42 / 96
アフターストーリー【不定期更新】
神無月と召集
しおりを挟む
十月は神無月と呼ばれる。神様がみんな集まってしまうから、集合場所以外の地域の神様はいなくなるのでそう呼ばれるのだと、私は小さな頃から聞いて育った。
「――ところで神様さん、もうまもなく十月じゃないですか」
「うん、それがどうしたのかい?」
九月の最終週の日曜日。アプリで十月の予定を確認していた私は、何度読み返したのかわからない小説に目を通していた彼に声をかけた。
顔をあげて私を見る神様さんは、いつもどおりに私好みのイケメンである。眩しい。
「神様さんは怪異の類のはずですけど、神様を称しているわけじゃないですか」
「まあ、そうだねえ」
「出雲大社に顔を出す必要はないんですか?」
去年を振り返ってみても、普通にこの家にいたのだから今年もそんな感じで家にいるのだろう。でも、ふと神無月であることを思い出したのだった。
彼は文庫本を閉じる。
「顔を出せば出したで相手はしてもらえるだろうけれど、別に僕らのような者は任意参加だねえ」
「そういうものなんですか?」
「僕は社(やしろ)を持っているわけじゃないし、特別に融通をきかせてもらう必要もない。となると、生存確認のために行くという感じだからね」
「はぁ」
「それに、ここにいる僕は分霊に近い状態だから、行くなら本体の方じゃないかな」
「ああ、なるほど」
そう。ここにいる彼は実家にいる本体から分離した一部分なのである。あまり長く本体から離れているのはよろしくないので、一度実家に帰ったほうがいいかなあなどと言うようになった自称神様な怪異。
私が頷くと、彼は手元にある文庫本の表紙を私に向けた。
「――なんて、その設定はこの本のお話さ。嘘ではないけれど、似たようなものだし。そもそも行く必要があれば呼び出しがかかる。彼らが支配する土地の情報を集めるために呼ぶのだから、社を持っている連中が多く呼ばれるんだよね。思念体みたいな存在には縁がないんじゃないかな」
意図的に嘘をつけない神様さんにしては珍しい物言いである。あまり突っ込んだ話はしないほうがいいのかもしれない。
「とりあえず、神様さんが十月だからという理由で急に消えたりしないことは理解できました」
「ふふ、いなくなったら寂しいかい?」
彼の瞳が私の瞳の奥を探る。私は笑ってごまかした。
「突然消えたりしたら、それなりに」
「どこかに行く必要があれば、書き置きくらいは残しておくさ。だから、安心して」
「まあ、私は、神様さんが消える消えないの問題よりも、行く用事ができたから同伴してほしいって言われるほうが困りますかね」
「ああ、そっちかあ」
彼は明るく笑った。
「同伴させることは余程のことがなければあり得ないよ。だって、弓弦ちゃんを供物にするってことだよ? 今の僕が許すわけがない」
「供物……」
唐突にホラーっぽい展開きたな。
顔が引き攣りそうになる。冷や汗が背中側に流れた。
「弓弦ちゃんの力を使っていいのは僕だけさ。他の誰にも譲るつもりも分けるつもりもないよ」
「今のところは私も神様さん以外に分け与えるつもりはないです。神様さん、現状は無害なんで」
完全に害がないわけではないのだが、私にとってこの共生関係はメリットが多いのである。なので現状は解消するつもりはない。
「ふふ。信用してもらえて嬉しいよ」
彼の手が不意に伸びて、私の頬に触れる。立ち上がったかと思ったときには口付けされていた。
「……僕には弓弦ちゃんが必要だから」
「わ、私だって、神様さんを必要としていますよ」
視線をそらす。部屋が片付いているのが目に入った。
「あなたがいなかったら、今頃ここは汚部屋状態ですからね……どう考えても、プロジェクトが走っている最中ではこの部屋はキープできないですよ……」
「あはは。僕は何もしていないんだけどな」
「人の目があるだけで違うんですよ」
「梓くんは定期的に顔を出していたんじゃなかったのかい?」
「身内は別ですよ。ケイスケだって、あの当時は身内同然だったから」
兄と元恋人の話を持ち出す。彼らとの付き合いと、神様さんとの付き合いはどこか違う気がした。それは、神様さんが怪異だからという理由ではない。
「存在するだけで役立っているなら、ここにいる価値があるねえ」
「わりと重要なことを言ったと思うんですけどね」
茶化すような言い方は少し不満だが、そういう言い回しのほうがいろいろと都合がいい気がした。私たちの関係はこのくらいの距離がちょうどいい。
時計が目に入る。
「おっと、イベントの開始時刻だ」
「げぇむかあ」
「すぐに終わりますよ。今日からハロウィンイベントなんです」
「はろうぃん、ねえ」
「終わったら、夕食にしましょう」
「うんうん。わかった」
彼がひらひらと手を振るのをよそに、私はゲームアプリを立ち上げるのだった。
《終わり》
「――ところで神様さん、もうまもなく十月じゃないですか」
「うん、それがどうしたのかい?」
九月の最終週の日曜日。アプリで十月の予定を確認していた私は、何度読み返したのかわからない小説に目を通していた彼に声をかけた。
顔をあげて私を見る神様さんは、いつもどおりに私好みのイケメンである。眩しい。
「神様さんは怪異の類のはずですけど、神様を称しているわけじゃないですか」
「まあ、そうだねえ」
「出雲大社に顔を出す必要はないんですか?」
去年を振り返ってみても、普通にこの家にいたのだから今年もそんな感じで家にいるのだろう。でも、ふと神無月であることを思い出したのだった。
彼は文庫本を閉じる。
「顔を出せば出したで相手はしてもらえるだろうけれど、別に僕らのような者は任意参加だねえ」
