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転生令嬢は大切なあなたと式を挙げたい
12.夕食はオスカーの部屋で
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落ち着いて話せるようになった頃には日が落ちていた。腰が痛いし、全身筋肉痛である。身体を鍛えておくべきだったと、軋む身体を動かしながら思う私である。
オスカーは私をたっぷりと愛でたあと、夕食の支度に出て行ってしまった。私はその間に身を清め、衣服を整える。服はオスカーが準備してくれた。
オスカーが部屋から出るなと言うので、私はトイレ以外はほとんど部屋を出ていない。足の怪我はもう気になることはなかったから、オスカーは本当に心配性だなと思う。過保護、が正確か。
こんな状態なのに、ゴットフリード伯爵領に戻っても大丈夫なんだろうか……
なんとなく、オスカーは不安定だ。だからこうして私を抱き潰すような真似をするのだろう。上機嫌なのは構わないが、振れ幅が広がっているのだとしたら厄介なことこの上ない。
まあ、私がいることで躁鬱状態になっているのだとしたら、一度離れた方がいいこともあるかもしれないけど。
そもそも、伯爵領行きはオスカーからの提案である。彼自身に問題があるのであれば、そんな提案をわざわざしないだろう。
また、こういう提案をし、私が離れたくないと駄々をこねる様を見て楽しみたいということも、おそらくない。私をからかうことを趣味にしている節はあるが、他人を巻き込むようなことはしない人だから、ジョージ神父に手紙を託している時点で私に伯爵領に行って欲しいに違いない。
その意図が、私が結婚式の相談をするためだけとは限らない気がするのだけど。
こういう時にリズがいてくれたら、私の出立までに色々調べてきてもらうのに。新年の行事で何があったのか、とか、あの女性のこととか……はあ。私一人じゃダメね……
私はよき相談相手であった侍女のリズを恋しく思う。今は伯爵領で私の両親や弟の世話をしていることだろう。王都に残ることを決意した私は、寂しさを覚えていた。
前世知識もあるし、元来の好奇心旺盛な性格のお陰でこの国特有の知識も充分に持っている。生活やその振る舞いについてはひと通りこなせる自信があった。でも、肝心な時にうまく立ち回れないようでは意味がない。
とりあえず、夫婦睦まじく生活するコツはお母さまから聞いておこう。私の理想の夫婦なんだし。
小さく決意したところで、オスカーが部屋に入ってきた。持っているトレイにお皿がいくつか載っている。
「身支度は整っているようですね。ご気分はいかがですか?」
「悪くはないわよ。疲労感が半端ないけど」
文句をつけたい気持ちを込めて返事をすると、オスカーは楽しそうに笑った。
「では、お風呂は僕が洗って差し上げますね。ハーブも入れて、疲れが取れるように配慮いたしましょう」
「……ま、任せるわ」
私は呆れて言葉を詰まらせる。
どうして彼はそんなに元気なのだろう。無理をしているようには見えないから、何か秘訣でもあるのかもしれない。
私がベッドで休んでいる間も、オスカーは夕食をここで食べられるように部屋を整えている。この部屋にはベッドの他に執務机と本棚があるのだが、私の死角にあたる本棚の横から、折り畳みのテーブルが出てきた。それをベッドにくっつけるように並べると、持ってきたトレイを置いた。
「――疲れている時には胃に負担がかからないものがよろしいかと思いまして、お粥にしてみました。栄養も取れるように色々いっしょに煮込んだのです。お口に合うといいのですが」
ベッドに腰を下ろしている私に見えるように皿が移動させられる。
木製の大きなスープ皿には、食べやすい大きさに刻まれた肉や野菜がたくさん入った粥が盛られている。食欲をそそる甘めの香りが湯気とともにふわりと漂い、空腹を刺激された。
「オスカーって本当に料理上手ね。――いただきます」
「いただきます。――料理は慣れですよ。誰かが食べてくれると思ったら、やりたくなるんですよ」
木の匙ですくった粥にふーっと息を吹きかけて冷まし、一口頬張った。野菜の甘い風味と香辛料がほのかに効いた鶏肉がとても調和している。柔らかさもほどよくて、あまり噛まなくてもすっと食べられた。
「あなたの料理には愛情が込められているんでしょうね。とても美味しいわ」
オスカーは喋りながら粥をすする。オスカーは私ほど猫舌ではないようで、あまり冷まさずにパクパク食べていたが、私の指摘で手を止めた。やや心外そうな表情を浮かべて、私の顔を覗く。
