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第6章:ようこそ、スペクターズ・ガーデンへ

隠していることを教えて

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「大きな声を出してゴメンね。起こしちゃった?」

 始めに入ってきたのは典兎さんだった。店でいつもしている微笑みを作っているつもりなのだろうが、ちょっぴりひきつっている。さっきのあの様子から作ったものだと思うと、なかなかの演技だ。

「い、いえ……」

 ――うわ、気まずい……。

「隠さなくてもいいぞ。どうせ最初から聞いていたんだろ?」

 後から入ってきた弥勒兄さんは部屋の電気をつけながら問う。

 ――う、鋭いっ!

 私が黙っていると、典兎さんが弥勒兄さんに顔を向ける。

「ミーロークー! 君、気付いていたならそれとなく知らせろよ!」
「どーせ当事者しかいないじゃねぇか。何を今さら」

 やれやれといった様子で弥勒兄さんは答える。

 ――イヤイヤ。

 思わず心の中で突っ込みを入れる。

「そういう問題じゃないっ! 大体ミロクは――」
「で、身体の調子はどうだ?」
「ふぇ?」

 典兎さんの抗議の台詞を無視して、弥勒兄さんは私に話を振る。唐突に訊かれたので私はすぐに反応できない。

「痛いとか、気分が悪いとか、そういうのは大丈夫か?」

 見極めるかのように弥勒兄さんは私の顔をまじまじと観察してくる。

「えっと……。特におかしなところはないんですけど……なんで私、ここで寝ていたんです?」
「そうか。なら良いんだ」

 安心したのか、少しだけ笑って私の頭を撫でる。

 ――なんか懐かしい仕草なんだけど……って、和んでいる場合じゃない! はぐらかされてたまるか!

「――もう少しまともなごまかしかたをしてください! 騙されませんよ!」

 私は名残惜しく思いながらも弥勒兄さんの大きな手を払い除けてじっと睨む。

「道端で行き倒れになっていたのを拾っただけだが?」

 弥勒兄さんの台詞が直前の私の問いに対する返事だということに気づくまで、少々時間が掛かった。

「――この現代日本で、行き倒れになったのを拾うなんてことがそうあるわけないじゃないですか!」
「倒れるときは倒れると思うけど?」

 茶々を入れてきたのは典兎さんだ。弥勒兄さんと結託して話をうやむやにしようと企んでいるに違いない。

「私が聞いているのは、なんで友だちに、しかも変身するというおまけ付きで襲われなきゃいけないのかってことですよ!」
「それは恐い夢を見たんだな」

 弥勒兄さんは私の問いをかわすべく、ごく当たり前の言葉を口にしてもっともらしく頷く。

「あれは夢じゃなかったんでしょ?」

 私はなおも食らいつく。ここで引いてしまっては、夢だったのか現実だったのか、本当にわからなくなってしまう。
 充分な沈黙。
 典兎さんが適当な言い訳を作って割り込んでくるかと予想していたのに、弥勒兄さんがちらりと彼を見ただけで、それ以上の反応はなかった。

「――何故、そう思う?」

 興味深そうに両目を細め、弥勒兄さんは問い掛けた。

「弥勒兄さんたちが隠そうとするから」

 私はきっぱりと答える。
 証明できるようなものは何もなかった。だから、私が何を信じるかということだけが、確かなものである。

「ならば、何を隠しているんだと思う?」

 弥勒兄さんの問いがさらに追加される。

「隠していることは大きく三つあります」

 言って私は顔の前に出した右手の人差し指だけを立てる。

「まず一つはよーちゃんは病気で休んでいるわけじゃないってこと」

 これにはそれなりの根拠がある。よーちゃんと連絡が取れなくなった翌日の蓮さんの疲れた様子や弥勒兄さんの睡眠不足は、おそらくよーちゃんを捜していたからだ。コノミに襲われたときに彼女から告げられた「助けに来ないよ」発言や、弥勒兄さんが「葉子はどこだ」と訊ねていたことからも確信が持てる。
 続いて私は右手の中指を立てた。

「次の一つはスペクターって呼ばれる存在がこの世に確かにいるということ」

 これも確かなことだと思う。私の記憶に間違いがなければ、よーちゃんもその存在を理解しているようだが、初めて出会ったあのとき以来話題になることはなかった。それは彼女と約束したからということもあるのだろう。コノミが告げたことが本当なら、通常なら見ることのない不可思議な生き物のことをスペクターと呼ぶのではなかろうか。
 また、私とコノミの争いに入ってきた彼らも、その存在について何らかの知識を持っていると考えてもおかしくはないだろう。だとすると、それを知りたいと思っている私に黙り続けるのは隠しているのと同じだ。
 右手の薬指を立て、私は残りの引っ掛かりを明かす。

「最後の一つは、弥勒兄さんたちがフラワーショップの他に別の仕事を持っているということ」

 昨夕の弥勒兄さんに対する突然の呼び出し、あれはきっと花屋以外の仕事による呼び出しだ。これは典兎さんに訊いているので、彼が嘘をついていない限り確かなこと。
 その典兎さんも花屋以外の仕事を持つと考えたのは、コノミに襲われたときに二人が一緒にいたことや先ほどの会話から想像したところによる。どうやらそのお仕事は「スペクターズ・メディエーター」と呼ばれるもので、生命の危機にさらされるような職業っぽい。
 私は真っ直ぐに弥勒兄さんを見つめた。

「それらのすべてが、今日、ってか、さっきの出来事に関連している。――違う?」

 ――さぁ、どう出る?
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