「そういうものなんですか?」
「僕は社(やしろ)を持っているわけじゃないし、特別に融通をきかせてもらう必要もない。となると、生存確認のために行くという感じだからね」
「はぁ」
「それに、ここにいる僕は分霊に近い状態だから、行くなら本体の方じゃないかな」
「ああ、なるほど」
そう。ここにいる彼は実家にいる本体から分離した一部分なのである。あまり長く本体から離れているのはよろしくないので、一度実家に帰ったほうがいいかなあなどと言うようになった自称神様な怪異。
私が頷くと、彼は手元にある文庫本の表紙を私に向けた。
「――なんて、その設定はこの本のお話さ。嘘ではないけれど、似たようなものだし。そもそも行く必要があれば呼び出しがかかる。彼らが支配する土地の情報を集めるために呼ぶのだから、社を持っている連中が多く呼ばれるんだよね。思念体みたいな存在には縁がないんじゃないかな」
意図的に嘘をつけない神様さんにしては珍しい物言いである。あまり突っ込んだ話はしないほうがいいのかもしれない。
「とりあえず、神様さんが十月だからという理由で急に消えたりしないことは理解できました」
「ふふ、いなくなったら寂しいかい?」
彼の瞳が私の瞳の奥を探る。私は笑ってごまかした。
「突然消えたりしたら、それなりに」
「どこかに行く必要があれば、書き置きくらいは残しておくさ。だから、安心して」
「まあ、私は、神様さんが消える消えないの問題よりも、行く用事ができたから同伴してほしいって言われるほうが困りますかね」
「ああ、そっちかあ」
彼は明るく笑った。
「同伴させることは余程のことがなければあり得ないよ。だって、弓弦ちゃんを供物にするってことだよ? 今の僕が許すわけがない」
「供物……」
唐突にホラーっぽい展開きたな。
顔が引き攣りそうになる。冷や汗が背中側に流れた。
「弓弦ちゃんの力を使っていいのは僕だけさ。他の誰にも譲るつもりも分けるつもりもないよ」
「今のところは私も神様さん以外に分け与えるつもりはないです。神様さん、現状は無害なんで」
完全に害がないわけではないのだが、私にとってこの共生関係はメリットが多いのである。なので現状は解消するつもりはない。
「ふふ。信用してもらえて嬉しいよ」
彼の手が不意に伸びて、私の頬に触れる。立ち上がったかと思ったときには口付けされていた。
「……僕には弓弦ちゃんが必要だから」
「わ、私だって、神様さんを必要としていますよ」
視線をそらす。部屋が片付いているのが目に入った。
「あなたがいなかったら、今頃ここは汚部屋状態ですからね……どう考えても、プロジェクトが走っている最中ではこの部屋はキープできないですよ……」
「あはは。僕は何もしていないんだけどな」
「人の目があるだけで違うんですよ」
「梓くんは定期的に顔を出していたんじゃなかったのかい?」
「身内は別ですよ。ケイスケだって、あの当時は身内同然だったから」
兄と元恋人の話を持ち出す。彼らとの付き合いと、神様さんとの付き合いはどこか違う気がした。それは、神様さんが怪異だからという理由ではない。
「存在するだけで役立っているなら、ここにいる価値があるねえ」
「わりと重要なことを言ったと思うんですけどね」
茶化すような言い方は少し不満だが、そういう言い回しのほうがいろいろと都合がいい気がした。私たちの関係はこのくらいの距離がちょうどいい。
時計が目に入る。
「おっと、イベントの開始時刻だ」
「げぇむかあ」
「すぐに終わりますよ。今日からハロウィンイベントなんです」
「はろうぃん、ねえ」
「終わったら、夕食にしましょう」
「うんうん。わかった」
彼がひらひらと手を振るのをよそに、私はゲームアプリを立ち上げるのだった。
《終わり》
2
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい
凍星
キャラ文芸
幽霊が視えてしまうパティシエ、葉室尊。できるだけ周りに迷惑をかけずに静かに生きていきたい……そんな風に思っていたのに⁉ バーテンダーの霊能者、久我蒼真に出逢ったことで、どういう訳か、霊能力のある人達に色々絡まれる日常に突入⁉「オレは視えてるだけだって言ってるのに、なんでこうなるの??」霊感のある主人公と、彼の秘密を暴きたい男の駆け引きと絆を描きます。BL要素あり。
皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~
saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。
前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。
国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。
自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。
幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。
自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。
前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。
※小説家になろう様でも公開しています
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる