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1巻
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しおりを挟む「私は結婚をしたいの。これまでやりたいことはいろいろやってきたし、実際、極めることだってできたわよ。――でも、結婚をしたことは一度もないわ」
一国の姫君ほど行動を制限されることもなく、平民のように身分の壁に泣く心配もない。今の立場をくれた両親に、私は心の中で感謝する。
お父さまお母さま、私はあなたたちの持つ地位のおかげで、目標である結婚までの道のりをラクに進めそうです。
私の勢いに押されてか、言葉を詰まらせたオスカーに、私はさらに言葉を浴びせる。
「確かに結婚については周りからもいろいろ聞かされてきたわ。いいことばかりじゃないっていうのもわかっているつもり。だけど、自分で経験してみないと本当のところはわからないでしょ?」
そして、最後にオスカーを睨みつけた。
「今度ばかりは邪魔させない!」
リズには悪いが、縁結びの神どころか縁切り男のいるこんな場所には、もういられない。
そう宣言すると、すぐさま私はドレスの裾を翻し、馬車へ向かって一目散に走ったのだった。
今、この世界に生まれてから一番腹が立っている。思い返せば返すほど、はらわたが煮えくりかえる気分だ。
なんで私がっ! あいつにあんな、人を小馬鹿にしたような目で見られなきゃいけないわけっ!
良縁を求めて神殿に行ったはずなのに、前世からの知り合いに一生独り身のままですと宣言されるだなんて誰が想像しただろう。完全に想定外だ。
「――でも神父って職業なら会う機会はほとんどないし、まあ、直接の害は少ないかしら……」
この世界以外での人生を振り返る。
彼が一番身近な存在だったのは当時の私の兄として現れた時。従兄妹という関係だった時もあれば、仲の良い近所のお兄ちゃんとしてそばにいたこともある。彼とは幼少の頃から関わりがあり、私が年頃を迎えて前世を思い出すたびに、毎回ジタバタすることになるのが今までの流れだった。
今回はずいぶんと登場が遅かったように思うけど……気にするほどのことじゃないわね。
もう赤の他人なのだし、せっかくならこのまま出くわすことなく一生を終えられればよかったのにと運命を恨んだ。
「レネレットさま、神殿で何かあったんですか?」
馬車の中、向かいに座るリズが不思議そうな顔をして私を覗き込んでくる。
「神父に結婚を諦めろと言われたのよ! 頭にきちゃう!」
「あらら……」
「だから、何がなんでも結婚してやるわ。次のパーティーはいつかしら? そこで必ず相手を掴まえて、ご自分の発言を撤回していただこうじゃない!」
私は拳を握りしめ、高らかに宣言したのだった。
第2章 やってやるわよ、結婚を
神殿を訪ねてから、一週間。
私は屈辱のあまり打ちひしがれていた。
あれ以降、平民が出入りできるパーティーに行けば、オスカーの妨害に遭って何もできずに撤退。やっと貴族限定のパーティーに出席できたと思ったら――
ねえ、なんでっ? どうしてどいつもこいつも私を振ったヤツばかりなわけっ!
