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後日譚・番外編置き場
ジョージ神父からお届けものです。(後編)
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今、私は猛烈に反省している。こんなに夢中になって読むつもりはなかった。
部屋の薄暗さに文字が読みにくくなってきたなあと思う間もなく読み終えて、時間がずいぶんとたってしまったことに驚いた。本を片付けて夕食の支度をせねばと立ち上がったところで、部屋の扉が開く。
「――おや。レネレットさん?」
入ってきたのはオスカーだ。なぜならここは、彼の私室である。ノックもなしに入ってくることは想定の範囲内だ。
私が驚いて固まったのは、本を握ったままだったからである。ジョージ神父が持ってきた本を、私はしっかりと持っている。
げっ。まさか犯行中に見つかるなんて……な、何か言わなくちゃ。
言い訳を考えているうちに、ランタンを持った彼は私のいるベッドに近づいてくる。ランタンは途中にある執務机に置かれ、オスカーは早足気味に私との距離を詰めた。逃がさないの意思表示。
えっと、むしろ何か言って?
彼が黙ったままなのが不気味で怖い。これは怒っているに違いない。
ここは素直に謝ろう。
私は持っていた本をオスカーに差し出した。
「ご、ごめんなさい! オスカーがジョージ神父に何を頼んだのか気になって、その、ほんと、ゴメン。こ、こんな本だと思わなかったから」
内容を思い出すと身体が熱くなる。真っ赤になっているだろう顔を見られたくなくて、私は俯いた。
「……そう。もう読んでしまわれたのですね?」
「え、ええ、ちょっとした出来心で。お、面白かったわよ」
動揺しすぎである。私は余計なことを口走っている自覚を持っているのに、黙っているほうが居心地が悪くて喋りすぎてしまう。
ばかばかばかっ! 私のばかっ! 勝手に人の荷物を漁ったうえでしっかり読んじゃったことを自白してどうすんのよ!
だが、言ってしまったものは撤回できない。オスカーの反応を窺うために顔を少し上げる。ランタンがオスカーの背後にある都合で表情はよく見えない。
えっと、なんで黙ってるの?
私の軽率な行動に失望してしまったのだろうか。夫婦だとしても秘密にしたいことはあってもよいはずだ。それなのにズケズケとプライバシーを侵害するようなことをしてしまったわけで、オスカーの信用を失っても仕方がない。
どうしよう……
結婚式を挙げる準備も進んでいるというのに、これなら白紙に戻したほうがいいだろうか。オスカーとの関係を見直すためにゴットフリード伯爵領に戻っておとなしくするべきだろうか。
オスカーが何を考えているのかわからない。
「……ごめん、オスカー」
沈黙に耐えられなくて小声で謝ると、オスカーは私の手から本を抜き取った。そしてペラペラとページをめくる。
「――短時間でこの分量を読み終えるとは、読むスピードはなかなか早いのですね」
オスカーの声はいつも以上にたんたんとしていて、どことなく冷え冷えとしている。真冬の王都の空気以上にからっからに乾いていてひんやりと冷たい。
「最近ずっと読書していたから、読むのは早くなったんじゃないかとは思うけど、それ、面白かったからつい集中しちゃって」
慎重に言葉を選ばねばと考えているはずなのに、パニックになっているので言葉がまとまらない。素直な言葉がそのまま口から出て行く。
「ほう。こういうの、お好きですか?」
「す、好きかどうかはわからないけど……」
「僕が読んだ上で実践してみるつもりでしたが、あなたの好みかどうかはわかりませんからね。せっかくですし、あなたの心に響いた部分を音読していただきましょうか?」
オスカーはパタンと本を閉じて机に置くと、私と向き直った。眼鏡の奥の緑色の目がすごく意地悪そうに見える。
って、あれを音読っ⁉︎
「はっ⁉︎ い、いや、なんでそうなるの? 音読しろって言ったくせに、本は机の上だし、なんか迫ってきてるし、言ってることとやってることがおかしくありませんかねっ⁉︎」
絶体絶命のピンチのような気がする。私はベッドの上、オスカーの方がドアに近い。つまり、逃げ場はない。
「おや? レネレットさんなら暗唱は余裕かと。実演込みでやっていただけることを期待しているんですが」
「いやいやいや、ご冗談をっ! 実演込みって、ないない! そもそも縛ったり吊るしたりには興味ないから!」
「では、目隠しをして、耳元で愛を囁いて差し上げるとしましょうか」
オスカーはそう告げると、私をそっとベッドに横たえた。
「あ、あのっ、オスカー⁉︎」
私の目元に彼の大きな手が添えられた。何も見えない。動悸が激しくなる。
え、えっ? 私が実演するんじゃないの? なんかこれって、なんかこれってっ!
読み終えたばかり小説のワンシーンが脳裏をよぎる。こうして押し倒されたヒロインが、愛するヒーローに何をされたのか――
「覚悟して。レネレット」
耳元で甘く囁かれるだけで、一気に熱を上げた私は意識を飛ばしてしまった。
***
ページをめくった時にたまたま目に入った一節が印象的だったので、ふとした思いつきからレネレットをからかうためにそれを利用してしまったことを、オスカーは後悔していた。
「刺激が強すぎましたかね……」
気絶してしまったレネレットをベッドにきちんと寝かせ、その横でジョージから貸してもらった本に目を通す。オスカーには、それほど特別なことが書かれているとは思えなかった。
夜伽の知識を強化するにはどうしたらいいかとジョージに相談したところ、彼は官能小説を探してきてくれた。どういうものがいいのかわからなかったオスカーとしては、こういう俗世のことに詳しい友人が身近にいるのは心強い。
「やれやれ。しかし、これは想定外です」
レネレットの知的好奇心を利用して彼女自身にこの官能小説を読んでもらう計画はとてもあっさりと成功したが、そこから先がメインだったはずなのに、気絶されては何もできない。
オスカーはレネレットの頭を優しく撫でる。彼女はくすぐったそうにモジモジしているが、起きる気配はない。ひょっとしたら朝までぐっすり眠ってしまうかもしれない。
「まったく、あなたは……」
やっと手に入った彼女を、どう喜ばせたらいいのか持て余していた。コロコロと変わる表情はいつ見ても心を和ませる。対抗心を露わにして向かってくるのもとても楽しい。そして、オスカーにとって彼女の望みを叶えることはやぶさかではないのだ。
「あなたとの子どもがほしいのに、いつになったら先に進めるんでしょうかねぇ、レネレット」
この本を読んだことで、僕たちがまだ最後まではしていないことに気づいているといいのですが――オスカーは愛しいレネレットの横顔を見ながら、小さくため息をつくのだった。
《番外編 ジョージ神父からお届けものです。 終わり》
部屋の薄暗さに文字が読みにくくなってきたなあと思う間もなく読み終えて、時間がずいぶんとたってしまったことに驚いた。本を片付けて夕食の支度をせねばと立ち上がったところで、部屋の扉が開く。
「――おや。レネレットさん?」
入ってきたのはオスカーだ。なぜならここは、彼の私室である。ノックもなしに入ってくることは想定の範囲内だ。
私が驚いて固まったのは、本を握ったままだったからである。ジョージ神父が持ってきた本を、私はしっかりと持っている。
げっ。まさか犯行中に見つかるなんて……な、何か言わなくちゃ。
言い訳を考えているうちに、ランタンを持った彼は私のいるベッドに近づいてくる。ランタンは途中にある執務机に置かれ、オスカーは早足気味に私との距離を詰めた。逃がさないの意思表示。
えっと、むしろ何か言って?
彼が黙ったままなのが不気味で怖い。これは怒っているに違いない。
ここは素直に謝ろう。
私は持っていた本をオスカーに差し出した。
「ご、ごめんなさい! オスカーがジョージ神父に何を頼んだのか気になって、その、ほんと、ゴメン。こ、こんな本だと思わなかったから」
内容を思い出すと身体が熱くなる。真っ赤になっているだろう顔を見られたくなくて、私は俯いた。
「……そう。もう読んでしまわれたのですね?」
「え、ええ、ちょっとした出来心で。お、面白かったわよ」
動揺しすぎである。私は余計なことを口走っている自覚を持っているのに、黙っているほうが居心地が悪くて喋りすぎてしまう。
ばかばかばかっ! 私のばかっ! 勝手に人の荷物を漁ったうえでしっかり読んじゃったことを自白してどうすんのよ!
だが、言ってしまったものは撤回できない。オスカーの反応を窺うために顔を少し上げる。ランタンがオスカーの背後にある都合で表情はよく見えない。
えっと、なんで黙ってるの?
