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世界の終焉について
世界に終わりがあるとするなら
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取っていた宿屋の一室。真夜中にドアが開いて、私は身体を起こした。
「夜這い? いつもなら私から行くのに、どうしたの?」
なんとなく、今夜は彼のほうから私の部屋に来るような予感があった。
ドアが閉まる。音がないのは、消音の魔法がすでに展開しているからだ。加えて、人払いの魔法をさっとかけられる。わずかな動作でそれをしてこちらを見ていたのはアウルだった。仕事のパートナーであり、兄のような、大切な人。
どうしたらいいのか困っているような顔のまま、立ち尽くしている。
軽口もない、か。
昼に国から依頼があった調査をして、その時に思いがけないことを聞かされていた。私とアウルの出生の秘密。育ての親である大賢者様が私たちを拾って育てた理由を、不意打ちで。
それは、この世界でこれから起こる気候変動にも関連する重要なことでもあった。
アウルなりに、重く考えているのかな。
「慰めが必要だったら、私を使っていいよ?」
「……悪い」
「どうして謝るの?」
「だって……俺は、その、リリィに対して好意は持っているが、性愛的なものとは違うと認識しているから、なんというか……」
言っている意味がわからない。私は首を傾げる。
「母性的なものを求められているのかと思ったんだけど?」
「夜這いと言ったのはお前だろうが」
「んん? ほら、小さな子が怖い夢を見て、お母さんのお布団に入り込む、みたいな感じを想像していたんだよ?」
「それは夜這いではない」
「そ、そうなんだ……」
勘違いしていたんだね!
私が納得していると、アウルは私が腰を下ろしているベッドにツカツカとやってきて、私を押し倒した。
「はにゃ?」
「ちょっと身体を貸せ」
「うん」
ギュッとされるとくすぐったい。首のあたりを嗅がれて、なんかいつものとは違うなあと思っていたら舐められた。
「あ、アウル……?」
「リリィ? ここにいるのはいつも俺たちのそばにいたリリィだよな?」
耳元で囁く声は弱々しい。それは私にだけ聞かせたかったからというわけでもなさそうだ。
「うん。リリィはリリィだよ」
「そっか……。知る前に、抱いておけば良かった」
「どういう意味?」
「子ども、作っておいたほうが良かったって、そう思っただけ」
ああ、そういう意味ね。
私はクスッと小さく笑う。
「みんな、びっくりしちゃうと思うよ」
「どういう意味で?」
「産まれたのが人間じゃなかったから」
問われると思わなかった。アウルは同じことを思っていると考えていたから。
当たり前に答えると、アウルは私の胸に顔を埋めた。
「だよなぁ」
自分たちの子の話をしていたら、ほかの顔が脳裏に浮かんだ。幼馴染であり、今でも仕事のパートナーとして冒険に行く眼鏡の青年ルーンのことだ。
「ルーンと私だったら、人間の姿かもね」
「どうかな」
「少なくとも、もし違っちゃったらそう見えるように魔法をかけるよ」
「お前、そういう器用な魔法は使えないだろ」
「その日が来るまでには練習するよ! 大事なことだもん」
きっと、必死になるから使えるようになるはずだ。不器用なりに、どうにかするだろう。
「……リリィは、そういう人間だよな」
「アウルだって、そうするでしょ?」
「わからん。俺は俺の代で終わらせるつもりだったから」
ああ、やっぱりそうなんだ。
なんとなく、アウルが死にたがっているのは察していた。