今日の私は、ゴットフリード家と古い付き合いのあるランバーグ伯爵家が催す夜会を訪ねていた。そのパーティーに現れた男性たちはみんな私の顔馴染であったが、既婚者だったり難癖をつけてお見合いを断ってきた人物だったりで、婚約者候補にすらならない人ばかり。しまいには「結婚相手は見つかったか?」などとからかわれてしまった。
解せぬ……。なんで私がこんな目に。
パーティー会場の大広間。明かりがあまり届かない壁際で、私は呪いの視線を男どもに送りながら帰りどきを探る。こんな場所にいたところで、時間の無駄だろう。挨拶せねばならない人とはもう顔を合わせた。適齢期なのに縁談が来ない令嬢として好奇の視線を向けられ続けるのも癪である。
あーあ。他家のパーティーに期待したのがそもそもの間違いかしらね。うちで開催するか、あるいは遠方に領地をお持ちの貴族さまのパーティーを積極的に狙っていくのが吉かしら。
努力をしなくても出会いがあるのなら、とっくの昔に結婚できている。猶予もどんどん短くなっているのだから、うかうかしてはいられない。
「よし」
ため息をついたら負けだ。声を出して気合を入れ直し、私は広間の中央へ一歩を踏み出す。
すると。
「どうだ? 男漁りは順調か?」
そんな失礼な言葉を平然と投げかけてきた男の声に覚えがあった。
私は正面に立ちふさがっている背の高い彼の顔を見るべく、ゆっくりと視線を上げる。そこには、私の幼馴染が立っていた。
幼い頃は金髪っぽく見えていた髪は成長とともに色が濃くなり、現在は誰が見ても茶色と言うだろう短髪。その毛先は癖が強くていつも逆立っている。今日も絶好調らしく、重力に逆らっていた。ワイルドな雰囲気がいかにも彼らしくて似合っていると思う。
顔立ちは整っていて、焦げ茶色の瞳がとても綺麗。鋭い目元に全体の印象が引きずられてしまうのか、野性味溢れるギラついた雰囲気の青年だ。昨今の貴族女性の好みの傾向はウットリしてしまうほど甘く優しい柔和な顔なので、あまりモテないタイプだとも言える。惜しい。
歩けるようになった直後から剣技を叩き込まれているだけあって、胸回りや腕が筋肉質だ。だからといって筋肉の塊というわけではないところに好感が持てる。鍛え方がよかったのか、スタイルがいい。今日の燕尾服もお似合いだ。
そんな幼馴染の名前はエイドリアン・ランバーグ。伯爵家嫡男で、二十五歳。私とは八つも年が離れているのだが、とても話が合う。そんな年上の彼と気を使わないやりとりができるのは、転生を繰り返した私の精神年齢がこの肉体の年齢よりも高いからではなかろうか。
エイドリアンは私の婚約者候補として我が家で真っ先に名を挙げられた人物であるが、彼はフローレンス・ヴォーゲルトという侯爵令嬢に求婚されるなり、あっさりそっちになびいてしまったのだった。
「あーら、そちらはご自分の家のパーティーなのをいいことに寝癖全開でいらっしゃるのね」
逆立った髪は天然のものだと主張する彼は、私がこんな感じでからかうとすぐ怒る。
案の定、エイドリアンはさっそく睨みつけてきた。
「何度も言うが、これは癖毛だ」
「どうかしら? もっと伸ばしてみればわかるんじゃなくって?」
「今日はずいぶん突っかかるな」
「そりゃあもう、アテが外れてガッカリ意気消沈しているところに追撃されたら噛みつきたくもなりますわ」
エイドリアン相手であれば、私はいつもこんな調子だ。物心がついた頃から互いをよく知っている。恋愛感情が芽生えなかったのは、兄妹のように近すぎる存在だったからかもしれない。家の領地も隣接していて、王都から離れる冬季にも頻繁に顔を合わせるので、家族の次によく会う人物だ。
まあ、私がしたいのは結婚であって恋愛じゃないから、そんなのはどうでもいいっちゃあいいんだけど。
大袈裟なノリで返せば、エイドリアンは私の肩に手を置いた。顔を見るといつになく真面目な表情をしている。
うん? あなたの真面目な顔って威圧感があって超怖いんですけど。女の子相手にするような顔じゃないって、わかってる?
