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第4章:すれ違い
会いたい
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私は画面を見て、通話時間を確認する。
――まずったなぁ。今月はまだ始まったばかりなのに……。
ただでさえお小遣いがピンチであるのに、そこにさらに電話代を徴収されると来月はさらに厳しい。
――うぅ……お小遣い、どうしよう。私でもできる仕事ってないかな?
私はぼんやりと交差点で立ったまま、典兎さんが来るのを待った。
春の柔らかな陽射しと冬の名残を感じさせる冷たい風。通りを彩るだろう街路樹は若葉をつけ始めている。道行く人々の姿もいつしか厚手のコートから薄手のジャケットに変わりつつあるようだ。
――会いたい、か……。
ふと、典兎さんの台詞が繰り返される。それだけで鼓動が早まる自分に戸惑ってしまう。
――こんな気持ちは初めてだな……。
携帯電話のディスプレイに目を向けると、電話を切ってから二分が過ぎただけだった。
――待っている時間が長く感じられる……。
わくわく、どきどき、そわそわ――そんなオノマトペが今の気持ちにふさわしいように思う。
「……待てよ」
私はすっと冷静になる。
――典兎さんに会えるのを楽しみにしていたみたいな態度でここに立っていたら、絶対にからかわれるよ! 私は気持ちが全部顔に出ちゃうんだもんっ!
重大な事実に気づいたところで、スマートフォンが震える。今度は電話だ。
「も……もしもし?」
『街頭で一人芝居なんかして、どうしたの?』
声は典兎さん。しかも笑っている。
「ど、どこにいるんですかっ!」
受話器越しにしか声はしない。私はきょろきょろと辺りを見回す。
『どこを見ているんだい? 学校から歩いてくるんだから、僕がやってくる道は自動的に絞れると思うんだけど』
――そりゃそうだ。
典兎さんに当たり前のことを指摘され、ようやく視線を固定した。
学校の前に続く通りの奥のほうから見慣れた青年の姿が見えた。私が身体を向けたのがわかったらしく、軽く片手を挙げている。
――にしても、目が良すぎじゃないか?
セーラー服を着ているので目立つのは目立つのかも知れないが、ここで待ち合わせることにしていたとしても誰なのかとまで判別できるものなのだろうかと疑問に思う。
私の髪型はセミロングのストレートでおろしっぱなしだし、色は焦茶なので、他の女のコたちとそう変わらないはずだ。唯一の所持品ともいえるスポーツバッグも安い量産型のものだから特徴にはなり得ないだろう。
――あの距離から分かるってスゴすぎじゃない?
『黙ってないで、何か喋ろうよ』
「いや、よく私だってわかるなぁと……」
典兎さんが話を促すので素直に感想を告げると、彼は少し間を開けた。
『――目が良いのがちょっとした自慢だからね』
「なんですか? その間は」
私が突っ込みを入れると、今度は早く返事がきた。
『気の利いた口説き文句はないかなと思って、脳内検索にかけた時間かな』
「…………」
返す言葉を失って、私は車道を挟んで向こう側に立つ典兎さんを見つめる。
信号が赤から青へとすぐに変わり、典兎さんは私の前に到着した。
「はい、到着」
通話を切って、典兎さんはスマートフォンを胸ポケットにしまう。
呆然としていた私は、それを見て自分もスマートフォンをスポーツバッグに押し込む。
「あの……」
見上げながら、私は言いにくいことを言おうと口を開く。
「ん?」
「冗談でも、会いたい、とか、言わないでくださいませんか?」
ぼそりと呟いて、視線を外す。
「なんで?」
典兎さんの声にはからかいの色はなく、本当に疑問に感じたようだった。
「さ……さすがに私でも照れます」
カッと頬が熱くなったのがわかった。
「……本当だ」
くすっと笑って、典兎さんは私の頭を撫でる。
ますます赤くなっていくのを感じて、私は典兎さんの手を払って顔を上げる。口を尖らせるのは忘れない。
「だから、そういうのをやめて欲しいんですよー!」
「えー、僕なりに可愛がっているつもりなんだけど? 愛情表現ってやつ?」
――なんか、また私をからかって楽しんでいないか?
