ミズカガミ ノ シンエン

一花カナウ

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水鏡の深淵

卒業したかっただけなのに 3

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 行為が終わってまだ私はぼんやりとしていた。痛いとか気持ちいいとか、そういう感覚が全部麻痺している。

「大丈夫?」

 昇太が私を覗き込む。興奮状態がまだ抜けていない顔をしていた。

「よくわかんない」
「料理、作る気力は残ってなさそうだね」
「……そうだね」

 夕食を作ると言って部屋に誘ったのを思い出した。不思議とお腹は空いていない。

「何か買ってくるよ。龍司の分も買いに行かないといけないし」
「いらない。食欲、なくなっちゃったから」
「そう?」

 私が横たわる隣で、昇太が避妊具の処理をしている。あのゴムの内側に、彼から放たれたものがたっぷり溜まっているんだ。

「ゴム、持って帰るね」
「捨てていっていいよ」
「親に見つかったら気まずいじゃん。シーツは鼻血が出たからとか言って適当に処理すればいいけど、これはそうもいかないでしょ?」

 シーツには赤いシミが少しついてしまった。あとでシミ抜きが必要だろう。

「でも、それは昇ちゃんも同じじゃない?」
「僕は一人でするときも使ってるからね」
「そういうものなの?」
「今日みたいな日が来ることを想定して、付け方の練習も兼ねてるのさ。いざという時、うまく着けられなかったらお互い困るでしょ?」

 なるほど、昇ちゃんらしいと私は思った。相手への気遣いは勿論だが、格好つけたいところもあるのだろう。
 ふと、龍司はどうしているのだろうかと考えてしまって、私は意識を現実に引き戻す。今ここにいるのは昇太だ。

「まあ、うん」
「――破れたり、途中で抜けたりしてないから安心して。これは僕が責任を持って処分しておくから」
「うん……ありがと」

 ティッシュペーパーに包んで、昇太は自身のカーゴパンツのポケットに突っ込む。

「……ねえ、幸菜」
「うん?」

 目が合う。私はまだ素っ裸のままで、昇太はボクサーパンツをはいたところで。
 先に目をそらしたのは昇太だった。

「いや、なんでもない」
「言いたいことがあるなら、言ってよ」
「もう一度ヤリたいっていう話でも?」

 誤魔化すために口から出まかせで告げたことだとすぐに察した。昇太の本音はなんだったのだろう。

「さすがに今日は無理だよ。体がもたない」
「だよねえ」

 軽い口調で返して、昇太は私に笑顔を見せた。

「シャワーは浴びたほうがいいよ。幸菜、お風呂は?」
「大丈夫」
「僕は家で済ませるね」
「もう時間?」
「うん」

 昇太はスマホの画面を見て大きくため息をついた。

「龍司が帰るって。もっと幸菜のそばにいたかったのに」
「気遣ってくれてありがと。平気だよ」

 私はゆっくりと体を起こして、昇太を安心させるように笑った。

「平気ではないよ。男は出すだけだからスッキリするものだけど、幸菜はそうじゃない」

 大きな手が私の頭を撫でる。くすぐったい。

「……幸菜」
「昇ちゃん?」
「恋人以外とこういうことはしないほうがいいんじゃないかな」
「説教?」
「僕は軽い男だから、後腐れなくこれで終わりにしていいけど、そういうヤツばかりじゃないからさ」
「なにそれ」

 昇太の大きな手が離れていく。私に触れて、私を暴いた優しい手。

「帰るね、幸菜。実家は出るけど、連絡はちょうだい。遊びに誘ってくれるなら、すぐに駆けつけるよ」
「わ……意味深な言い方」

 顔があからさまに私を誘うソレだった。私が指摘すれば、昇太は肩を大袈裟にすくめて見せる。

「幸菜が僕の部屋に来てくれてもいいよ。前もって連絡してくれたら、掃除しておくから」
「そのときは龍ちゃん同伴にするよ」
「あはは。それがいいんじゃないかな」

 じゃあね、と告げて昇太は部屋を出ていく。玄関の扉が閉まる音が室内にこだました。
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