指摘の言葉が引っ込む程度には私も怯えている。何か気に障ることでも言ってしまっただろうか、髪の話題以外で。
エイドリアンは深刻な話をするかのように私の耳元に唇を寄せた。
「レネレット。ちょっと話がある」
「はい?」
ここで話すのかと思ったら、違うらしい。エイドリアンは私の手を引いて歩き出した。かなり強引。まあ、いつもそんな調子だけど。
「ねえ、待って。こんなところをフローレンスさまに見られたらまずいんじゃなくって? 男女で二人っきりっていうのは、さすがに」
会場の端をつかつかと早足で進んでいくエイドリアン。彼は周囲の視線を完全に無視していた。
今日のパーティーではフローレンスさまの姿を見ていない気がするが、たとえ本人がいなくても、後で誰かがこの様子を彼女に伝える可能性がある。婚約者をさしおいてほかの女性に手を出すなど、この国の男子としてあってはならない。
私としても彼女に恨まれたくはない。売られた喧嘩はなんでも買ってしまう強気な性格だという自覚はあるものの、自分から喧嘩を売ってまで争いがしたいわけではなかった。
先を歩くエイドリアンがチラッと振り向いて私を見た。
「心配するな。彼女との婚約は解消したから」
「え、ええ?」
侯爵令嬢との婚約を解消――ということは、婚約破棄されたということだろうか。相手は格上のお嬢さんなのだから、基本的にはランバーグ家側から断ることはできないはずである。しかし、そもそも向こうから持ちかけてきた婚約を破棄されるなんて、よほどのことがなければありえない。
エイドリアン、あんた、一体何をした?
会場を出ると、すぐに屋敷の一室に連れ込まれた。覚えのあるそこはエイドリアンの寝室だ。幼少期に訪れた時から場所が変わっていなければ、だけど。
「さてと――まあ、座れよ」
ベッドに座るように勧められたが、私は警戒して窓枠に腰を預けた。
わずかに開いているそこからは涼しい夜風が入ってくる。複数の花の香りが混じっているのは、この下が庭だからだろう。そろそろ薔薇が咲き始める時季だ。
「話って何?」
エイドリアンの座るベッドと私の腰かけた窓枠は位置的に向かいにある。顔を合わせると、エイドリアンはニッコリと笑った。
「さっきも言ったが、フローレンス嬢との婚約は解消になった。さらに俺は今、恋人もいない」
「はぁ、そうですか」
かつて私を振った男の恋愛事情など興味はない。愚痴なら他の相手にしてほしいと思う私に、エイドリアンは続ける。
「そこで、だ。お前に現在恋人も婚約者もいないなら、俺と結婚を前提に付き合わないか?」
「……え」
聞き間違いだろうか。
私は今どんな顔をしているだろう。きっと口をあんぐりと開けて、エイドリアンを見下ろしているに違いない。
「は? 何言って……」
「いや、どうしても嫌だっていうなら他をあたるんだが……俺としてはお前がいいと思っている」
「えっと……」
その時、あの憎っくきオスカー神父の無駄に整った顔が脳裏をよぎった。
これは千載一遇のチャンスじゃない?
オスカーからはこの世で結婚できないと宣言されてしまったが、ここでエイドリアンの申し出を受け入れれば、とりあえず結婚に向けての確実な一歩は踏み出せよう。
内心で打算を働かせる私を見て、困惑しているとでも考えたのだろう。エイドリアンはさらに続ける。
「ほら、フローレンス嬢との婚約は侯爵家からの申し入れだったし、そうなるとこっちからはそうそう断れないだろ? だから嫌と言えなかっただけで、俺としては、レネレットがいいと思っていたんだよ、だいぶ昔から。お前はどうなんだ?」
この男、幼馴染だけに、とんだ策士であることを私はよく知っている。
何かを始める時の根回しは慎重だし、相手を騙す時の演技は役者さながらに堂々としている。味方になるなら心強い存在である一方、敵に回ったらかなり厄介になる――それがエイドリアンという人だ。
私としては結構評価しているのに、どんなことをしでかせば、向こうから言い寄ってきたはずの相手に逃げられるのかしらね。
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戸惑う乙女を演出。ここは素直に、というか焦ってがっつくよりも、この世界で好ましく思われる令嬢らしい振る舞いをしておいたほうが無難だろう。
「そりゃあ、お前しか考えられないからこんなことを言っているんだろ? 今は互いに相手がいないから気軽に顔を合わせられるが、結婚したらそうはいかない。俺としてはお前とくっだらない言い合いをするのが楽しいと感じているんだ――それこそ毎日してもいいと思うくらいに。そういうことができるのはお前だけなんだよ」
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うなだれたエイドリアンを見て、私は窓枠から下りて彼の手を取った。両手で包み、彼の顔を見上げる。そのタイミングで慈愛に満ちた笑顔を作った。
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ここですっと涙を零せば完璧だ。引き寄せた彼の手を自分の頬に当てて、そこに涙を落とす。実は私、こういう演技は得意である。
よーし、これで婚約はバッチリね!
