア、やっぱり駆け落ちなのかっ⁉︎
血の気が引くのを感じたが、ここで彼女を見送ってはいけないと心をふるい立たせる。
「わかった。様子を見に行ってくるよ」
「お前の大事なテアお嬢さんだもんな。合流できることを祈ってるよ」
「ありがとう」
裏庭は今いる大ホールからかなり離れている。理由がなければ近づくような場所ではない。人目がつきにくいので、秘密のやり取りをするにはうってつけの場所ではあるのだが。
ジョシュアに礼をして、僕は裏庭に向かって走り出す。
と。
そこに意外な人物が息を切らせてやってきた。柔らかそうなブロンド、海のように真っ青な瞳の美男はドロテウスだ。昼に職場で会ったときと同じ上着にベスト、トラウザーズという姿で、およそパーティに出席するような格好ではない。
僕を見つけるなり正面にやって来て、呼吸を強制的に整える。肩幅に開いた膝に手をあてて前傾姿勢のドロテウスは尋ねた。
「妹は……はあ……一緒じゃないのか?」
慌てて飛んできたらしい様子に、尋常じゃないものを感じる。
ドロテウスは几帳面で真面目な人物だ。パーティに出席するのであれば、きちんと礼服で来るはずである。そうでないということは。
「テアとははぐれてしまって」
短く答えると、ドロテウスは流れる汗を袖で拭いながら顔を上げる。青い瞳には焦燥。
「居場所はわかっているのか?」
「裏庭に向かったのを見たって人がいたから、確認しに行こうとしていたところだ。――何かあったのか?」
「行きながら話す。テアを追うぞ」
再び走り出したドロテウスに、僕も急いで合わせる。テオドラの身に何かが起きようとしているのは明白だったから。
嫌な予感がする。
僕は何人かと挨拶を済ませると、テオドラの姿を探す。
今日のドレスはアイスブルーだったはずだ。布が何枚も重ねられた、決して軽くはないだろうスカートが印象的だった。麗しく美しい彼女を会場で見つけるのはとても簡単だと自負していたが、この大ホールにはいないようだ。
なんか様子がおかしかったからな……。
ダンスをしようと誘ったときも笑顔を見せなかった。僕の下心がテオドラに伝わってしまっていたわけではないだろうが、心に引っかかる。
何も告げずに先に帰るということもないだろう。だが、どこかで倒れている可能性はある。僕は残っている挨拶を後回しにして、お手洗いに向かった。
「あら。今日はお気に入りのテアお嬢さんは一緒じゃないのかい?」
お手洗いから戻ってきたらしい貴婦人と目が合うなり、声をかけられた。パーシヴァル伯爵夫人だ。母のお茶友だちであるので、幼いころからよく知っている。栗色の短髪、紅茶色の瞳の妙齢の美女である。
「一緒には来たのですが、お手洗いに行くと言ったままはぐれてしまいまして」
この様子だとお手洗いにはもういないようだ。一体どこに消えてしまったのだろうか。
視線を周囲にさりげなく向けつつ、僕は答える。
「あらまあ。ケンカしたわけではないのでしょう?」
「はい。今でも変わらず仲よしですよ」
親公認であるだけでなく、周囲にも二人の間柄はよくしれている。特に僕の親の世代には釣り合いの取れた素敵なカップルだと評判なのだ。
「じゃあ、すぐに探しに行かないとね。私もテアお嬢さんを見かけたら、アルお坊っちゃんが探していたと伝えるわね」
「お願いします」
ではこれでと去っていくパーシヴァル伯爵夫人を見ながら、いよいよ困った。こんなふうに突然姿を消すようなことは一度たりともなかったからだ。
婚約を解消したい、みたいなことを言っていたし、まさか……。
僕はハッとした。今日この場所で、彼女は駆け落ちをする気なのではなかろうか。
ここのところ彼女にかまう時間をあまり取れなかった。その間に誰かに恋をして、僕から気持ちが離れてしまったのかもしれない。いや、そもそも兄としか思われていないような感じなんだから、気持ちが離れる以前の問題かもしれないが。
いやいやいや、待て待て。
僕は意識的に大きく頭を振る。嫌な思考は追い出すに限る。それでもざわついた気持ちはおさまらなかった。
確かに、エスコート役が僕だけであれば、逃げ出すのはより容易い。駆け落ち相手と適当な場所で合流して逃げるなら、今日ほど適した日はないだろう。
落ち着け、僕。とにかく彼女を見つけて、話をしないと。
挨拶回りはもうおしまいだ。テオドラと早く合流しないといけない。彼女を失いたくないんだから。
それにまだ、僕は君にときめいてもらってない! 真剣に考えた計画を実行して、必ず恋させてやるからなっ!
僕は早足で会場内を巡る。しかしどこを見ても彼女らしき影はなかった。背が高いわけではないので、テオドラは人の中に埋もれがちではあるのだけれど、こんなにうろうろしてまわっているのに出会えないのはおかしい。
「――え? テアお嬢さんを探している? 彼女なら裏庭に行くのを見たよ」
夜のパーティではすっかり定番となった燕尾服を着こなす黒髪の青年ジョシュアが声をかけてきた。僕が一人で探し回っているのを不審に感じてくれたらしかった。こういうとき、持つべきものは友である。
「裏庭?」
「ああ。誰かと待ち合わせでもしているんじゃないか?」
テア、やっぱり駆け落ちなのかっ⁉︎
血の気が引くのを感じたが、ここで彼女を見送ってはいけないと心をふるい立たせる。
「わかった。様子を見に行ってくるよ」
「お前の大事なテアお嬢さんだもんな。合流できることを祈ってるよ」
「ありがとう」
裏庭は今いる大ホールからかなり離れている。理由がなければ近づくような場所ではない。人目がつきにくいので、秘密のやり取りをするにはうってつけの場所ではあるのだが。
ジョシュアに礼をして、僕は裏庭に向かって走り出す。
と。
そこに意外な人物が息を切らせてやってきた。柔らかそうなブロンド、海のように真っ青な瞳の美男はドロテウスだ。昼に職場で会ったときと同じ上着にベスト、トラウザーズという姿で、およそパーティに出席するような格好ではない。
僕を見つけるなり正面にやって来て、呼吸を強制的に整える。肩幅に開いた膝に手をあてて前傾姿勢のドロテウスは尋ねた。
「妹は……はあ……一緒じゃないのか?」
慌てて飛んできたらしい様子に、尋常じゃないものを感じる。
ドロテウスは几帳面で真面目な人物だ。パーティに出席するのであれば、きちんと礼服で来るはずである。そうでないということは。
「テアとははぐれてしまって」
短く答えると、ドロテウスは流れる汗を袖で拭いながら顔を上げる。青い瞳には焦燥。
「居場所はわかっているのか?」
「裏庭に向かったのを見たって人がいたから、確認しに行こうとしていたところだ。――何かあったのか?」
「行きながら話す。テアを追うぞ」
再び走り出したドロテウスに、僕も急いで合わせる。テオドラの身に何かが起きようとしているのは明白だったから。
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