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西の大賢者様が死んだ
西の大賢者と秘密の部屋
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西の大賢者様が亡くなったらしい。
死に際に発した言葉は『俺の財宝なら秘密の部屋に隠してある。好きなだけ探せばよい』だったそうで、以降、冒険者たちは西の大賢者様が残したとされる莫大な財宝を探す旅に出ることになる。
*****
「ここが例の部屋だな」
西の大賢者様の弟子だった俺は、噂が耳に入るなり同じく弟子だった二人に声をかけて《秘密の部屋》を探し出していた。ここが彼のお気に入りの場所で、たくさんいた彼の弟子たちの中でもひと握りの人間にしか教えていない場所だったのを俺はよく知っている。
「財宝なんてないと思うけどねえ」
赤子の頃から西の大賢者様に育てられていたリリィは、懐かしむような顔をしたあとに呟いた。
「そんなのどうかわかんないだろう? あんな遺言を置いて尽きたってことは、俺たちだけになにかを託すつもりなのかもしれないし」
「そうですね。――あるいは、ここから僕たちに持ち去ってほしいものがあるのかもしれませんよ。ここには山ひとつ湖ひとつを軽々消し去る魔道書もあるのですし」
大賢者といつかは呼ばれるだろう秀才のルーンが、眼鏡の位置を直しながら重々しく告げる。
ルーンはこの秘密の部屋によく入り浸っており、管理されている書物のほとんどに目を通しているらしかった。
「不用意に誰かの手に渡ったら困るようなものは確かに多いが、財宝と言われると怪しいよな」
「アウルは財宝と聞いて、なんだと思ったの? わざわざ私たちを呼んでまでここに来て」
本名に呼ばれ慣れていなくて、一瞬反応が遅れる。すかさず身軽なリリィに距離を詰められてしまった。
リリィは下から俺の顔を覗き込む。愛らしい顔がそばにあるのは下心的な意味で美味しいのだが、今は真面目なシーンなので真剣に行こう。
「一応、ここへは俺たちしか入れないように魔術がかけられていた。俺たち三人がそろっていることも条件になっていたのは、ルーンはすぐに気づいていただろう?」
「ああ」
「失礼ね、私だってすぐに気づいていたもん!」
「西の大賢者様が生きていたときは、そんな制限はなかったはずだ。ということは、俺たちになにかしてほしいことがあるんだろう」
もっともらしく胸を張って告げると、二人の視線が冷たくなった。
「……ってか、アウルは何か聞いていたんじゃないですか? 西の大賢者様が命を狙われていたこととか、もしもの時がきたらここに僕たちを集めるように、とか」
ルーンは賢い。さすがは西の大賢者様に二番目に可愛がられていた秀才である。大きなため息にあきれの気持ちが込められていた。
「ご明察。ルーンもリリィも西の大賢者様が亡くなったと聞いても動じないし、遺言に従って行動を起こすような人間じゃないから、時がきたら呼ぶようにと言われてた」
「それで亡くなってから一年も経つのに、今日になって招集したわけね」
実際、西の大賢者様が亡くなってすぐに行われた大々的な葬儀にはリリィもルーンも現れなかった。それぞれ独立し、自らもまた弟子を持って鍛錬していた都合もあるが、彼らには彼らなりの弔いがあるのでそうしたのだろう。
――葬儀なんて所詮は残されたもののためのものなのだから、残されたものたちが必要ないと思うのであれば無理に行わなくていい――それは西の大賢者様の言葉だ。俺は必要だったからそうしたし、彼らには必要がなかったからそうしただけのこと。
「――ああ、そうか。今日じゃないといけないことをするのですね」
「するというか……おそらく、時限式の魔法だ」
そろそろだろうと見上げると、高い位置にある窓から太陽の光がまっすぐに落ちてきた。
ふわりと浮かび上がる魔法式。複雑に絡み合う数式はまるでタペストリーのようだ。
突然、開けられていた窓から一羽のフクロウが迷い込む。それは俺たち三人が初めて世話をした動物だ。彼が魔法式を纏うと、それは人の形を作り、やがて顔を上げた。
「……お久しぶりです、大賢者様」
「アウル、ルーン、リリィ。よくぞ集った」
ルーンとリリィが息を飲む。
目を疑ったのか、ルーンは眼鏡を磨いてから大賢者様の影を見つめた。
