転生前から狙われてますっ!!

一花カナウ

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後日譚・番外編置き場

姫始めといきましょうか?(後編)

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 オスカーの大きな手のひらに撫でられると、その部分に熱が宿るのがすぐわかる。二人で入ると水面がバスタブの縁ギリギリまで上がるので、お湯がこぼれ落ちるのが勿体無いと感じている私はおとなしくされるがままだ。

「お、オスカー……そんなところ、触っちゃ、やっ……」
「柔らかくて触り心地がいいですよ。普段は触れないのですし、こういう時くらいいいでしょう?」

 念入りに擦られると腰がビクッと震えた。離れたいのに、オスカーの腕が私の腰に回っているので身動きが取れない。

「んんっ……なんか、変……」
「気持ちがいいっていうんですよ、その感覚は」

 背後から抱き締められて耳元で囁くなんて反則だと思う。これでは逃げ場がない。

「レネレットさんは柔らかくてスベスベで、触れるのが楽しいです。傷もないですし」
「それって嫌味?」

 私のせいでオスカーに怪我を負わせてしまった。その時の傷痕はまだ脇腹に残っている。それは私にとっての引け目だ。

「そういうつもりではないですよ」

 与えられる刺激が強くなって、私は言葉が出なくなった。逃れたい快感に最終的には絡め取られ、私はブルっと全身を震わせる。呼吸が荒い。

「――いい反応ですね」
「や、やめてって言ったのに……」
「もっとしてほしいって思ったのではありませんか?」
「お、思わないもん」

 むすっとしていると、彼の手が私の顔に触れた。振り向くように誘導されて、私は後ろにいるオスカーとキスをする。少し執拗なキスだけれど、私がそれを求めていたのだと、離れた時に湧き上がった名残り惜しむ気持ちから理解した。

「……知ってましたか、レネレットさん。年が明けて最初の夫婦の秘め事を姫始めと呼ぶのだそうですよ」
「どこで仕入れてくるのよ、そんな知識……この国のものじゃないわよね?」

 記憶を遡れば聞き覚えのある言葉だが、このシズトリィ国でメジャーな言葉ではないはずだ。互いに転生者なので、どこかでそれを聞いたのだと思うが、いつの世界と関連しているのかはもう定かではない。
 私が尋ねると、オスカーはただ楽しそうに笑うだけだった。なんか腹が立つが、別にしつこく聞いたところで益もないので、ここはスルーしておこう。
 姫始めの話より、私は気になることがあった。

「――ねえ、オスカー、私がここに来てからよく笑うようになったんじゃない?」
「どうでしょうね。僕自身はわかりかねますが」
「すっごく楽しそうに見える」
「結構なことじゃないですか」
「いや、まあ、そうだけど」

 私が彼に何か良い影響を与えているのだったら嬉しいなと思っての問いだったのだが、オスカーにはぐらかされてしまった。
 まあ、本当にわかってない感じがするから、聞いても無駄かな。

「そう言うレネレットさんも愛らしくなりましたよ。可愛いと思います」
「ほんと?」

 オスカーに可愛いと言われると心音が跳ねる。とても嬉しい。くるっと身体の向きを変えてオスカーと向き合うと、彼はニッコリと微笑んだ。

「ええ、愛玩動物みたいで」
「ペット……」

 無邪気に返してきたので、悪意はなさそうだ。私は浮かれた気持ちが瞬時に沈み、感情の起伏に合わせるように水面に顔を半分ほど沈めた。ブクブクブク……

「怒らないでくださいよ」

 ヒョイっと水面から私は引き上げられた。怒るなと言われると怒ったほうがいいような気がする。とりあえず膨れておいた。

「レネレットさんは百面相ですね。見ていて飽きません。そもそも、これだけ転生して付き合っているのですから、飽きていたらとうに縁を切っているところでしょうけど」
「私、あなたの顔は見飽きたわ」

 オスカーの手のひらの上に転がされているのが悔しくて、私は嘘をつく。彼は困ったような顔をした。

「仕方がないでしょう? レネレットさんのカスタムに力を全て使ってしまうので、僕自身をカスタムする余力がないんです。それに、今回はオプションの追加に力が足りなくて、僕の視力を引き換えにしたんですから、そこは我慢してください」
「……そ、そうだったんだ」

 視力を引き換えにしたと言われると、ちょっと罪悪感が湧く。彼の視力が悪い理由にまさか自分が関わっているとは思っていなかった。
 シュンとすると、オスカーは私を引き寄せて抱き締める。ぎゅっとして、頭を撫でてくれた。

「視力についてはどうかお気になさらず。失明しているわけではないですし、この国の眼鏡は結構高性能なんです。今のところ困ったことはありませんので」
「でも」
「あなたを引き寄せるのに、見えにくいからという理由ができて好都合です。近くにあると、キスがしやすいですからね」

 わかりやすいように、オスカーは実践してくれた。軽く触れるキスは、なんだか切ない。

「……ごめん、本当はオスカーの顔、すごく好き。眼鏡をかけているあなたを素敵だって、実は思ってる」

 言うと恥ずかしくて、私はそっと視線を外した。
 オスカーがクスクスと笑っている。

「ふふ、知っていましたよ。きっと好みなのだろうって、感じていました」
「え! な、なんで⁉︎」
「僕が眼鏡をかけていないと、あなたはいつだって僕の眼鏡を探すから。そんなに高価なものでもないんですよ。だから、気にすることもないのに」

 指摘されて、すぐに自分の言動を振り返る。確かにそのような気がした。眼鏡の行方を尋ねていることは多い。

「私、眼鏡が好きだったのか……」
「眼鏡は僕の本体ではないんですが」
「そんなこと、わかってるわよ」

 くだらないことを言い合って、私たちは同じタイミングで笑う。なんだかんだ言っても、彼のそばは居心地がいい。私にとっての運命の相手はオスカーなのだろう。

「――さてと、次は食事にしますか? それとも、ベッドに移動して、もっと深い関係になってみましょうか?」

 深い関係に?

 さすがにその言葉の意味はわかる。深い関係になるための準備として、オスカーが私を洗ったり、洗うと称して身体のあちこちを触るのだということは、ぼんやりとではあるが私は理解し始めていた。
 答えにちょっとだけ迷って、横に小さく頭を振った。

「……しょ、食事にしましょう! ベッドに入ったら、寝ちゃうかもしれないから! せっかく食事を作ったのに勿体無いわ」
「そうですね。そうしましょうか」

 オスカーはあっさりと引いてくれた。もしかしたら、彼には何か策があるのかもしれない。

 でも、今すぐは無理!

 私が何を考えているのかオスカーにはお見通しなのだろう。私を見ながら上機嫌にしている。

「レネレットさん。今夜は頑張ってくださいね」
「う、うん……善処するわ」

 今日は本気で迫ってくるのかもしれない。夫婦としてはあまり拒むのもよくない気がする、そう考えてしまうとここは頷くしかなかった。

 善処……できるといいけど。

 オスカーは日頃から子どもがほしいと言っている。結婚式までは待つんじゃないかと密かに期待していたが、彼だって年頃の男性なのだ。こうして肌を触れ合わせていれば、自然とそういう気持ちが湧くかもしれない。
 これから起きることに対し身構えながら、私は先にお風呂から出たのだった。


《番外編 姫始めといきましょうか? 終わり》
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