そんな気持ちがあったので、自身の腕を組んでじっと典兎さんの顔を睨み付ける。
「私が言っていること、わかっていないでしょっ。言っているのにやめないなら、典兎さんが私に告白したって弥勒兄さんに告げ口しますからね!」
私がきっぱりと宣言すると、典兎さんは目をぱちくりさせてきょとんとした。
――あれ? 予想外の反応。
「――ほう……」
何か思うところがあったらしく、典兎さんは口の端を片方だけ上げた。初めて見る表情。
「うん。別に構わないよ?」
「ふぇ?」
――脅迫したつもりが、まさかそう返されるとは……。しかも典兎さん、何か企んでいそうなんだけど。
「ふふふ……ミロクのやつ、どんな反応をするかなぁ?」
――って、この人、友だちを売ったよ! 典兎さんに反撃できる日は当分来そうにないな……。
典兎さんの黒い部分を見たような気がした。
「とーにーかーく!」
私は気を取り直して会話を再開する。
「私をからかうのはやめてくださいね!」
言い切って、ぷいと横を向く。
それはそれとして、今のやり取りで気になった点が二つ。
一つは典兎さんが私に告白したことをバラすと言ったのに、その事実を認めていること。あの日、典兎さんは冗談だと言ってごまかしていたはずだ。
――まぁ、この話さえも弥勒兄さんをからかう材料にしてしまった可能性は大きいけれど。
もう一つは、この話を伝えることで、典兎さんが期待するような反応を弥勒兄さんが返すと予想していること。典兎さんは他人を、とりわけ弥勒兄さんと私をからかうことを楽しんでいるところがある。
もしそうなら、典兎さんが喜びそうな反応を弥勒兄さんがすることになるのだが、私はどうして典兎さんがそう考えるのかイメージできない。反対に弥勒兄さんに冷やかされるのではないだろうか。恥ずかしいって典兎さん自身が言っていたはずなので、弥勒兄さんがここぞとばかりに反撃してくると感じていたのだと思うんだけど。
「で、どうする? 放課後デートは」
「――って、私が言ったこと、聞いていたんですかっ!」
視線だけ典兎さんに向ける。
「いやぁ、前よりも良い反応するなぁなんて考えていたら、つい」
にこやかな表情で典兎さんはしれっと答える。
――なんだかなぁっ! もうっ!
「むぅっ」
「駅前商店街に行って、何か食べる? おごるよ?」
「食べ物には釣られませんから」
むっとしたまま私が答えると、典兎さんは楽しそうに笑う。
「おや、まだヘソを曲げているのかい?」
「当然ですっ」
「じゃあ、何なら釣られてくれる?」
――何なら……?
典兎さんの台詞に、思わず真剣に悩んでしまう。
――うーん、よーちゃんの誘いならなんでも乗るんだけど。
自分の行動の基準がよーちゃんにあることを再確認すると、私は典兎さんに向き直る。
「残念ながら、今日は寄り道する気分じゃないんです。――なので、また家まで送ってくれません?」
「面白くないなー。せっかく二人っきりなのに――」
そこで典兎さんは話すのを止め、何かを思いついたらしく目を輝かせた。腕時計を見て時間を確認している。
「――今ならミロク、店にいるかもしれないな」
この通りを歩いて行くとスペクターズ・ガーデンの脇を抜けることになる。私の家もこの通りを行かなければ、かなり遠回りになってしまう。
「そうですねぇ……」
典兎さんの思惑がなんとなくわかり、つい顔をひきつらせてしまう。
――なんでだろう。今日は一段と絡んでくるなぁ。
「よし、わかった。家まで送ろう。始めっからそのつもりだったし」
「ふぇ?」
――それはどういう意味?
喋り方から感じられたのは、そのままの意味だった。寄り道しようと誘ったのが冗談だったということではなく、寄り道しようがしまいが家まで私を送るつもりだったのだと言っているように聞こえたのだ。
――でもなんかそれって、ボディガードみたいじゃない?