「食べさせたい相手はレネレットさん、ただ一人だけですよ。時々、ジョージにもやりますが、あれはお酒のお礼なので」
「オスカーって、お酒、好きなの?」
私と食事をしている時にお酒を飲んでいることはほとんどない。だが、年末の宴会を思い出してみるに、オスカーは割とお酒に強く、そこそこ嗜んでいるらしいことを知った。私に気を遣ってお酒を控えているのであれば申し訳ないと感じ、尋ねる。
「神さまは誰でもよく飲むので、習慣で。ただ、僕が好んで飲むのは豊穣の神殿のものだけですね。残念なことに、美酒を作る才能は僕にはないようです」
豊穣の神殿のお酒に果物を漬け込んで作る果実酒は僕の方が上手に作れますが、とオスカーの言葉は続く。
そこ、対抗心を燃やすくらいには不満なんだ……
日常生活には困らない程度の技術は色々所有しているらしいオスカーだが、その中でも得手不得手はあるようだ。本人の努力ではどうにもならないこともあるらしいと知って、彼に対し親近感を覚える。
「レネレットさんはお酒はほどほどにしてくださいね。どうもあなたはお酒に弱い傾向にあるようですので」
オスカーの言う通りだと思う。私がお酒を飲んだ時には、いい思い出がない。
「そうね。注意するわ」
「伯爵領に戻って僕の目が届かなくなったからといって、くれぐれもハメを外さないように」
「わかってるって」
私は苦笑する。オスカーは私の実の両親よりもこういうことに口うるさいと思う。
私の両親は良い意味で放任主義だ。私の意志を尊重している。だからこうしてオスカーのそばに居られるわけで。
「――最短で十日間は離れ離れになると思うけど、オスカーは平気なの?」
オスカーが私のゴットフリード伯爵領行きの話題を振ってきたので、それに乗ることにした。話しづらかったので助かる。
なお、十日間という行程は、往復に必要な日数も含んでいるためである。私に乗馬スキルが備わっていたら、もっと短い日数になるが、概ねそういう距離だ。
私の問いに、オスカーは少し困ったような顔をした。
「寂しいとは思いますが、合理性を優先したらそれが一番だと。ジョージ神父主導で取り仕切ってくださるそうですし、希望についてはレネレットさんにお任せいたします。お好きなように式を決めてください。後悔がないように」
わざわざ《後悔がないように》などと付け加えられると、私は微苦笑を浮かべざるを得ない。脅されているような響きを含んでいる。
「なんか重い言い方ね……」
「式なんて何度も挙げるものではありませんよ。それに、レネレットさんの人生で最初で最後になるものです。転生前からあなたが願ってきたことでしょう?」
レネレットにとって、最初で最後――
私にとっては二度目の結婚式だ。でも、レネレットにとっては初めてである。
意図していたわけではないが、前世の私がレネレットの人生を奪ったと言えなくはない。今の私も昔の私も、同一人物だと言い張れなくはないのだけども、もし記憶が戻っていなかったらどうだっただろうか――と思わなくはない。
まあ、記憶が戻らなくても、最終的にはオスカーのところに転がり込む決意をしたんじゃないかって、考えちゃうんだけどね。
私は顔を伏せた。
「……そうね。私が転生した記憶を取り戻す前からの夢。レネレット・ゴットフリードも願っていたことだわ」
そして顔を上げて小さく笑い、オスカーの顔をしっかり見つめた。
「あのね、オスカー。昔の私も今の私も、概ね意見が一致しているの。両親に晴れ姿を見せたいって気持ちが、ね。育ててくれた両親に感謝したいの。ちゃんと愛する人に出会い、結ばれましたって、報告をしたいんだ」
結婚にこだわるのは、自分も両親のように素敵な人と一緒に暮らしたいと思ったからだ。シズトリィ王国の文化以上に、その部分が大きい。ちゃんと巣立って、大切な人と家庭を持ちたい――そんな夢を描いたのは両親のおかげ。
言いたいことはきちんと言い合える関係だとか、対等に振舞ったり、あるいはどちらかを立てたりできるところとか、そういうところを素敵だと思っている。この感覚は、前世の私が持つものではなく、本来のレネレットが培ってきたものだ。
そしてそれらが、今の私にとって尊重したい気持ちだ。
「あなたはいつも育ての親への感謝を欠かさない人ですね。僕にはない感情です」
彼はよくわからないという顔をした。何度も人間として活動してきただろうに、わからないものはわからないということなのだろうか。
あれ? でも、この縁結びの神殿で神父になるための勉強をしていたのが十歳になる前だとか言っていたし、育ててくれた人はいるはずよね?
