転生前から狙われてますっ!!

一花カナウ

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転生令嬢は大切なあなたと式を挙げたい

2.同行者

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 昼食を終え、私はオスカーから預かった手紙を持って縁結びの神殿を発った。
 同行することになったシスターは、私がこの神殿に通うようになって何度か顔を合わせていた人だ。年齢はオスカーよりも十歳ほど年上なので、私とは二十歳ほど離れている。縁結びの神殿と関連する孤児院でも時々働いているこの女性は、私がシスターの勉強をしている時に世話になっている人で、名をニーナという。

「……ニーナさんは、オスカー神父の前の代をご存知なんですか?」

 こうして二人きりで雑談することがなかったので、私はここぞとばかりに質問することにした。豊穣の神殿まで黙って歩くことはないと思ったのだ。
 私が尋ねると、ニーナさんは穏やかな顔をにこやかに変えた。

「ええ。先代にも世話になったわね。もちろん、今の神父さまの幼い頃も知っているわよ」

 そう答えて、私の表情を覗き込んでくる。

 鋭いというか、あからさまな質問だったかしら?

 私の問いの意図が先代ではなく、今の神父――つまりはオスカーを知りたくて尋ねたものだとすぐにわかったらしかった。私はつい苦笑する。

「じゃあ、せっかくなので聞いちゃいますけど、オスカー神父の幼い頃ってどんな感じだったのですか?」

 ニーナさんは私の問いに、灰色がかった空を見ながら小さく唸った。

「――今の神父さまの幼い頃は、今以上に寡黙で表情に乏しい感じだったわね。それに本をよくお読みになっていたわ。とても勉強熱心で、神殿の後継者に選ばれてからは特に様々な質問を周囲に投げかけていたんじゃなかったかしら」
「へえ……」

 オスカーが勉強熱心だったのは、おそらくこの国の現状を把握するためだろう。彼自身がいつから自分が転生者であることを意識していたのかはわからないが、後継者に選ばれた頃にはすでに自分が何者であるのかを理解していたんじゃないかと私は思う。
 ニーナさんは懐かしそうに微笑んだ。

「今の神父さまは、シスターたちのことをとても気にかけてくれてね。私たちが孤児院育ちだったから、なおさら待遇や処遇が気になったのでしょうけど、神父になる前からいろいろと相談に乗ってくれたわ。先代に不満があったわけではないけれど、そういう接し方をしてくれたおかげで今の神父さまをみんな慕っているのよ」

 へえ、シスターって孤児院育ちが多いのか!

 どういう経緯でシスターになるのか私は知らなかった。つまり、私のように貴族であることを捨てて神職の道を歩む人間は少数派なのだろう。

「最近の神父さまは毎日楽しそうにお過ごしね。レネレットさんがいらっしゃってから、特にそう感じるわ」
「ええ、私もそう感じます。随分と上機嫌ですよね」

 オスカーが機嫌よく過ごしているように映っているのは、私だけではないとわかって頷いた。
 ニーナさんは上品に笑う。

「レネレットさんはシスターの勉強を始めるためにこちらにいらしたということになっているけれど、みんなあなたが彼の伴侶に選ばれたってことは察しているのよ。みんな応援しているから、頑張りなさいね」

 何をどう頑張れと応援されたのかわからなかったが、私は曖昧に頷いておいた。

「――あ、そうだ。ところで、どういう経緯でオスカー神父に代替わりしたんですか?」

 先代はもう亡くなっているらしいのだが、結婚の報告を兼ねてお墓にお参りしたいと告げたら、オスカーにはぐらかされてしまった。なにか特別な事情でもあるのだろうか。
 無邪気に私が尋ねると、ニーナさんの顔から血の気が引いたのがわかった。唇が震えている。

 え、どうしてそんな反応になるの?

 戸惑う私に、ニーナさんは懸命に唇を動かして言葉を発した。

「それは――」
「おう! レネレット嬢とニーナさんではありませんか!」
「ジョージ神父⁉︎」

 ニーナさんのか細い声をかき消すように言葉を被せてきたのは、これから会う予定のジョージ神父だ。どこかに行く用事でもあったのか、豊穣の神殿に所属していることを示す神父の格好をして、荷物を抱えている。そんな彼は大きく手を振りながら、私たちに向かって歩みを早めた。

「いやはや奇遇ですね。レネレット嬢もシスターらしい雰囲気になってきて、実にお似合いだ」

 私の前に立つと、ジョージ神父は私の全身を眺めてニコニコしている。爽やかハンサムな雰囲気に、性的なニュアンスや下心は感じられなかった。
 私はニコッと笑っておく。

「ありがとうございます。今ちょうど豊穣の神殿に向かっていたところなんです。行き違いにならなくてよかった」
「なるほど。それは確かによかった。俺はオスカーに会うつもりで出てきたばかりだったんだ。縁なのか運なのか、助かったなあ」
「あの、私は別件がありますのでこれで。後ほど神殿へ顔を出しますね」

 ジョージ神父と私が話していると、ニーナさんは少し早口で彼に挨拶をし、そそくさと去っていった。

 あ。代替わりの話を聞きそびれちゃった。

 ジョージ神父に会ってしまったので、ニーナさんとの話が途中になってしまった。だが、今はオスカーに頼まれた御使いを最優先にすべきと考えて、私はジョージ神父と向き合う。

「私、オスカー神父からお手紙を預かってきたんです。帰りにジョージ神父から書籍を預かるようにとも言われていて。――そのお荷物は?」

 今ジョージ神父が持っているものがオスカーから頼まれたものであるのなら、ここで交換をして私はニーナさんを追いかけようと考えた。その方が仕事が早く終わるだろう。
 私の問いにジョージ神父は少し考える仕草をする。そのあとで急に私の手を取った。

「ん?」
「レネレットお嬢さんよ、それはただの口実だ。こんな場所で立ち話するのもなんだし、うちの神殿に寄って行きな」
「え、でも、そろそろ儀式の時季でしょう? お邪魔するのは申し訳ないです」

 儀式のために忙しくなるのではないのか。私の記憶に間違いがなければ、ジョージ神父は一週間後にはゴットフリード伯爵領にある本殿に向けて王都を発つ必要があると思うのだが、準備は大丈夫なのだろうか。
 引き止めようと告げたつもりだったが、ジョージ神父は気にせず人の往来の中を私の手を引いて進む。

「君を寄越した理由は神殿で説明してやるよ。だから、黙っていなさい」

 ん? じゃあ、オスカーが私に御使いを頼んだのは、私がシスターとして認められ始めたからではない、ということ?

 納得し兼ねていたが、黙っていろと命じられてしまったので、私は疑問を口にすることなく豊穣の神殿まで案内されたのだった。

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