「……生きているわけではなさそうですね」
「残留思念だよ。生きている間にお前たちに伝えることができなかったから」
そう告げながら両手を広げると、周囲が瞬時に火に包まれた。
「え?」
戸惑うと同時に消火の魔法を使おうとしたリリィを、俺は片手で止める。その上で、大賢者様の話を促した。
「――俺の財宝はこの部屋から焼けずに残ったものだ。それ以外は全てガラクタさ。俺はお前たちを育てることができたのを誇りに思っている。愛していたよ。心残りがあるとすれば、もっと抱きしめてやりたかったことだ」
「大賢者様……」
「すっかり大きくなってしまったから、抱きしめるような年齢ではなくなってしまったがな――さあ、急げ子どもたち。全てが消えてしまう前に!」
俺たちが感謝の言葉を告げる前に、西の大賢者様は姿を消した。そこに残っていたのはフクロウだけ。
「行きましょう、アウル。火の回りが早い」
「消火の魔法が効かないみたいなの。本気を出して逃げないと命が危ないわ」
懐かしんでいる余裕はないらしい。ルーンとリリィが状況を伝え、脱出を促す。
「わかった。二人は先に行ってくれ」
「アウル、なに言ってんのよ!」
「そうです。大賢者様もおっしゃっていたでしょう? 財宝はこの部屋から焼けずに残ったものだと」
「だからだよ、ルーン、リリィ」
俺はしっかりと二人に向き合った。燃え盛る炎を背景にして。
「俺は、自分が財宝だとは思っちゃいねえよ。本当は、大賢者様を追って行きたかったんだ。だけど、今日この日にルーンとリリィを呼ぶ仕事を託されていたから、気軽に追えなくてさ」
「ふざけんな!」
叫んでビンタしてきたのはリリィだった。
俺はびっくりしすぎて、ただ彼女を見つめた。
「なんのためにあんたに仕事を任せたと思っているの⁉︎ なんのために私やルーンを呼んだと思ってんのよ! あんたを生かすため以外にないじゃん!」
「そうですよ、アウル。動かないなら、僕たちも手段は選びませんからね」
リリィとルーンの周囲に魔法式が浮かび上がる。それらが全て俺のために向けられたものだ。
「え、待て。それを食らったらむしろ致死量……⁉︎」
「いっけぇ!」
「オーバー分は治癒魔法で打ち消して差し上げますからね」
俺の対抗魔法など発動する余地もなく、俺の意識はあっさり飛んだのだった。
*****
空が青い。フクロウが一羽飛んでいるのが目に入って、それに気づいたのかふわりとそばに舞い降りた。
「……やっべぇ、自殺をミスるとか恥ずかしくね?」
「僕があなたを越えるまでは、感傷に浸って自死なんて真似はさせませんよ」
「ほんと、大賢者様の秘蔵っ子天才魔道士は変なところで格好つけようとするから困りものよね」
ルーンとリリィのあきれ顔が目に入って、俺は苦笑いを浮かべた。
「もうわかったでしょう? 認めてください、後継者なんですから」
「別に俺は後継者になりたくて、大賢者様にくっついていたわけじゃねぇんだよ」
俺は足を高く上げた反動で起き上がる。その拍子に肩にフクロウが乗った。フクロウに愛されるのは、俺の名前に由来しているんだろう。
「でも、その名前を受け入れたとき、覚悟したんじゃなかったの? その名前、《賢者》の称号なんだから」
リリィの指摘はもっともだ。
アウルという名前は、この世界では《賢者》を意味する名。この与えられた名前を知っているのは、この二人だけ。あまりにも重い名前に、普段は通称のほうで呼んでもらうようにしていた。
「……まあ、ちょっとは。ってか、ルーン、さっさと俺を倒せるくらい強くなれ」
「僕は知識型なので、戦闘型のあなたにはかないませんよ」
「じゃあ、魔法はやめて、筋肉で殴ってこい。鍛えりゃなんとかなるだろ」
「それじゃあ継いだことにならないではありませんか。アホなことをおっしゃってないで、真面目に生きてください」
「ちぇっ。俺を担ぐなら、ルーンもリリィも覚悟してるんだろうな?」
俺が不満げに告げれば、彼らはとても嬉しそうに笑った。
――お前ら、俺のこと好きすぎるだろ? いや、大賢者様に俺の面倒みるように言われてたのかもしれないけどな。
今となってはよくわからない。本気で俺を後継者に選んだのかもはっきりしない。
おそらく、こういうことは自分で決めるのではなく、時代が決めてくれるのだろう。