心配されるほどおてんばな女のコではないつもりだ。だから不思議な気分。
――まずったなぁ。今月はまだ始まったばかりなのに……。
ただでさえお小遣いがピンチであるのに、そこにさらに電話代を徴収されると来月はさらに厳しい。
――うぅ……お小遣い、どうしよう。私でもできる仕事ってないかな?
私はぼんやりと交差点で立ったまま、典兎さんが来るのを待った。
春の柔らかな陽射しと冬の名残を感じさせる冷たい風。通りを彩るだろう街路樹は若葉をつけ始めている。道行く人々の姿もいつしか厚手のコートから薄手のジャケットに変わりつつあるようだ。
――会いたい、か……。
ふと、典兎さんの台詞が繰り返される。それだけで鼓動が早まる自分に戸惑ってしまう。
――こんな気持ちは初めてだな……。
携帯電話のディスプレイに目を向けると、電話を切ってから二分が過ぎただけだった。
――待っている時間が長く感じられる……。
わくわく、どきどき、そわそわ――そんなオノマトペが今の気持ちにふさわしいように思う。
「……待てよ」
私はすっと冷静になる。
――典兎さんに会えるのを楽しみにしていたみたいな態度でここに立っていたら、絶対にからかわれるよ! 私は気持ちが全部顔に出ちゃうんだもんっ!
重大な事実に気づいたところで、スマートフォンが震える。今度は電話だ。
「も……もしもし?」
『街頭で一人芝居なんかして、どうしたの?』
声は典兎さん。しかも笑っている。
「ど、どこにいるんですかっ!」
受話器越しにしか声はしない。私はきょろきょろと辺りを見回す。
『どこを見ているんだい? 学校から歩いてくるんだから、僕がやってくる道は自動的に絞れると思うんだけど』
――そりゃそうだ。
典兎さんに当たり前のことを指摘され、ようやく視線を固定した。
学校の前に続く通りの奥のほうから見慣れた青年の姿が見えた。私が身体を向けたのがわかったらしく、軽く片手を挙げている。
――にしても、目が良すぎじゃないか?
セーラー服を着ているので目立つのは目立つのかも知れないが、ここで待ち合わせることにしていたとしても誰なのかとまで判別できるものなのだろうかと疑問に思う。
私の髪型はセミロングのストレートでおろしっぱなしだし、色は焦茶なので、他の女のコたちとそう変わらないはずだ。唯一の所持品ともいえるスポーツバッグも安い量産型のものだから特徴にはなり得ないだろう。
――あの距離から分かるってスゴすぎじゃない?
『黙ってないで、何か喋ろうよ』
「いや、よく私だってわかるなぁと……」
典兎さんが話を促すので素直に感想を告げると、彼は少し間を開けた。
『――目が良いのがちょっとした自慢だからね』
「なんですか? その間は」
私が突っ込みを入れると、今度は早く返事がきた。
『気の利いた口説き文句はないかなと思って、脳内検索にかけた時間かな』
「…………」
返す言葉を失って、私は車道を挟んで向こう側に立つ典兎さんを見つめる。
信号が赤から青へとすぐに変わり、典兎さんは私の前に到着した。
「はい、到着」
通話を切って、典兎さんはスマートフォンを胸ポケットにしまう。
呆然としていた私は、それを見て自分もスマートフォンをスポーツバッグに押し込む。
「あの……」
見上げながら、私は言いにくいことを言おうと口を開く。
「ん?」
「冗談でも、会いたい、とか、言わないでくださいませんか?」
ぼそりと呟いて、視線を外す。
「なんで?」
典兎さんの声にはからかいの色はなく、本当に疑問に感じたようだった。
「さ……さすがに私でも照れます」
カッと頬が熱くなったのがわかった。
「……本当だ」
くすっと笑って、典兎さんは私の頭を撫でる。
ますます赤くなっていくのを感じて、私は典兎さんの手を払って顔を上げる。口を尖らせるのは忘れない。
「だから、そういうのをやめて欲しいんですよー!」
「えー、僕なりに可愛がっているつもりなんだけど? 愛情表現ってやつ?」
――なんか、また私をからかって楽しんでいないか?