その力と才能を次世代に継がせるべきではと私もルーンも考えていたけれど、口出ししていいような話題ではないからお互いに黙っていた。
「それで私を抱かなかったの? チャンスはあったのに。私にも魅力、あるよね? ルーンはそういう目で私を見てるんだから」
「そこは趣味の違いだろう? 顔は好みだが、もっと肉感的なほうが俺は好みだ」
「お肉つけたら、抱く気になったの?」
「いや、どうだろうな。抱きしめて寝るなら、今のままで充分だ」
アウルはそう答えると、私の肌に直接指を這わせた。
「脱ぐ? 直接肌を合わせたほうが、余分な魔力を追い出せるでしょ?」
私たちがときどき戯れるのは、魔力を抱えすぎて肉体が崩壊するのを防ぐためである。魔法を使えばそれだけ発散されるが、今日みたいに大きな魔法を使わない上に魔物に触れてしまうと、体内に行き場を失った魔力で溢れそうになる。無理に溜め込めば、身体が形を保てなくなって異形化する。
異形化したものを、人間は《魔物》と呼ぶ。
「子どもができるぞ」
「でも、彼らはそれを望んでいるんでしょ? だから、けしかけた」
「……子どもに余分な魔力を注いで、自分の中を落ち着かせろ――そんな話をされるとは思わなかった。子どもの心配をするなんて、下世話な連中だ」
「あれはあれで、世界のバランスを気にしているんだよ。アウルが魔物になっちゃったら、世界は崩壊しちゃうから」
「リリィだってその危険はあるだろ?」
「私、身籠ったら魔養樹の中でしばらく眠るよ。すべてが枯れるまでは、まだ時間があるはずだから」
魔養樹の種は、人のカタチをして世界を旅する。世界を知り、やがて根を下ろす。そうして拡散し、世界の秩序を守っている。
その魔養樹が、世代交代の時期を迎えているという。すべてが枯れると、魔物の世界と人間の世界を隔てていたものが失われ、次の魔養樹が揃うまで混沌の時代が訪れる。
今日出会った魔物は、それを知らせに来てくれたのだった。
「大丈夫だよ。――私は……アウルを失いたくないの」
「俺がいなくなる代わりにお前がいなくなるなんて、そんなの――」
「だから、アウルは生きて」
いつだったかアウルに話したはずだ。私はあなたがいるから生かされているのだと。
どちらからキスをしたのだろう。
私たちは、一歩を踏み出す。
《終わり》
「夜這い? いつもなら私から行くのに、どうしたの?」
なんとなく、今夜は彼のほうから私の部屋に来るような予感があった。
ドアが閉まる。音がないのは、消音の魔法がすでに展開しているからだ。加えて、人払いの魔法をさっとかけられる。わずかな動作でそれをしてこちらを見ていたのはアウルだった。仕事のパートナーであり、兄のような、大切な人。
どうしたらいいのか困っているような顔のまま、立ち尽くしている。
軽口もない、か。
昼に国から依頼があった調査をして、その時に思いがけないことを聞かされていた。私とアウルの出生の秘密。育ての親である大賢者様が私たちを拾って育てた理由を、不意打ちで。
それは、この世界でこれから起こる気候変動にも関連する重要なことでもあった。
アウルなりに、重く考えているのかな。
「慰めが必要だったら、私を使っていいよ?」
「……悪い」
「どうして謝るの?」
「だって……俺は、その、リリィに対して好意は持っているが、性愛的なものとは違うと認識しているから、なんというか……」
言っている意味がわからない。私は首を傾げる。
「母性的なものを求められているのかと思ったんだけど?」
「夜這いと言ったのはお前だろうが」
「んん? ほら、小さな子が怖い夢を見て、お母さんのお布団に入り込む、みたいな感じを想像していたんだよ?」
「それは夜這いではない」
「そ、そうなんだ……」
勘違いしていたんだね!
