転生前から狙われてますっ!!

一花カナウ

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後日譚・番外編置き場

ナルシストではなく

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番外編 ナルシストではなく


 昨夜は事情が事情だったので、オスカーの部屋に行ったのが夜這いみたいになってしまったが、それはさておき。
 私はちょっぴり居心地の悪さを感じながら、午前中のお茶の時間をオスカーと二人きりで過ごしていた。

「――レネレットさん」
「は、はい。何でしょう?」

 今日のお茶は私が用意した。オスカーが淹れるほうが数十倍も美味しいのだが、練習しないと私自身が上達することはない。オスカー本人の希望もあって、午前のお茶は私が用意しているのだ。
 ここでオスカーが声をかけてきたということは、またいつものようにダメ出しをされるのではないかと思い、自然と私は身構える。
 オスカーは珍しくにこりと笑った。

「今日のお茶はなかなかですね。こんなに早く上達するとは思いませんでした」
「そう? たまたまじゃないかしら」

 私も熱々の紅茶を一口啜る。確かに昨日よりも香りがよく、渋みも少ない。茶葉は変えていないので、これは腕が上がったか偶然かのどちらかだろう。

「今日の感覚を忘れないでくださいね」
「うん。そうするわ」

 私は素直に頷いて、紅茶を飲んだ。褒められ慣れないので、妙にドキドキしてしまう。
 しまったな……オスカーの顔を直視できない……
 上目遣いにチラチラとオスカーに視線を送ると、彼は不思議そうな顔をした。

「僕の顔に何かついていますかね?」
「あ、いや、その……オスカーって綺麗な顔立ちだなあって思って」

 直視することに照れが生じるのは珍しく褒められたからだけではない。ごまかし通そうかとも一瞬考えたが、昨夜からオスカーの顔のことが頭から離れないので、正直に白状することにした。頭にこびりついて意識から出ていかないのであれば、話題として消化して忘れるのがよいだろう。
 私の言葉に、オスカーはキョトンとし、そしてクスッと笑った。

「面白いことを言いますね」
「私がこの世界のあなたと再会した時、オスカーはたくさんの少女に囲まれていたわ。彼女たちがキャーキャー言ってたのは、何も占いのおかげだけじゃないと思うんだけど」

 私だけがそう感じているわけではないという根拠に、この世界で最初に会ったパーティーのことを告げる。あれからしばらくは会うたびに周囲の様子を見ていたが、というか、見ざるをえない状況だったんだが、私と同じ年くらいの少女たちはうっとりとオスカーを見ていたように思える。
 だからこそ、あの時はあっちに行けと願っていたんだけど。
 私の言葉に、オスカーは納得できない顔を見せた。

「このくらいの顔はそれなりにいると思いますが。この地域ではストレートの黒髪はあまりいらっしゃらないので、それで目立っていただけでは?」
「それ、本気で言ってる?」
「ええ。何か問題でも?」

 オスカーの様子を見ていると、本当にそう考えていそうだ。
 黒髪は目立つけど、うーん、それで片付けていい問題なのかしら?
 私は顔の話題からの連想で、ふと思いついたことを聞くことにした。

「じゃあ、それはそういうことにしてあげるわ。――ところで、オスカーは言い寄られたり迫られたりしたことってないの?」

 美形は色恋沙汰の話に事欠かないはずだ。私は別のアプローチでオスカーの容姿が美形であることを証明しようと試みる。
 私も問いに、オスカーは首を傾げた。

「ないですね。そもそも、そういう気配が迫ってきたら、他の相応しい相手を紹介するようにしていましたし」

 どうやらオスカーは他人の縁が見えるらしい。恋占いがよく当たると評判なのだが、そういう能力を使っているから人気なのだろう。

「なにそれ、ずるい」

 その能力を占いというパッケージで提供するのはどうなのかという気持ちを込めて非難すると、オスカーは肩を竦めた。

「何のためにそうしていたと思っているのですか、あなたは。僕の個人的な事情であなたを手助けできない事態になったらまずいからでしたのに」
「手助けって言ってるけど、実際は私の邪魔をしてきたようにしか見えなかったんですけど」

 私に関わる悪い縁を断ち切れたのはオスカーが裏で頑張っていたからではあるが、それはそれである。

「その方が手っ取り早かったですし、そうせざるを得なかった理由も僕は説明したではありませんか」
「――ちゃんと覚えているわよ」

 私がむすっとしながら返すと、オスカーは私の顔をじっと見つめながら紅茶を飲んだ。互いに本気で文句を言っているわけではない。こう返すのが私たちの会話の作法というだけ。
 紅茶を少し飲んで、私は会話を仕切り直す。

「じゃあ、オスカーはこれまで結婚したいって考えなかったの? 結婚というか、人生のパートナーが欲しいって考えなかったのかってことだけど」

 言い寄られなかったし、その気もなかったような調子で言われると、今度はオスカー自身がどう思っていたのか気になった。綺麗な顔立ちであるか否かの話は、向こうに置いておこう。

「そうですね……」

 オスカーは軽く握った手を口元に当てて少し悩んでいるような表情を浮かべた。そしてゆっくりと口を開く。

「起点の世界で出会ったあなたとは結婚してもいいと思いましたが、それ以外では不思議と感じたことはないですね」
「そうなんだ……」

 どうしてオスカーは私を選んだのだろう。こうして一緒に過ごしているが、具体的な理由はいまだにわからない。
 どう尋ねたら私が知りたいことを聞きだせるのだろうかと考えあぐねていると、オスカーが言葉を続けた。

「あなたを助けたいと思って結婚しようとしたのも事実ではあるのですが、それ以上に惹かれるものもあったのですから、縁とは不思議なものです」
「縁結びの神さまに仕えておいて、何を言ってるのよ」

 っていうか、そのものじゃないの?
 私が笑うと、合わせるようにオスカーも笑った。

「――あなたしか僕の伴侶にはなり得なかったってことでしょうね。僕としては今は充分に幸せですので、それでいいでしょう?」

 オスカーが上機嫌すぎて、聞いているだけの私が非常に照れる。頬が熱くなっている。今まで、それこそ前世よりもずっとずっと昔から、オスカーがこういう言葉をさらっと言えるような人には思えなかったのに、どうしたというのだろう。想定外だ。
 私はスッと視線を外し、残っていた紅茶を飲み干した。

「あ、ありがとう。私も幸せだと思っているから、余計な詮索はやめにするわ」

 ボソボソと少し早口で告げると、オスカーは楽しそうにクスクスと笑う。

「ええ。そうしてください。――きっと、あなたが想像する以上に、僕はあなたを想っていると思いますよ」

 これまでと同様に私をからかっているだけではないのか――そんな予感があって私はオスカーの顔を盗み見るが、彼は結構真面目に言葉通りのことを考えていそうな顔をしていた。
 オスカーって、天然なところがあるわよね? 病んでるんじゃないかって思った時期もあったけど、ただ単に一般的な人間の常識が通用しないだけというか……
 このままこの場にいたら口説く言葉が続きそうで、私は席を立った。

「そう。それなら安心ね。――私、先に勉強に戻るわ」

 そそくさと離れる私の背中を見ているオスカーの視線が、どことなく柔らかい。それがむず痒くて、私はティーカップを持って部屋を出たのだった。




 オスカーの機嫌がよい時の法則――添い寝した翌日は上機嫌である、という法則に気づくのは、私がもっとシスターらしい振る舞いができるようになった頃の話である。

《番外編 ナルシストではなく 終わり》
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