私は首を傾げた。
「オスカーにも育ての親はいたんじゃないの? 先代の神父さま、とか」
「彼には世話にはなりましたが……あまり愛してもらえなかったので」
何か複雑な事情があるらしい。オスカーは表情を曇らせ、俯いた。
先代の話、タブーなのかしら?
オスカーが引き継ぐことになった時の話を聞き出そうとしたら、ニーナさんもあまりいい顔をしなかった。触れられたくない何かがおそらくそこにはある。
「――先代についてでしたら、レネレットさんのお父上が詳しいと思いますよ。せっかくですし、話を伺ってきてはいかがでしょう?」
思いがけず、オスカーに提案された。
なるほど、確かに私の父は知っているはずだ。なんせ、私が生まれる前に縁結びの神殿に子宝を願って訪ねている。そもそも、私の祖父の代からこの神殿に寄付を行なっているので、親交はあったことだろう。
「聞いてもいいの?」
ニーナさんもあまりいい顔をしなかったのを思うと、オスカーに勧められても躊躇われる。気にする思いが私の言葉には溢れていた。
オスカーは安心させるように微笑む。
「ええ。あなたのお父上は部外者ですから、僕たちとは違った見方をすると思うんですよね。聞いて、できるなら僕に教えてください」
「うん。じゃあ、そうするね」
何か引っかかるものを感じつつも、この話を長く続けるのは良くない気がして切り上げる。代わりに、私の出立についての話題を振って、旅行の準備を話し合う時間に当てたのだった。
オスカーは私をたっぷりと愛でたあと、夕食の支度に出て行ってしまった。私はその間に身を清め、衣服を整える。服はオスカーが準備してくれた。
オスカーが部屋から出るなと言うので、私はトイレ以外はほとんど部屋を出ていない。足の怪我はもう気になることはなかったから、オスカーは本当に心配性だなと思う。過保護、が正確か。
こんな状態なのに、ゴットフリード伯爵領に戻っても大丈夫なんだろうか……
なんとなく、オスカーは不安定だ。だからこうして私を抱き潰すような真似をするのだろう。上機嫌なのは構わないが、振れ幅が広がっているのだとしたら厄介なことこの上ない。
まあ、私がいることで躁鬱状態になっているのだとしたら、一度離れた方がいいこともあるかもしれないけど。
そもそも、伯爵領行きはオスカーからの提案である。彼自身に問題があるのであれば、そんな提案をわざわざしないだろう。
また、こういう提案をし、私が離れたくないと駄々をこねる様を見て楽しみたいということも、おそらくない。私をからかうことを趣味にしている節はあるが、他人を巻き込むようなことはしない人だから、ジョージ神父に手紙を託している時点で私に伯爵領に行って欲しいに違いない。
その意図が、私が結婚式の相談をするためだけとは限らない気がするのだけど。
こういう時にリズがいてくれたら、私の出立までに色々調べてきてもらうのに。新年の行事で何があったのか、とか、あの女性のこととか……はあ。私一人じゃダメね……
私はよき相談相手であった侍女のリズを恋しく思う。今は伯爵領で私の両親や弟の世話をしていることだろう。王都に残ることを決意した私は、寂しさを覚えていた。
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とりあえず、夫婦睦まじく生活するコツはお母さまから聞いておこう。私の理想の夫婦なんだし。
小さく決意したところで、オスカーが部屋に入ってきた。持っているトレイにお皿がいくつか載っている。
「身支度は整っているようですね。ご気分はいかがですか?」
「悪くはないわよ。疲労感が半端ないけど」
文句をつけたい気持ちを込めて返事をすると、オスカーは楽しそうに笑った。
「では、お風呂は僕が洗って差し上げますね。ハーブも入れて、疲れが取れるように配慮いたしましょう」
「……ま、任せるわ」
私は呆れて言葉を詰まらせる。