そんな気持ちがあったので、自身の腕を組んでじっと典兎さんの顔を睨み付ける。
「私が言っていること、わかっていないでしょっ。言っているのにやめないなら、典兎さんが私に告白したって弥勒兄さんに告げ口しますからね!」
私がきっぱりと宣言すると、典兎さんは目をぱちくりさせてきょとんとした。
――あれ? 予想外の反応。
「――ほう……」
何か思うところがあったらしく、典兎さんは口の端を片方だけ上げた。初めて見る表情。
「うん。別に構わないよ?」
「ふぇ?」
――脅迫したつもりが、まさかそう返されるとは……。しかも典兎さん、何か企んでいそうなんだけど。
「ふふふ……ミロクのやつ、どんな反応をするかなぁ?」
――って、この人、友だちを売ったよ! 典兎さんに反撃できる日は当分来そうにないな……。
典兎さんの黒い部分を見たような気がした。
「とーにーかーく!」
私は気を取り直して会話を再開する。
「私をからかうのはやめてくださいね!」
言い切って、ぷいと横を向く。
それはそれとして、今のやり取りで気になった点が二つ。
一つは典兎さんが私に告白したことをバラすと言ったのに、その事実を認めていること。あの日、典兎さんは冗談だと言ってごまかしていたはずだ。
――まぁ、この話さえも弥勒兄さんをからかう材料にしてしまった可能性は大きいけれど。
もう一つは、この話を伝えることで、典兎さんが期待するような反応を弥勒兄さんが返すと予想していること。典兎さんは他人を、とりわけ弥勒兄さんと私をからかうことを楽しんでいるところがある。
もしそうなら、典兎さんが喜びそうな反応を弥勒兄さんがすることになるのだが、私はどうして典兎さんがそう考えるのかイメージできない。反対に弥勒兄さんに冷やかされるのではないだろうか。恥ずかしいって典兎さん自身が言っていたはずなので、弥勒兄さんがここぞとばかりに反撃してくると感じていたのだと思うんだけど。
「で、どうする? 放課後デートは」
「――って、私が言ったこと、聞いていたんですかっ!」
視線だけ典兎さんに向ける。
「いやぁ、前よりも良い反応するなぁなんて考えていたら、つい」
にこやかな表情で典兎さんはしれっと答える。
――なんだかなぁっ! もうっ!
「むぅっ」
「駅前商店街に行って、何か食べる? おごるよ?」
「食べ物には釣られませんから」
むっとしたまま私が答えると、典兎さんは楽しそうに笑う。
「おや、まだヘソを曲げているのかい?」
「当然ですっ」
「じゃあ、何なら釣られてくれる?」
――何なら……?
典兎さんの台詞に、思わず真剣に悩んでしまう。
――うーん、よーちゃんの誘いならなんでも乗るんだけど。
自分の行動の基準がよーちゃんにあることを再確認すると、私は典兎さんに向き直る。
「残念ながら、今日は寄り道する気分じゃないんです。――なので、また家まで送ってくれません?」
「面白くないなー。せっかく二人っきりなのに――」
そこで典兎さんは話すのを止め、何かを思いついたらしく目を輝かせた。腕時計を見て時間を確認している。
「――今ならミロク、店にいるかもしれないな」
この通りを歩いて行くとスペクターズ・ガーデンの脇を抜けることになる。私の家もこの通りを行かなければ、かなり遠回りになってしまう。
「そうですねぇ……」
典兎さんの思惑がなんとなくわかり、つい顔をひきつらせてしまう。
――なんでだろう。今日は一段と絡んでくるなぁ。
「よし、わかった。家まで送ろう。始めっからそのつもりだったし」
「ふぇ?」
――それはどういう意味?
喋り方から感じられたのは、そのままの意味だった。寄り道しようと誘ったのが冗談だったということではなく、寄り道しようがしまいが家まで私を送るつもりだったのだと言っているように聞こえたのだ。
――でもなんかそれって、ボディガードみたいじゃない?
心配されるほどおてんばな女のコではないつもりだ。だから不思議な気分。
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