私の軽率な行動に失望してしまったのだろうか。夫婦だとしても秘密にしたいことはあってもよいはずだ。それなのにズケズケとプライバシーを侵害するようなことをしてしまったわけで、オスカーの信用を失っても仕方がない。
どうしよう……
結婚式を挙げる準備も進んでいるというのに、これなら白紙に戻したほうがいいだろうか。オスカーとの関係を見直すためにゴットフリード伯爵領に戻っておとなしくするべきだろうか。
オスカーが何を考えているのかわからない。
「……ごめん、オスカー」
沈黙に耐えられなくて小声で謝ると、オスカーは私の手から本を抜き取った。そしてペラペラとページをめくる。
「――短時間でこの分量を読み終えるとは、読むスピードはなかなか早いのですね」
オスカーの声はいつも以上にたんたんとしていて、どことなく冷え冷えとしている。真冬の王都の空気以上にからっからに乾いていてひんやりと冷たい。
「最近ずっと読書していたから、読むのは早くなったんじゃないかとは思うけど、それ、面白かったからつい集中しちゃって」
慎重に言葉を選ばねばと考えているはずなのに、パニックになっているので言葉がまとまらない。素直な言葉がそのまま口から出て行く。
「ほう。こういうの、お好きですか?」
「す、好きかどうかはわからないけど……」
「僕が読んだ上で実践してみるつもりでしたが、あなたの好みかどうかはわかりませんからね。せっかくですし、あなたの心に響いた部分を音読していただきましょうか?」
オスカーはパタンと本を閉じて机に置くと、私と向き直った。眼鏡の奥の緑色の目がすごく意地悪そうに見える。
って、あれを音読っ⁉︎
「はっ⁉︎ い、いや、なんでそうなるの? 音読しろって言ったくせに、本は机の上だし、なんか迫ってきてるし、言ってることとやってることがおかしくありませんかねっ⁉︎」
絶体絶命のピンチのような気がする。私はベッドの上、オスカーの方がドアに近い。つまり、逃げ場はない。
「おや? レネレットさんなら暗唱は余裕かと。実演込みでやっていただけることを期待しているんですが」
「いやいやいや、ご冗談をっ! 実演込みって、ないない! そもそも縛ったり吊るしたりには興味ないから!」
「では、目隠しをして、耳元で愛を囁いて差し上げるとしましょうか」
オスカーはそう告げると、私をそっとベッドに横たえた。
「あ、あのっ、オスカー⁉︎」
私の目元に彼の大きな手が添えられた。何も見えない。動悸が激しくなる。
え、えっ? 私が実演するんじゃないの? なんかこれって、なんかこれってっ!
読み終えたばかり小説のワンシーンが脳裏をよぎる。こうして押し倒されたヒロインが、愛するヒーローに何をされたのか――
「覚悟して。レネレット」
耳元で甘く囁かれるだけで、一気に熱を上げた私は意識を飛ばしてしまった。
***
ページをめくった時にたまたま目に入った一節が印象的だったので、ふとした思いつきからレネレットをからかうためにそれを利用してしまったことを、オスカーは後悔していた。
「刺激が強すぎましたかね……」
気絶してしまったレネレットをベッドにきちんと寝かせ、その横でジョージから貸してもらった本に目を通す。オスカーには、それほど特別なことが書かれているとは思えなかった。
夜伽の知識を強化するにはどうしたらいいかとジョージに相談したところ、彼は官能小説を探してきてくれた。どういうものがいいのかわからなかったオスカーとしては、こういう俗世のことに詳しい友人が身近にいるのは心強い。
「やれやれ。しかし、これは想定外です」
レネレットの知的好奇心を利用して彼女自身にこの官能小説を読んでもらう計画はとてもあっさりと成功したが、そこから先がメインだったはずなのに、気絶されては何もできない。
オスカーはレネレットの頭を優しく撫でる。彼女はくすぐったそうにモジモジしているが、起きる気配はない。ひょっとしたら朝までぐっすり眠ってしまうかもしれない。
「まったく、あなたは……」
やっと手に入った彼女を、どう喜ばせたらいいのか持て余していた。コロコロと変わる表情はいつ見ても心を和ませる。対抗心を露わにして向かってくるのもとても楽しい。そして、オスカーにとって彼女の望みを叶えることはやぶさかではないのだ。
「あなたとの子どもがほしいのに、いつになったら先に進めるんでしょうかねぇ、レネレット」
この本を読んだことで、僕たちがまだ最後まではしていないことに気づいているといいのですが――オスカーは愛しいレネレットの横顔を見ながら、小さくため息をつくのだった。
《番外編 ジョージ神父からお届けものです。 終わり》
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