どうして彼はそんなに元気なのだろう。無理をしているようには見えないから、何か秘訣でもあるのかもしれない。
私がベッドで休んでいる間も、オスカーは夕食をここで食べられるように部屋を整えている。この部屋にはベッドの他に執務机と本棚があるのだが、私の死角にあたる本棚の横から、折り畳みのテーブルが出てきた。それをベッドにくっつけるように並べると、持ってきたトレイを置いた。
「――疲れている時には胃に負担がかからないものがよろしいかと思いまして、お粥にしてみました。栄養も取れるように色々いっしょに煮込んだのです。お口に合うといいのですが」
ベッドに腰を下ろしている私に見えるように皿が移動させられる。
木製の大きなスープ皿には、食べやすい大きさに刻まれた肉や野菜がたくさん入った粥が盛られている。食欲をそそる甘めの香りが湯気とともにふわりと漂い、空腹を刺激された。
「オスカーって本当に料理上手ね。――いただきます」
「いただきます。――料理は慣れですよ。誰かが食べてくれると思ったら、やりたくなるんですよ」
木の匙ですくった粥にふーっと息を吹きかけて冷まし、一口頬張った。野菜の甘い風味と香辛料がほのかに効いた鶏肉がとても調和している。柔らかさもほどよくて、あまり噛まなくてもすっと食べられた。
「あなたの料理には愛情が込められているんでしょうね。とても美味しいわ」
オスカーは喋りながら粥をすする。オスカーは私ほど猫舌ではないようで、あまり冷まさずにパクパク食べていたが、私の指摘で手を止めた。やや心外そうな表情を浮かべて、私の顔を覗く。
「食べさせたい相手はレネレットさん、ただ一人だけですよ。時々、ジョージにもやりますが、あれはお酒のお礼なので」
「オスカーって、お酒、好きなの?」
私と食事をしている時にお酒を飲んでいることはほとんどない。だが、年末の宴会を思い出してみるに、オスカーは割とお酒に強く、そこそこ嗜んでいるらしいことを知った。私に気を遣ってお酒を控えているのであれば申し訳ないと感じ、尋ねる。
「神さまは誰でもよく飲むので、習慣で。ただ、僕が好んで飲むのは豊穣の神殿のものだけですね。残念なことに、美酒を作る才能は僕にはないようです」
豊穣の神殿のお酒に果物を漬け込んで作る果実酒は僕の方が上手に作れますが、とオスカーの言葉は続く。
そこ、対抗心を燃やすくらいには不満なんだ……
日常生活には困らない程度の技術は色々所有しているらしいオスカーだが、その中でも得手不得手はあるようだ。本人の努力ではどうにもならないこともあるらしいと知って、彼に対し親近感を覚える。
「レネレットさんはお酒はほどほどにしてくださいね。どうもあなたはお酒に弱い傾向にあるようですので」
オスカーの言う通りだと思う。私がお酒を飲んだ時には、いい思い出がない。
「そうね。注意するわ」
「伯爵領に戻って僕の目が届かなくなったからといって、くれぐれもハメを外さないように」
「わかってるって」
私は苦笑する。オスカーは私の実の両親よりもこういうことに口うるさいと思う。
私の両親は良い意味で放任主義だ。私の意志を尊重している。だからこうしてオスカーのそばに居られるわけで。
「――最短で十日間は離れ離れになると思うけど、オスカーは平気なの?」
オスカーが私のゴットフリード伯爵領行きの話題を振ってきたので、それに乗ることにした。話しづらかったので助かる。
なお、十日間という行程は、往復に必要な日数も含んでいるためである。私に乗馬スキルが備わっていたら、もっと短い日数になるが、概ねそういう距離だ。
私の問いに、オスカーは少し困ったような顔をした。
「寂しいとは思いますが、合理性を優先したらそれが一番だと。ジョージ神父主導で取り仕切ってくださるそうですし、希望についてはレネレットさんにお任せいたします。お好きなように式を決めてください。後悔がないように」
