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第5章:レモングラスの香り
一緒に帰ろう
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活動内容を訊きに来た一年生たちに部活の活動日や必要な道具などの説明をしているうちに下校時刻になった。
被服室の戸締まりを確認して昇降口に行くと、そこにはコノミがいた。彼女もこれから帰るところらしく、上履きを下駄箱にしまっているところだった。
「あれ? 先に帰ったんだと思ったのに」
私が声を掛けると、コノミはこちらを見てにこりと笑った。
「偶然だね! 手芸部に行っていたの?」
被服室のある管理棟に続く渡り廊下のほうから現れたせいだろう。
「うん。新入生に説明してきたところ。――コノミはどうしたの?」
彼女は帰宅部のはずだ。こんな時間まで学校に残っていることはそんなにないと思うのだが。
「図書室で調べモノだよ。ちょっと気になることがあってね」
「ふぅん」
私は下駄箱から靴を取り出して上履きをしまう。そろそろ校内放送が掛かる時間だ。
「結衣、途中まで一緒に帰ろ?」
互いに靴に履き替えたところでコノミが誘う。
「うん! もちろん」
誘われなくてもこちらから声を掛けるつもりだったし、コノミから断られない限り、駅方面と私の家方面とに別れる十字路までは一緒にいるつもりだった。
私の返事にコノミは笑顔で応える。
そこで下校時刻を報せる放送が掛かった。私たちはそれに合わせるかのように学校を出る。
朝降っていた雨は完全に上がり、地面はすっかり乾いている。校舎を出たところで傘を置いてきたことに気付いたが、特に問題はないだろうとそのままにすることにした。
どうやらコノミは元気を取り戻したらしい。校門をくぐると聞き慣れてきた恋愛マシンガントークが炸裂する。
知らない女のコの名前や男のコの名前が次から次へと出てくる。校外に彼氏彼女を持つ人もいるようで、その学校名や人物名がぽんぽんと出てくるのには本当にびっくりだ。
――どんな方法を使ったらこれだけの情報が集まるんだろ?
私はそれが不思議でしょうがない。遅刻ギリギリに登校している様子や休み時間の過ごし方からは、学校で情報収集をしているとは思えない。放課後も比較的すぐに帰ってしまうようなので、やはり学校で聞いているわけではないのだろう。
不思議に感じながらも、なんだか知ってはいけないような気がして、私はずっと訊けなかった。
「――そうそう。一組の大崎君、二組の上野さんにコクられて付き合うことにしたらしいよ!」
「え?」
一組の大崎君といえば、よーちゃんに告白して振られた一年の頃の同級生だ。
「振られて傷心気味だったところに告白されたら、やっぱりオーケイしちゃうものなのかな? 二組の上野さんって、烏丸さんとは全然違うタイプだよ。知ってる?」
私は首を横に振る。同じクラスの生徒か部活で一緒の人しかよく分からない。
「そっか。上野さんって可愛いって感じのコだよ。きゃぴきゃぴしているっていうか。それに比べて、烏丸さんは美人系のミステリアスな雰囲気だもんね。大崎君の趣味はわからないよ」
納得のいかない顔をして腕を組む。
「試しに付き合ってみようって思っただけじゃないの?」
私は深く考えずに意見を言う。
「でも、そういうのって、告白した側からすると嫌じゃない?」
興味津々の様子でコノミは問いで返す。
「そう? よく相手を知らないのにすぐに断るのも失礼だと思うんだけど」
他に好きな人がいると言うならば断ってほしい。でもそうじゃないなら、告白するのにたくさんの勇気を使った分だけ、少しでも甘い想いをしたい。
――うーん、漫画を読んでいるときにはそう感じたんだけどなぁ。
今の自分の状況がふと重なる。
――よーちゃんには付き合えば良かったのにと言ったくせに、私ってば……。
他人のことだと思えば無責任なことを言えるものだと感じ、深く反省する。そういう面でもよーちゃんは大人だなぁとつくづく思う。
「あぁ、なるほどぉ。場合によるかもね」
私がしみじみと振り返っていた一方で、コノミは何か気付いた点があったらしく、大きく頷いて言った。
「場合に?」
何が彼女の中で決着がついたのか分からず、私は首をかしげる。
「告白って、精一杯相手にアピールしたあとでするものだと思っていたから」
――ってことは、コノミは弥勒兄さんにアプローチしたことがあるのかな?
胸の奥でモヤモヤとしたものを感じ取りながら続きを待つ。
「そうなると、告白するときには自分のことを相手が知っていて当然ってことになるでしょ?」
「ふぅん……」
恋愛通のコノミの意見に、私はいろいろと思うところがあったが、それきりにした。分かれ道となる十字路に到着したのだ。
「――だから、好きでもないのに付き合うなんて、信じられないんだよ」
ぼそりと呟かれた低い響き。一瞬誰の声かわからなかったが――。
――コノミ?
私がコノミの横顔を見ると、暗く冷たい表情をした少女がいた。
「結衣? あなたはわたしといて楽しいと思ってくれてる?」
私の知らないコノミがいた。
「思っているよ?」
――なんでそんなことを訊くの?
「わたしのこと、好き?」
十字路に来ると立ち止まり、彼女は暗い瞳をこちらに向けた。
「好きに決まっているじゃない」
「じゃあ……――烏丸葉子とどっちが好き?」
「――え?」
私は言葉を詰まらせる。
――よーちゃんとどっちが好きかって?
「答えてよ」
彼女がいつも見せてくれる明るい笑顔はそこにはない。
――私、何か気に障ることを言っちゃったかな?
「そ……それは……」
じっと私の目を、真意を探るように覗き込んでくる。
――だってよーちゃんは私にとって特別な存在なんだよ?
「答えられない?」
彼女は口の端をきゅうっと上げて笑う。目は笑っていない。
「そりゃそうよね。あんたは烏丸葉子を誰よりも一番大切に想っているんだもの。わたしにこんな感じで迫られたら、黙るしかないよね?」
「な……何が言いたいの? コノミ……」
コノミは私のあごを指先でなぞる。
「わたしは彼女と同じようにしたつもりだったんだけど、あんたには違ったみたいね」
――あれ? 身体が動かない……。
コノミから感じ取れる殺気から逃れたいと思うのに、身体が言うことをきかない。
「…………」
声を出そうと口を開くが、そこから漏れるのは空気だけで音はない。
「あなたが葉子に向ける想いを自分に向けさせようとあんなに努力したのに、全然うまくいかなかった」
――何のこと?
言っている意味がわからない。
「葉子の名を出したらすぐに反応するのにね、不公平だよ」
彼女の背後に緑色のモヤモヤとしたモノが膨れ上がるのが見えた。
「――あ」
私の視線がコノミの後ろを見ていたからだろう。私から指先を離すと肩口から背後に目を向ける。
「なんだ、結衣はこれが見えるんだ」
なんでもないことのようにコノミは言う。
――コノミにも見えているってこと?
次から次へと話が転がるせいで、私は混乱しつつあった。本能的にコノミから離れるのが精々私にできたことだ。
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