エイドリアンが慈しみの目をこちらに向け、ゆっくりと目を閉じた。
待って。こ、これはキスの体勢では――?
顔が近づいてきて、私は焦る。
そ、そうよね。こういう雰囲気になれば、キスくらいするのが普通だもんね。今あからさまに逃げたりしたら、せっかく感激の涙まで演出したのが台無しになってしまう。とはいえ、じっとしていられるのも限界があった。
ごめん、エイドリアン。私、今はできない!
心の中で詫びて、私は彼の唇に自分の人差し指を押し当てた。
「キ、キスは誓いの儀の時に」
「ウブだなあ。でも、そこもいいな」
エイドリアンは意外とすぐに諦めてくれた。代わりに私をベッドへ座らせ、自身も近すぎず遠すぎずの距離に腰を下ろす。距離の取り方に幼馴染特有の意思疎通を感じる。ちょっとしたことだが、そこにエイドリアンらしさが感じられてホッとした。よかった。もういつもの彼だ。
押し切られたらどうしようかと思った……
胸がとてもドキドキしているのをエイドリアンに悟られていなければいいのだが。
それにしても、少々手が早くないだろうか。さっきは互いが婚約に同意したのであればキスくらい交わすものだろうととっさに判断したものの、今はそんな風に思えてきた。昔からの意中の相手に婚約の承諾を得られた喜びのためと思えばマイナス評価とまではいかないが、やはり私の気持ちをもっと考えてほしいとわがままなことを思ってしまう。
いや、だって、私、こういう経験初めてなんだもの。
「詳しい話は明日、ゴットフリード家に手紙を送っておく。それをお父上に読んでもらって、正式に手続きをしよう」
「ええ。こういうことは早いほうがいいものね」
内心の揺れ動きはさておき、微笑み合う。私がよく思い描いていた、婚約が決まった男女の幸せな時間だ。
屋敷まで送るとの申し入れを素直に受けて、私はランバーグ家のパーティーを後にしたのだった。
エイドリアンが約束したように、翌日の昼過ぎには早くも手紙が届き、私たちは晴れて婚約する運びとなった。両親は喜んでくれたし、彼らの安心した顔を見たら私もホッとした。今世の両親は娘の心配をしてくれるいい親だ。
「うふふー。これで念願の結婚ができるわー」
私は手紙を抱きしめて、広い自室の中をくるくると舞い踊った。こんなに嬉しいことったらない。
ひとしきりはしゃいだあと、ベッドに飛び込み天井を見上げる。
オスカーは、私の伴侶となる人はこの世界にはいないなんて言ってたけど、あいつの言うことを真に受けた私がバカだったわ。
そこでふと閃いた。
「そうだ! 婚約が正式に決まったら、あのエセ神父に報告に行ってやろう!」
黒髪のエセ神父――オスカーはどんな顔をするだろうか。絵に描いたような不気味な笑顔を崩さないのか、悔しそうにあの美しい顔を歪めるのか。それとも事務的に淡々と対応して、この神殿で結婚式をしてはどうかと切り出してくるだろうか。
彼のやりそうな行動を想像してみる。どれもそんなに違和感はない。
「そういえば、婚約の気配が漂い始めるといつも邪魔されていたんだっけ……」
今までの前世のことを思い出す。あの神父と同じ顔をした彼は、私が婚約しようとするといつも行動を起こしていた。つまり婚約が決まったとしても、ゆくゆくは撤回するハメになるかもしれないのである。
うーん。となると、黙っておくべき?
