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第6章:ようこそ、スペクターズ・ガーデンへ
忘れていたわけじゃなくて
しおりを挟む「ん? なんだ?」
弥勒兄さんは典兎さんとじゃれるのを止めてこちらに注意を向ける。
「マリーゴールドの種子はよーちゃんだったけど、朝顔の種子は一体なあに?」
「あぁ」
そんなのもあったなぁという顔をしながら、典兎さんの掴み掛かる手をかわす。
「あれはお前に襲いかかった不届き者だ」
――私を襲った不届き者……?
思い返していると、それが誰のことを言っているのかに思い当たる。
そして自分の手の中に朝顔の種子がないことに気づいて、よーちゃんを撫でるのをピタリと止めた。
「――! それを早く言ってよ!」
よーちゃんを離そうかと考えたものの、しかしそれは思い止まり、頭を動かして足元を探す。
左腕で支えられたままのよーちゃんが私を不思議そうに見ている。
――マズイ……。見当たらないよ!
「ゴメンね! コノミ! 近くにいるなら返事をしてよ!」
私は自棄になって叫ぶ。
するとすぐに反応があった。
「――わたしを捨てるなんて、いい度胸をしてるよね!」
強烈なフラッシュがたかれたみたいに部屋全体に閃光が走ると、次に網膜が映し出した景色の中には新たな人物が増えていた。
藍色の浴衣に身を包んだポニーテールの小柄な少女が、床にうずくまっていた。
「ゴメン! 私、気付かなくって……大丈夫?」
むくっと立ち上がったコノミに私は恐る恐る問う。
「大丈夫なわけがないよ! スペクターが姿を作れなくなるってことが、どんだけダメージを受けている状態なのか、あんたわかってないでしょ!」
ビシッと人差し指を私に向ける。
「そんなこと知らないよ。――だけど、もう大丈夫そうだね」
私が微笑みをコノミに向けると、彼女は自身の腕を組んでプイッと横を向く。
「葉子を抱えながらそんなことを言っても、心配してくれてたようには見えないよ!」
「だって、コノミがよーちゃんを目の敵にしているみたいだったから。よーちゃんはもう渡さないよ」
――絶対に離すもんか。
私が護るとは言わないけど、彼女を泣かせるようなことはしたくないのだ。初めて出会ったときに見せてくれたお日様のような笑顔を見続けていたいから。
「ふんっ! 葉子にはもう用はないよ!」
不機嫌そうにコノミは答える。
――うーん、本当かなぁ?
「――スペクターズ・メディエーターの素質としては充分だな」
私がコノミに注意を向けていると、弥勒兄さんが呟いた。
――そうそう。スペクターズ・メディエーターがなんなのか、まだ聞いてなかったよ。
「あのー、弥勒兄さん? そもそも私、そのスペクターズ・メディエーターがどんなものなのかも、コノミが言うスペクターがなんなのかもよくわからないんですけど?」
この花屋スペクターズ・ガーデンの名前の由来が、スペクターと言う名が付けられたアイビーの仲間から取られていることは蓮さんから聞いたことがある。そのスペクターはよーちゃんの家で栽培しているもので、手入れを怠ることなく愛情深く育てると、夏頃にその葉に斑点が浮かぶのだ。それがまるでお化けのように見えるから、スペクターと呼ばれるらしい。
「……あんた、葉子とずっと一緒にいたくせに、そんなことも知らなかったの?」
目をぱちくりさせてびっくりしているのはコノミだ。しかし、すぐにむっとしてよーちゃんを睨み付ける。
「葉子もそのくらい教えてあげなきゃダメだよ。自分の正体を隠す気持ちはわからないでもないけど、結衣は普段からスペクターが見えているんだよ?」
「ウソ?」
コノミの指摘に驚きの声を上げたのは典兎さんだった。
「結衣の目のことなら知っているわ。――でも、余計なことは知らなくて良いの。知らずに生きる幸せだってあると思うから」
よーちゃんは自分の涙を指先で払い、コノミのほうに身体を向ける。
「そんなことを言っている場合じゃないよ! あんたのその思想が彼女の力を増長させているんだからね! 結衣はスペクターズ・メディエーターになるならないに関わらず、訓練して感情のコントロールを身に付けさせるべきだよ! いつか絶対に暴走させるんだから!」
手を自分の腰に当てて一気に捲し立てる。
――う……コノミが恐い……。
説教を始めたコノミの台詞に、弥勒兄さんは何かに気付いたらしい。すぐに表情を固くする。
「まさか、暴走させちまったのか?」
不安な気持ちが滲む声での問い。
コノミは弥勒兄さんに顔を向けて、注意するように睨んだ。
「途中で軽減させたよ。わたしが挑発したのも悪かったし」
やれやれといった表情でコノミが解説する。