これは俺が、西の大賢者様と呼ばれるようになるきっかけのお話……。
《完》
死に際に発した言葉は『俺の財宝なら秘密の部屋に隠してある。好きなだけ探せばよい』だったそうで、以降、冒険者たちは西の大賢者様が残したとされる莫大な財宝を探す旅に出ることになる。
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「ここが例の部屋だな」
西の大賢者様の弟子だった俺は、噂が耳に入るなり同じく弟子だった二人に声をかけて《秘密の部屋》を探し出していた。ここが彼のお気に入りの場所で、たくさんいた彼の弟子たちの中でもひと握りの人間にしか教えていない場所だったのを俺はよく知っている。
「財宝なんてないと思うけどねえ」
赤子の頃から西の大賢者様に育てられていたリリィは、懐かしむような顔をしたあとに呟いた。
「そんなのどうかわかんないだろう? あんな遺言を置いて尽きたってことは、俺たちだけになにかを託すつもりなのかもしれないし」
「そうですね。――あるいは、ここから僕たちに持ち去ってほしいものがあるのかもしれませんよ。ここには山ひとつ湖ひとつを軽々消し去る魔道書もあるのですし」
大賢者といつかは呼ばれるだろう秀才のルーンが、眼鏡の位置を直しながら重々しく告げる。
ルーンはこの秘密の部屋によく入り浸っており、管理されている書物のほとんどに目を通しているらしかった。
「不用意に誰かの手に渡ったら困るようなものは確かに多いが、財宝と言われると怪しいよな」
「アウルは財宝と聞いて、なんだと思ったの? わざわざ私たちを呼んでまでここに来て」
本名に呼ばれ慣れていなくて、一瞬反応が遅れる。すかさず身軽なリリィに距離を詰められてしまった。
リリィは下から俺の顔を覗き込む。愛らしい顔がそばにあるのは下心的な意味で美味しいのだが、今は真面目なシーンなので真剣に行こう。
「一応、ここへは俺たちしか入れないように魔術がかけられていた。俺たち三人がそろっていることも条件になっていたのは、ルーンはすぐに気づいていただろう?」
「ああ」
「失礼ね、私だってすぐに気づいていたもん!」
「西の大賢者様が生きていたときは、そんな制限はなかったはずだ。ということは、俺たちになにかしてほしいことがあるんだろう」
もっともらしく胸を張って告げると、二人の視線が冷たくなった。
「……ってか、アウルは何か聞いていたんじゃないですか? 西の大賢者様が命を狙われていたこととか、もしもの時がきたらここに僕たちを集めるように、とか」
ルーンは賢い。さすがは西の大賢者様に二番目に可愛がられていた秀才である。大きなため息にあきれの気持ちが込められていた。
「ご明察。ルーンもリリィも西の大賢者様が亡くなったと聞いても動じないし、遺言に従って行動を起こすような人間じゃないから、時がきたら呼ぶようにと言われてた」
「それで亡くなってから一年も経つのに、今日になって招集したわけね」
実際、西の大賢者様が亡くなってすぐに行われた大々的な葬儀にはリリィもルーンも現れなかった。それぞれ独立し、自らもまた弟子を持って鍛錬していた都合もあるが、彼らには彼らなりの弔いがあるのでそうしたのだろう。
――葬儀なんて所詮は残されたもののためのものなのだから、残されたものたちが必要ないと思うのであれば無理に行わなくていい――それは西の大賢者様の言葉だ。俺は必要だったからそうしたし、彼らには必要がなかったからそうしただけのこと。
「――ああ、そうか。今日じゃないといけないことをするのですね」
「するというか……おそらく、時限式の魔法だ」
そろそろだろうと見上げると、高い位置にある窓から太陽の光がまっすぐに落ちてきた。
ふわりと浮かび上がる魔法式。複雑に絡み合う数式はまるでタペストリーのようだ。
突然、開けられていた窓から一羽のフクロウが迷い込む。それは俺たち三人が初めて世話をした動物だ。彼が魔法式を纏うと、それは人の形を作り、やがて顔を上げた。
「……お久しぶりです、大賢者様」
「アウル、ルーン、リリィ。よくぞ集った」
ルーンとリリィが息を飲む。
目を疑ったのか、ルーンは眼鏡を磨いてから大賢者様の影を見つめた。
「……生きているわけではなさそうですね」
「残留思念だよ。生きている間にお前たちに伝えることができなかったから」