私が納得していると、アウルは私が腰を下ろしているベッドにツカツカとやってきて、私を押し倒した。
「はにゃ?」
「ちょっと身体を貸せ」
「うん」
ギュッとされるとくすぐったい。首のあたりを嗅がれて、なんかいつものとは違うなあと思っていたら舐められた。
「あ、アウル……?」
「リリィ? ここにいるのはいつも俺たちのそばにいたリリィだよな?」
耳元で囁く声は弱々しい。それは私にだけ聞かせたかったからというわけでもなさそうだ。
「うん。リリィはリリィだよ」
「そっか……。知る前に、抱いておけば良かった」
「どういう意味?」
「子ども、作っておいたほうが良かったって、そう思っただけ」
ああ、そういう意味ね。
私はクスッと小さく笑う。
「みんな、びっくりしちゃうと思うよ」
「どういう意味で?」
「産まれたのが人間じゃなかったから」
問われると思わなかった。アウルは同じことを思っていると考えていたから。
当たり前に答えると、アウルは私の胸に顔を埋めた。
「だよなぁ」
自分たちの子の話をしていたら、ほかの顔が脳裏に浮かんだ。幼馴染であり、今でも仕事のパートナーとして冒険に行く眼鏡の青年ルーンのことだ。
「ルーンと私だったら、人間の姿かもね」
「どうかな」
「少なくとも、もし違っちゃったらそう見えるように魔法をかけるよ」
「お前、そういう器用な魔法は使えないだろ」
「その日が来るまでには練習するよ! 大事なことだもん」
きっと、必死になるから使えるようになるはずだ。不器用なりに、どうにかするだろう。
「……リリィは、そういう人間だよな」
「アウルだって、そうするでしょ?」
「わからん。俺は俺の代で終わらせるつもりだったから」
ああ、やっぱりそうなんだ。
なんとなく、アウルが死にたがっているのは察していた。
その力と才能を次世代に継がせるべきではと私もルーンも考えていたけれど、口出ししていいような話題ではないからお互いに黙っていた。
「それで私を抱かなかったの? チャンスはあったのに。私にも魅力、あるよね? ルーンはそういう目で私を見てるんだから」
「そこは趣味の違いだろう? 顔は好みだが、もっと肉感的なほうが俺は好みだ」
「お肉つけたら、抱く気になったの?」
「いや、どうだろうな。抱きしめて寝るなら、今のままで充分だ」
アウルはそう答えると、私の肌に直接指を這わせた。
「脱ぐ? 直接肌を合わせたほうが、余分な魔力を追い出せるでしょ?」
私たちがときどき戯れるのは、魔力を抱えすぎて肉体が崩壊するのを防ぐためである。魔法を使えばそれだけ発散されるが、今日みたいに大きな魔法を使わない上に魔物に触れてしまうと、体内に行き場を失った魔力で溢れそうになる。無理に溜め込めば、身体が形を保てなくなって異形化する。
異形化したものを、人間は《魔物》と呼ぶ。
「子どもができるぞ」
「でも、彼らはそれを望んでいるんでしょ? だから、けしかけた」
「……子どもに余分な魔力を注いで、自分の中を落ち着かせろ――そんな話をされるとは思わなかった。子どもの心配をするなんて、下世話な連中だ」
「あれはあれで、世界のバランスを気にしているんだよ。アウルが魔物になっちゃったら、世界は崩壊しちゃうから」
「リリィだってその危険はあるだろ?」
「私、身籠ったら魔養樹の中でしばらく眠るよ。すべてが枯れるまでは、まだ時間があるはずだから」
魔養樹の種は、人のカタチをして世界を旅する。世界を知り、やがて根を下ろす。そうして拡散し、世界の秩序を守っている。
その魔養樹が、世代交代の時期を迎えているという。すべてが枯れると、魔物の世界と人間の世界を隔てていたものが失われ、次の魔養樹が揃うまで混沌の時代が訪れる。
今日出会った魔物は、それを知らせに来てくれたのだった。
「大丈夫だよ。――私は……アウルを失いたくないの」
「俺がいなくなる代わりにお前がいなくなるなんて、そんなの――」
「だから、アウルは生きて」
いつだったかアウルに話したはずだ。私はあなたがいるから生かされているのだと。
どちらからキスをしたのだろう。
私たちは、一歩を踏み出す。
《終わり》
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