真剣に思案した結果、今までの前世において、明かそうが黙っていようが、どちらにせよオスカーによって婚約を妨害されている事実に気づいた。だとすれば、エイドリアンのほうに注意を促す目的でオスカーと顔合わせをさせておき、どんな横槍を入れられてもエイドリアンが心変わりをしないよう、彼との絆を深めておくのが安全ではなかろうか。
うん、これが最善。悪いけど、今回は邪魔させないわ。
オスカーがどんな手を使って邪魔をしてくるかはわからない。これまでだって、私はいつの間にか彼の術中にはまっていて、対策を立てる間もなく婚約相手との関係が終わってしまった。神業的な手腕である。
特に貴族の結婚は成立するまでに時間がかかるから、邪魔し放題よね。エイドリアンへのアプローチを欠かさず頑張ればどうにか持つかしら……
この国における貴族間の結婚には、しかるべき手順がある。まず、婚約ののちに家長の署名と当人たちの署名が入った結婚の申請書を作成し、国に提出する。それを王が承認したら書面上の結婚が成立、承認した通知が当人たちに届いて初めて公に結婚が認められる。ゆえに、申請から一ヶ月以上待つのはざらであり、長くて半年待ち。それなりに時間がかかることになる。結婚成立までに第三者が口出しするチャンスも多い。
「……それにしても、エイドリアンが結婚を急ぐ理由はなんなのかしら?」
婚活中の幼馴染を娶るために急いだのだという説明を、そのまま信じている私ではない。むしろ、何か裏があるのではと疑っている。
なぜなら、侯爵令嬢フローレンスはエイドリアンに夢中だったはずだからだ。彼の目が他の女に向くのを嫌がる素振りを見せる程度には嫉妬深い人だとも感じていた。
それなのに、彼女のほうから婚約破棄をする?
不自然だ。納得できない。彼女の態度を思い返すに、多少の疵には目をつぶってでも結婚してしまいそうな勢いに見えたんだが。
そもそも、フローレンス嬢がエイドリアンを見初めたのは、彼が兵役に就くために一時的に軍にいた時。王家主催のパーティーでちょっとした事件が起こり、警備に駆り出されていたエイドリアンが大活躍をしたのだとか。幼い頃から鍛えてきた成果が出たのだろう。確かその件では勲章も賜っている。
フローレンス嬢が年頃を迎え、兵役から解放されたエイドリアンと結婚したいと言い出したのは一年ほど前のことだ。サクサクと婚約を取りつけ、結婚まで秒読み段階だったはずなのだが。
エイドリアンの悪い噂は今のところ私の耳に入っていない。水面下で何かが起きたということだろうか。
そうでないならば、フローレンス嬢側に何か起きたということになるが、彼女側についても特に気になるような噂はない。
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考えれば考えるほど、薄気味悪い。
「やっぱり調べておくか……」
気になることを放置できないのが、私レネレットの性分である。事情を聞いてもお茶を濁すばかりのエイドリアンに業を煮やした私は、使用人に彼の近況を調査するよう手配した。
よほどのことがなければ、彼と結婚したいけどね……
私にとってエイドリアンは頼れる兄貴分だ。ずっと付き合っていけたらいいと思える相手。彼も言っていたが、お互いが貴族であることを考えると、なんでも言い合える関係が貴重だというのも本当なのだ。
悪い結果になりませんように。
私は密かに祈ったのだった。
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