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第5章:レモングラスの香り

容赦しない

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「ミロク! てめぇ、なんで第一声がそれなんだ? 次からシスコンって呼ぶぞ!」
「烏丸弥勒……」

 典兎さんとコノミの双方から呆れを隠さない台詞が飛んでいく。私の意見は多数派のようだ。

「――お前も、冗談ならそこまでにしておけよ」

 面倒くさそうな、それでいながら怒気を帯びた声でコノミを威嚇する。外野は無視らしい。

 ――あれ? 私は当事者だったのでは? もうすぐ被害者になるところだったけど。

「なんのことかな?」

 コノミは私を引き寄せると、しらばくれる。

 ――あれれ? これは私、人質のポジション?

 巻き付いたままの蔓で私は思うように動けないままである。

「そのキーホルダー、結衣が作った物だろう?」

 ――え? どこ?

 自由な目を彼女に向けると、背負うように持っていたスポーツバッグからキーホルダーが顔を出していた。

 ――青い小鳥のマスコット……。

 それは弥勒兄さんが指摘するように、私が彼女にあげたものである。

「だからなに?」

 コノミは私の身体に腕を回し、さらに拘束をきつくした。私を盾にするつもりなのだろう。

「気に入っているから、着けているんだろう? ここでお前が結衣に怪我を負わせるようなことをしたら、それを見る度に思い出すことになるぞ」
「そ……そのときは外すよ!」

 コノミの戸惑う声。

「どうかな?」

 弥勒兄さんの声には威圧感がある。普段聞く声とは別物だ。

「実際に直面してみないとわからないよ」

 コノミがすっと息を吸って気持ちを整えているのがわかった。この距離は彼女の息遣いをはっきりと感じられる。

「そうしたらどうなるか、わかるだろう?」
「!」

 怯えているのが、彼女の身体が震えたことで伝わってくる。

 ――なんか弥勒兄さん、すっごくお怒りのようなんだけど。

「虫除け程度のものじゃ済まさねぇぞ」

 声は淡々としているが、それは脅しである。私に向けられた台詞ではないのに、それでも恐ろしく思えるほどの怒りの感情が込められていた。

「それはもう攻略したもん! 怖くなんかないよ!」
「そうか……交渉決裂となったのが残念だ」

 がちゃがちゃと瓶がぶつかり合うような音がする。コノミと抱き合うような状態になっている私の位置からは二人の姿が見えず、彼らが何をしているのか音からしかわからない。

 ――えっと、私はどうしたら……?

「――あー、親切だと思って言っておくけど、今日のミロクは不眠で気が立っているから加減しないと思うよ?」

 典兎さんの苦笑まじりの助言。

 ――何が始まるというの?

 そもそも、割り込んできたはずの二人はこの状況に対して動じた様子はない。ケンカの仲裁に入ったような感じである。私からはコノミが異形のモノに見えるけれど、典兎さんや弥勒兄さんからはそう見えていないということだろうか。

 ――だとしたら、私の身体に巻き付いて離れないこれらの蔓はどう見えているんだろ? 私が金縛りにあっているように見えるのだろうか?

「――お仕置きの時間だ」

 弥勒兄さんの低い声が道路に響き渡る。それと同時にレモングラスの香りが一面に広がった。

「ひっ!」

 コノミの短い悲鳴。

「結衣ちゃん、あんまり吸い込まないようにしてね」

 典兎さんの声がやや遠くから聞こえる。

「す、吸い込まないようにって……?」

 何が起こっているのかさっぱりわからない。今朝、弥勒兄さんがくれた匂い袋と同じ香りに包まれていることだけは理解できる。

「ゆ、結衣を巻き込んでいるけど、そんなことしていいのっ!」

 焦りの感情を隠すことなく、コノミは弥勒兄さんがいるだろう方向に叫ぶ。

「結衣はそこまで弱くない。耐性はあるはずだ」

 足音がこちらに近付いてくるのがわかる。普段の歩き方よりもずっしりしているような音だ。

「――あ! あのポプリ、まさか……」

 ――ポプリ?

 コノミは悔しそうに顔を歪め、私を抱き締めたままじりじりと後退する。

 ――まぁ、私からすれば前進なんだけど。

「葉子の入れ知恵ではあるがな」

 地面を蹴る音。着地音は私のすぐ後方。一気に間合いを詰めたようだ。

 ――えっと……、話についていけてないんですが?

 彼女のいうポプリには、典兎さんが私にくれたバラの香りを中心としたポプリも含まれているのだろうか。
 よーちゃんは弥勒兄さんと典兎さんに同じ依頼をしたようだった。そう、ポプリを作って私に渡すように、と。それで彼らは私にポプリを用意してくれたのだ。

 ――ん? その認識はどこまで合っているんだろ?

 誰かに解説してもらえないかなと思っていると、後ろからガシッと肩を掴まれた。

「はうっ」

 典兎さんにからかわれていたときに、弥勒兄さんが私を引き離そうとしたことがふと脳裏をよぎる。

「さすがにこの距離からだと、逃げられないだろう?」

 弥勒兄さんの声が耳元で聞こえる。
 そして私の口が塞がれた。

 ――え? なんで?

 口元をハンカチで押さえられて息苦しい。そのハンカチからは甘い花の香りがした。

 ――なんか、意識がぼんやり……。

 視界に香水の瓶のようなものが入ってきたが、輪郭が定かではない。

「悪く思うなよ」

 スプレーが噴射されるような音を最後に、私の意識は途絶えた。
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