わざわざ《後悔がないように》などと付け加えられると、私は微苦笑を浮かべざるを得ない。脅されているような響きを含んでいる。
「なんか重い言い方ね……」
「式なんて何度も挙げるものではありませんよ。それに、レネレットさんの人生で最初で最後になるものです。転生前からあなたが願ってきたことでしょう?」
レネレットにとって、最初で最後――
私にとっては二度目の結婚式だ。でも、レネレットにとっては初めてである。
意図していたわけではないが、前世の私がレネレットの人生を奪ったと言えなくはない。今の私も昔の私も、同一人物だと言い張れなくはないのだけども、もし記憶が戻っていなかったらどうだっただろうか――と思わなくはない。
まあ、記憶が戻らなくても、最終的にはオスカーのところに転がり込む決意をしたんじゃないかって、考えちゃうんだけどね。
私は顔を伏せた。
「……そうね。私が転生した記憶を取り戻す前からの夢。レネレット・ゴットフリードも願っていたことだわ」
そして顔を上げて小さく笑い、オスカーの顔をしっかり見つめた。
「あのね、オスカー。昔の私も今の私も、概ね意見が一致しているの。両親に晴れ姿を見せたいって気持ちが、ね。育ててくれた両親に感謝したいの。ちゃんと愛する人に出会い、結ばれましたって、報告をしたいんだ」
結婚にこだわるのは、自分も両親のように素敵な人と一緒に暮らしたいと思ったからだ。シズトリィ王国の文化以上に、その部分が大きい。ちゃんと巣立って、大切な人と家庭を持ちたい――そんな夢を描いたのは両親のおかげ。
言いたいことはきちんと言い合える関係だとか、対等に振舞ったり、あるいはどちらかを立てたりできるところとか、そういうところを素敵だと思っている。この感覚は、前世の私が持つものではなく、本来のレネレットが培ってきたものだ。
そしてそれらが、今の私にとって尊重したい気持ちだ。
「あなたはいつも育ての親への感謝を欠かさない人ですね。僕にはない感情です」
彼はよくわからないという顔をした。何度も人間として活動してきただろうに、わからないものはわからないということなのだろうか。
あれ? でも、この縁結びの神殿で神父になるための勉強をしていたのが十歳になる前だとか言っていたし、育ててくれた人はいるはずよね?
私は首を傾げた。
「オスカーにも育ての親はいたんじゃないの? 先代の神父さま、とか」
「彼には世話にはなりましたが……あまり愛してもらえなかったので」
何か複雑な事情があるらしい。オスカーは表情を曇らせ、俯いた。
先代の話、タブーなのかしら?
オスカーが引き継ぐことになった時の話を聞き出そうとしたら、ニーナさんもあまりいい顔をしなかった。触れられたくない何かがおそらくそこにはある。
「――先代についてでしたら、レネレットさんのお父上が詳しいと思いますよ。せっかくですし、話を伺ってきてはいかがでしょう?」
思いがけず、オスカーに提案された。
なるほど、確かに私の父は知っているはずだ。なんせ、私が生まれる前に縁結びの神殿に子宝を願って訪ねている。そもそも、私の祖父の代からこの神殿に寄付を行なっているので、親交はあったことだろう。
「聞いてもいいの?」
ニーナさんもあまりいい顔をしなかったのを思うと、オスカーに勧められても躊躇われる。気にする思いが私の言葉には溢れていた。
オスカーは安心させるように微笑む。
「ええ。あなたのお父上は部外者ですから、僕たちとは違った見方をすると思うんですよね。聞いて、できるなら僕に教えてください」
「うん。じゃあ、そうするね」
何か引っかかるものを感じつつも、この話を長く続けるのは良くない気がして切り上げる。代わりに、私の出立についての話題を振って、旅行の準備を話し合う時間に当てたのだった。
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