それを聞いて、私の脳裏にはある昼休みのことが浮かんできた。あり得ないはずのことが教室で起こった、あの日のこと。
「それって――あの昼休みに窓ガラスにひびを入れちゃったことを言ってる?」
「なんだ、自覚があったの?」
呆れたと言わんばかりのコノミの問いに、私は慌てて首を横に振る。
「今、気づいたんだって」
あのときは確か、コノミがよーちゃんを悪く言ったから怒鳴ったはずだ。その瞬間に突風が起こってコノミを吹き飛ばし、窓に叩きつけた。それで窓ガラスにひびが入ったのだ。
「――あれくらいのことで、窓ガラスにひびを入れていたら、卒業までもたないよ! 今はわたしがそばにいる分だけ緩和させることができるけど、このあとはどうするの?」
「思春期を過ぎれば安定するわ、自然とね」
落ち着いた声で返したのはよーちゃんだ。もう私が知っているいつものよーちゃんに戻っている。
「どうかな? それでも葉子の悪口を言っただけで暴走させると思うんだけど?」
「さすがに結衣はそこまで子どもじゃないわよ、ね?」
よーちゃんが同意を求めてきたが、私はそれに頷くことができずに視線をそらす。
「結衣?」
この状況でガラスにひびを入れた理由がよーちゃんのことを悪く言われたからだとは言えない。
――ううぅ……ゴメン、よーちゃん、それは無理っぽい。
「だーかーらっ、そんな悠長なことを言ってる場合じゃないの!」
つかつかとよーちゃんに歩み寄ったコノミは背が低いために顔を上げる。
「あんたのせいで街が一つ壊滅することになっても知らないよ!」
威勢のいい声でコノミが告げる。
――ふぇ? 街が壊滅?
なんて大げさな言い方だろうと思っていると、弥勒兄さんが二人の間に入った。
「そんなに深刻なのか?」
コノミは弥勒兄さんをキッと睨む。
「そうだよ! 葉子が甘やかすから、力の収束のさせ方もろくに知らないし。もうちょっと感情を抑えることができてもいいんじゃないの?」
そう答えると、ビシッと私に向かって人差し指を向ける。
「せっかく、気を紛らわせるために女のコが興味を持ちそうな話題を振ってみたり、わたしに注意を向けるように頑張ったのに全部空振りなんだよ! さすがにこっちもキレるってもんだよ!」
――あ、そんなことで私、殺されかけた?
理不尽な、そう思ったが考え直す。
――いや、私が存在することで街が滅びるなら、コノミの行動は正義とみなせるか?
コノミの勢いにのまれているのか、どうも思考がうまくまとまらない。
「キレたと言ってもやり過ぎだ」
弥勒兄さんはコノミの頭をぽんぽんと軽く叩く。幼児をあやすかのような態度である。
「あんたもやり過ぎ! わたしを瀕死状態まで追い詰める必要はなかったよね?」
コノミは弥勒兄さんの手を払い除けて頬を膨らませると抗議する。
「寝てなかったからな」
「それだけじゃないよ! 結衣をわたしが襲ったことを怒っていたくせに!」
「…………」
何故かそこで弥勒兄さんは私をちらりと見た。面白くなさそうな表情をしている。
――ん? なんの合図?
私が首をかしげると同時に、弥勒兄さんは安堵の色を滲ませて視線をコノミに戻す。
「???」
「――とりあえず、結衣の状態はわかった。――テント、お前もそろそろ反対意見ばっか言ってないで首を縦に振ったらどうだ?」
典兎さんを探すと、私が寝ていたソファーに腰を下ろして不貞腐れていた。
「このままでいても、結衣は勝手に巻き込まれてくるぞ? 意地でもお前が阻止するか? 半人前の力でどれだけのことができるか知らんがな」
弥勒兄さんの挑発に、苛立ちのこもった典兎さんの目が反応する。
「――どうせ僕はまだ見習いだ。結衣ちゃんを護りきれるかどうかは保証できないさ」
投げやりな口調で典兎さんは吐き捨てる。こんな荒れた雰囲気の典兎さんを私は初めて見た。
――いつもにこやかにしていて、何事にも同じ調子で応じているからイメージが湧かないなぁ。こんな表情もするんだ。
「そこまで理解しているなら、そんな顔をしてないで喜べ」
「喜べるわけがないだろ!」
掴みかかる勢いで立ち上がる典兎さんに対して、心底不思議そうに弥勒兄さんが首をかしげた。
「なんでだ? いもうと弟子ができるんだぞ?」
その言葉に、ピタリと動きが止まる。
しばし沈黙し、典兎さんは天井を見て考えたあと、何かに気付いた様子でこちらに顔を向けた。
――何を期待しているのかな? ……じゃなくって!
私はみんなの会話に乗り遅れていることにやっと気付いた。自分の話なのに、絡まないうちに話は転がり、大きくなっている。
――この流れはマズイ。
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