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アフターストーリー【不定期更新】
神無月と召集
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十月は神無月と呼ばれる。神様がみんな集まってしまうから、集合場所以外の地域の神様はいなくなるのでそう呼ばれるのだと、私は小さな頃から聞いて育った。
「――ところで神様さん、もうまもなく十月じゃないですか」
「うん、それがどうしたのかい?」
九月の最終週の日曜日。アプリで十月の予定を確認していた私は、何度読み返したのかわからない小説に目を通していた彼に声をかけた。
顔をあげて私を見る神様さんは、いつもどおりに私好みのイケメンである。眩しい。
「神様さんは怪異の類のはずですけど、神様を称しているわけじゃないですか」
「まあ、そうだねえ」
「出雲大社に顔を出す必要はないんですか?」
去年を振り返ってみても、普通にこの家にいたのだから今年もそんな感じで家にいるのだろう。でも、ふと神無月であることを思い出したのだった。
彼は文庫本を閉じる。
「顔を出せば出したで相手はしてもらえるだろうけれど、別に僕らのような者は任意参加だねえ」
「そういうものなんですか?」
「僕は社(やしろ)を持っているわけじゃないし、特別に融通をきかせてもらう必要もない。となると、生存確認のために行くという感じだからね」
「はぁ」
「それに、ここにいる僕は分霊に近い状態だから、行くなら本体の方じゃないかな」
「ああ、なるほど」
そう。ここにいる彼は実家にいる本体から分離した一部分なのである。あまり長く本体から離れているのはよろしくないので、一度実家に帰ったほうがいいかなあなどと言うようになった自称神様な怪異。
私が頷くと、彼は手元にある文庫本の表紙を私に向けた。
「――なんて、その設定はこの本のお話さ。嘘ではないけれど、似たようなものだし。そもそも行く必要があれば呼び出しがかかる。彼らが支配する土地の情報を集めるために呼ぶのだから、社を持っている連中が多く呼ばれるんだよね。思念体みたいな存在には縁がないんじゃないかな」
意図的に嘘をつけない神様さんにしては珍しい物言いである。あまり突っ込んだ話はしないほうがいいのかもしれない。
「とりあえず、神様さんが十月だからという理由で急に消えたりしないことは理解できました」
「ふふ、いなくなったら寂しいかい?」
彼の瞳が私の瞳の奥を探る。私は笑ってごまかした。
「突然消えたりしたら、それなりに」
「どこかに行く必要があれば、書き置きくらいは残しておくさ。だから、安心して」
「まあ、私は、神様さんが消える消えないの問題よりも、行く用事ができたから同伴してほしいって言われるほうが困りますかね」
「ああ、そっちかあ」
彼は明るく笑った。
「同伴させることは余程のことがなければあり得ないよ。だって、弓弦ちゃんを供物にするってことだよ? 今の僕が許すわけがない」
「供物……」
唐突にホラーっぽい展開きたな。
顔が引き攣りそうになる。冷や汗が背中側に流れた。
「弓弦ちゃんの力を使っていいのは僕だけさ。他の誰にも譲るつもりも分けるつもりもないよ」
「今のところは私も神様さん以外に分け与えるつもりはないです。神様さん、現状は無害なんで」
完全に害がないわけではないのだが、私にとってこの共生関係はメリットが多いのである。なので現状は解消するつもりはない。
「ふふ。信用してもらえて嬉しいよ」
彼の手が不意に伸びて、私の頬に触れる。立ち上がったかと思ったときには口付けされていた。
「……僕には弓弦ちゃんが必要だから」
「わ、私だって、神様さんを必要としていますよ」
視線をそらす。部屋が片付いているのが目に入った。
「あなたがいなかったら、今頃ここは汚部屋状態ですからね……どう考えても、プロジェクトが走っている最中ではこの部屋はキープできないですよ……」
「あはは。僕は何もしていないんだけどな」
「人の目があるだけで違うんですよ」
「梓くんは定期的に顔を出していたんじゃなかったのかい?」
「身内は別ですよ。ケイスケだって、あの当時は身内同然だったから」
