上 下
6 / 33
第1章:進級

私のスーパーガール

しおりを挟む



 *****


 私の名を呼ぶ声に目を開ける。身体がだるい。

「ううん……」
「こんなところで寝ていたら風邪ひくよ?」

 ほっとしているかのような聞き慣れた声。

 ――まさか!

「よーちゃんっ!」

 私は椅子をひっくり返して立ち上がる。正面によーちゃんが立っていた。

 ――って、あれ? 私、緑色のぐにゃぐにゃに飲み込まれたはずじゃ……?

「落ち着きなさいって、結衣」

 抱きつこうとしたが、間の机が体当たりで妨害してきた。いや、体当たりしたのは私のほうだけど。

「な、なんでよーちゃんが――」

 それとなく辺りを見ると、二年四組の教室だとわかった。ここは窓際にある私の席だ。
 太陽はだいぶ傾いていて、空は赤く染まりつつある。教室に掛けられた時計の針が五時過ぎを指していた。

「クラスの子から結衣が私を探していたって聞いたから」

 返事は素っ気ない。

「で、でも……」

 昨日のことや朝のことが蘇る。私はよーちゃんにひどいことをした。彼女は怒ってもおかしくないはずだ。

「なんでそんな顔をするの?」

 首をかしげると、長い前髪の間から円らな瞳が覗いた。不思議そうな顔をしている。

「だって私は……」

 なかなか謝る言葉が出てこない。私はよーちゃんを見つめたまま、口をパクパクとさせる。
 するとよーちゃんはにこりと微笑んだ。

「もういーよ。結衣の気持ち、わかるから」

 彼女は私の頭を優しく撫でた。

「よーちゃん……」

 その手の温もりが心にしみる。

「結衣が間の悪い子だってこともわかっているからさ」
「ま、間の悪いって……」

 私が少しだけむっとして口先を尖らせると、よーちゃんは笑顔のまま続ける。

「どれだけ付き合っていると思ってるの? 人生の半分以上、一緒にいた仲だよ? 言わなくても伝わることは多いんだからね」

 ポンポンと軽く頭を叩かれると、おまじないをかけてもらったみたいにもやもやしていたものが消えていった。

「……ごめんね、よーちゃん。心配かけて」

 やっと言えた。ごめんねの気持ちを素直に。

「もう慣れっこだから、気にしない」

 やれやれといった様子でよーちゃんは笑う。

 ――優しいなぁ、よーちゃんは。

「さ、帰ろっか。そろそろ下校時刻だし」
「うん!」

 私はスポーツバッグを手に取る。倒した椅子を戻すのも忘れない。

 ――あれ?

 違和感がある。
 椅子が倒れた辺りにシミのようなものがあった。液体をこぼしたようなそんなシミだ。蛍光灯の点けられていない夕暮れ時の教室ではその色まではよくわからなかった。

「ねぇ、よーちゃん?」
「何?」

 すでに廊下のほうに向かっていたよーちゃんは振り向く。二つに結った長い髪の毛先が円を描いた。

「久しぶりに奇妙なモノを見たよ」

 二人きりのときにしか話せない話題。今の教室には私たちしかいないので丁度良い。

「寝ぼけていたんじゃなく?」

 真面目な私の口調に合わせるように、彼女も真剣に問いを返す。

「うん」

 さっきのことなら夢だとも言えそうだが、昼休みのあれは確かにこの目で見た。

「どんなのだった?」
「私より大きな緑色のスライム」

 かつて見えていたモノともどこか違って見えた。私が見てきた化け物は、どの子も近づいてこようとはしなかった。ただ見られるだけ、見つめ返してくるだけ。話しかけてくることすらなく、互いに干渉しないのが暗黙のルールのようだった。

 ――今日のあれは嫌な気配をまとっていて、私を飲み込もうとしてきた。あれは一体……。

「――やはりまだ……」

 よーちゃんは何か思うところがあったらしく、ぼそりと呟く。他にも独り言を呟いていたけど、聞き取れたのはその言葉だけだった。

「最近はご無沙汰だったのに、まだ見えるものなんだね」

 私は忘れ物がないかをチェックするとよーちゃんの傍まで早足で向かう。

「――見えなくなりたいの?」

 よーちゃんがびくっと震えたような気がした。

「ううん、そういうわけじゃないよ。ただ、今日は怖いなって思ったから」
「怖い?」
「よーちゃんが私を起こしてくれるまで、その緑色のスライムに襲われる夢を見ていたの。結構怖かったな」

 うん、あれは夢だ。きっとそう。自分の席で突っ伏したまんま寝ちゃっていただけだよね。昨日はショックであんまり眠れなかったし。

「夢ねぇ……」
「でもね、緑色のスライムに飲み込まれて、もうだめだなぁなんて思っていたら、よーちゃんが助けに来てくれたの! 夢はそこで終わっちゃったんだけど」

 夢に出てきたのは絶対によーちゃんだ。姿は見えなかったけど、私を助けに来てくれるのはいつだってよーちゃんだもの。ピンチのときは必ず駆けつけてくれるスーパーガールだもんね。少なくとも、私の中では。