そう告げながら両手を広げると、周囲が瞬時に火に包まれた。
「え?」
戸惑うと同時に消火の魔法を使おうとしたリリィを、俺は片手で止める。その上で、大賢者様の話を促した。
「――俺の財宝はこの部屋から焼けずに残ったものだ。それ以外は全てガラクタさ。俺はお前たちを育てることができたのを誇りに思っている。愛していたよ。心残りがあるとすれば、もっと抱きしめてやりたかったことだ」
「大賢者様……」
「すっかり大きくなってしまったから、抱きしめるような年齢ではなくなってしまったがな――さあ、急げ子どもたち。全てが消えてしまう前に!」
俺たちが感謝の言葉を告げる前に、西の大賢者様は姿を消した。そこに残っていたのはフクロウだけ。
「行きましょう、アウル。火の回りが早い」
「消火の魔法が効かないみたいなの。本気を出して逃げないと命が危ないわ」
懐かしんでいる余裕はないらしい。ルーンとリリィが状況を伝え、脱出を促す。
「わかった。二人は先に行ってくれ」
「アウル、なに言ってんのよ!」
「そうです。大賢者様もおっしゃっていたでしょう? 財宝はこの部屋から焼けずに残ったものだと」
「だからだよ、ルーン、リリィ」
俺はしっかりと二人に向き合った。燃え盛る炎を背景にして。
「俺は、自分が財宝だとは思っちゃいねえよ。本当は、大賢者様を追って行きたかったんだ。だけど、今日この日にルーンとリリィを呼ぶ仕事を託されていたから、気軽に追えなくてさ」
「ふざけんな!」
叫んでビンタしてきたのはリリィだった。
俺はびっくりしすぎて、ただ彼女を見つめた。
「なんのためにあんたに仕事を任せたと思っているの⁉︎ なんのために私やルーンを呼んだと思ってんのよ! あんたを生かすため以外にないじゃん!」
「そうですよ、アウル。動かないなら、僕たちも手段は選びませんからね」
リリィとルーンの周囲に魔法式が浮かび上がる。それらが全て俺のために向けられたものだ。
「え、待て。それを食らったらむしろ致死量……⁉︎」
「いっけぇ!」
「オーバー分は治癒魔法で打ち消して差し上げますからね」
俺の対抗魔法など発動する余地もなく、俺の意識はあっさり飛んだのだった。
*****
空が青い。フクロウが一羽飛んでいるのが目に入って、それに気づいたのかふわりとそばに舞い降りた。
「……やっべぇ、自殺をミスるとか恥ずかしくね?」
「僕があなたを越えるまでは、感傷に浸って自死なんて真似はさせませんよ」
「ほんと、大賢者様の秘蔵っ子天才魔道士は変なところで格好つけようとするから困りものよね」
ルーンとリリィのあきれ顔が目に入って、俺は苦笑いを浮かべた。
「もうわかったでしょう? 認めてください、後継者なんですから」
「別に俺は後継者になりたくて、大賢者様にくっついていたわけじゃねぇんだよ」
俺は足を高く上げた反動で起き上がる。その拍子に肩にフクロウが乗った。フクロウに愛されるのは、俺の名前に由来しているんだろう。
「でも、その名前を受け入れたとき、覚悟したんじゃなかったの? その名前、《賢者》の称号なんだから」
リリィの指摘はもっともだ。
アウルという名前は、この世界では《賢者》を意味する名。この与えられた名前を知っているのは、この二人だけ。あまりにも重い名前に、普段は通称のほうで呼んでもらうようにしていた。
「……まあ、ちょっとは。ってか、ルーン、さっさと俺を倒せるくらい強くなれ」
「僕は知識型なので、戦闘型のあなたにはかないませんよ」
「じゃあ、魔法はやめて、筋肉で殴ってこい。鍛えりゃなんとかなるだろ」
「それじゃあ継いだことにならないではありませんか。アホなことをおっしゃってないで、真面目に生きてください」
「ちぇっ。俺を担ぐなら、ルーンもリリィも覚悟してるんだろうな?」
俺が不満げに告げれば、彼らはとても嬉しそうに笑った。
――お前ら、俺のこと好きすぎるだろ? いや、大賢者様に俺の面倒みるように言われてたのかもしれないけどな。
今となってはよくわからない。本気で俺を後継者に選んだのかもはっきりしない。
おそらく、こういうことは自分で決めるのではなく、時代が決めてくれるのだろう。
これは俺が、西の大賢者様と呼ばれるようになるきっかけのお話……。
《完》
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