「私はどこぞのマンガの主人公か?」

 苦笑気味によーちゃんは言う。しかし、嫌がっているというより照れているように感じた。
 そんなよーちゃんが愛しく思えて、私はたまらず抱きつく。

「わっ!」
「よーちゃん、だぁいすき!」

 私の行動が読めなかったのか、珍しくよーちゃんは驚いていた。それがまた嬉しい。

「な……なんだか兄さんに悪いような気がする……」
「ふぇ?」

 よーちゃんの奇妙な呟きに、私の抱きしめていた腕がゆるむ。
 そのタイミングを待っていたかのように、よーちゃんは私の腕をそっとはずした。

「抱きつかれたままだと帰れないってば」
「ごめーん」

 ピタッとくっついていたところを適度な距離に移動する。

 ――いつものよーちゃんだ。

 とっても安心する。よーちゃんとはずっとこの関係を続けていけたら良いな。
 私たちは夕焼けに染まる教室を抜けて、典兎さんと弥勒兄さんがいるスペクターズ・ガーデンへと足を向けたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

【完結】ねぇ、おかあさん

たまこ
児童書・童話
おかあさんがだいすきな、おんなのこのおはなしです。

ヴァンパイアハーフにまもられて

クナリ
児童書・童話
中学二年の凛は、文芸部に所属している。 ある日、夜道を歩いていた凛は、この世ならぬ領域に踏み込んでしまい、化け物に襲われてしまう。 そこを助けてくれたのは、ツクヨミと名乗る少年だった。 ツクヨミに従うカラス、ツクヨミの「妹」だという幽霊、そして凛たちに危害を加えようとする敵の怪異たち。 ある日突然少女が非日常の世界に入り込んだ、ホラーファンタジーです。

氷鬼司のあやかし退治

桜桃-サクランボ-
児童書・童話
 日々、あやかしに追いかけられてしまう女子中学生、神崎詩織(かんざきしおり)。  氷鬼家の跡取りであり、天才と周りが認めているほどの実力がある男子中学生の氷鬼司(ひょうきつかさ)は、まだ、詩織が小さかった頃、あやかしに追いかけられていた時、顔に狐の面をつけ助けた。  これからは僕が君を守るよと、その時に約束する。  二人は一年くらいで別れることになってしまったが、二人が中学生になり再開。だが、詩織は自身を助けてくれた男の子が司とは知らない。  それでも、司はあやかしに追いかけられ続けている詩織を守る。  そんな時、カラス天狗が現れ、二人は命の危険にさらされてしまった。  狐面を付けた司を見た詩織は、過去の男の子の面影と重なる。  過去の約束は、二人をつなぎ止める素敵な約束。この約束が果たされた時、二人の想いはきっとつながる。  一人ぼっちだった詩織と、他人に興味なく冷たいと言われている司が繰り広げる、和風現代ファンタジーここに開幕!!

【総集編】日本昔話 パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
⭐︎登録お願いします。  今まで発表した 日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。 朝ドラの総集編のような物です笑 読みやすくなっているので、 ⭐︎登録して、何度もお読み下さい。 読んだ方も、読んでない方も、 新しい発見があるはず! 是非お楽しみ下さい😄 ⭐︎登録、コメント待ってます。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

ハッピーエンドをとりもどせ!

cheeery
児童書・童話
本が大好きな小学5年生の加奈は、図書室でいつも学校に来ていない不良の陽太と出会う。 陽太に「どっか行け」と言われ、そそくさと本を手にとり去ろうとするが、その本を落としてしまうとビックリ!大好きなシンデレラがハッピーエンドじゃない!? 王子様と幸せに暮らすのが意地悪なお姉様たちなんてありえない! そう思っていると、本が光り出し、陽太が手に持っていたネコが廊下をすり抜ける。 興味本位で近づいてみた瞬間、ふたりは『シンデレラ』の世界に入りこんでしまった……! 「シンデレラのハッピーエンドをとりもどさない限り、元来た場所には帰れない!?」 ふたりは無事、シンデレラのハッピーエンドをとりもどし元の世界に戻れるのか!?

ヒョイラレ

如月芳美
児童書・童話
中学に入って関東デビューを果たした俺は、急いで帰宅しようとして階段で足を滑らせる。 階段から落下した俺が目を覚ますと、しましまのモフモフになっている! しかも生きて歩いてる『俺』を目の当たりにすることに。 その『俺』はとんでもなく困り果てていて……。 どうやら転生した奴が俺の体を使ってる!?

処理中です...