兄と元恋人の話を持ち出す。彼らとの付き合いと、神様さんとの付き合いはどこか違う気がした。それは、神様さんが怪異だからという理由ではない。
「存在するだけで役立っているなら、ここにいる価値があるねえ」
「わりと重要なことを言ったと思うんですけどね」
茶化すような言い方は少し不満だが、そういう言い回しのほうがいろいろと都合がいい気がした。私たちの関係はこのくらいの距離がちょうどいい。
時計が目に入る。
「おっと、イベントの開始時刻だ」
「げぇむかあ」
「すぐに終わりますよ。今日からハロウィンイベントなんです」
「はろうぃん、ねえ」
「終わったら、夕食にしましょう」
「うんうん。わかった」
彼がひらひらと手を振るのをよそに、私はゲームアプリを立ち上げるのだった。
《終わり》
「――ところで神様さん、もうまもなく十月じゃないですか」
「うん、それがどうしたのかい?」
九月の最終週の日曜日。アプリで十月の予定を確認していた私は、何度読み返したのかわからない小説に目を通していた彼に声をかけた。
顔をあげて私を見る神様さんは、いつもどおりに私好みのイケメンである。眩しい。
「神様さんは怪異の類のはずですけど、神様を称しているわけじゃないですか」
「まあ、そうだねえ」
「出雲大社に顔を出す必要はないんですか?」
去年を振り返ってみても、普通にこの家にいたのだから今年もそんな感じで家にいるのだろう。でも、ふと神無月であることを思い出したのだった。
彼は文庫本を閉じる。
「顔を出せば出したで相手はしてもらえるだろうけれど、別に僕らのような者は任意参加だねえ」
「そういうものなんですか?」
「僕は社(やしろ)を持っているわけじゃないし、特別に融通をきかせてもらう必要もない。となると、生存確認のために行くという感じだからね」
「はぁ」
「それに、ここにいる僕は分霊に近い状態だから、行くなら本体の方じゃないかな」
「ああ、なるほど」
そう。ここにいる彼は実家にいる本体から分離した一部分なのである。あまり長く本体から離れているのはよろしくないので、一度実家に帰ったほうがいいかなあなどと言うようになった自称神様な怪異。
私が頷くと、彼は手元にある文庫本の表紙を私に向けた。
「――なんて、その設定はこの本のお話さ。嘘ではないけれど、似たようなものだし。そもそも行く必要があれば呼び出しがかかる。彼らが支配する土地の情報を集めるために呼ぶのだから、社を持っている連中が多く呼ばれるんだよね。思念体みたいな存在には縁がないんじゃないかな」
意図的に嘘をつけない神様さんにしては珍しい物言いである。あまり突っ込んだ話はしないほうがいいのかもしれない。
「とりあえず、神様さんが十月だからという理由で急に消えたりしないことは理解できました」
「ふふ、いなくなったら寂しいかい?」
彼の瞳が私の瞳の奥を探る。私は笑ってごまかした。
「突然消えたりしたら、それなりに」
「どこかに行く必要があれば、書き置きくらいは残しておくさ。だから、安心して」
「まあ、私は、神様さんが消える消えないの問題よりも、行く用事ができたから同伴してほしいって言われるほうが困りますかね」
「ああ、そっちかあ」
彼は明るく笑った。
「同伴させることは余程のことがなければあり得ないよ。だって、弓弦ちゃんを供物にするってことだよ? 今の僕が許すわけがない」
「供物……」
唐突にホラーっぽい展開きたな。
顔が引き攣りそうになる。冷や汗が背中側に流れた。
「弓弦ちゃんの力を使っていいのは僕だけさ。他の誰にも譲るつもりも分けるつもりもないよ」
「今のところは私も神様さん以外に分け与えるつもりはないです。神様さん、現状は無害なんで」
完全に害がないわけではないのだが、私にとってこの共生関係はメリットが多いのである。なので現状は解消するつもりはない。
「ふふ。信用してもらえて嬉しいよ」
彼の手が不意に伸びて、私の頬に触れる。立ち上がったかと思ったときには口付けされていた。
「……僕には弓弦ちゃんが必要だから」
「わ、私だって、神様さんを必要としていますよ」
視線をそらす。部屋が片付いているのが目に入った。
「あなたがいなかったら、今頃ここは汚部屋状態ですからね……どう考えても、プロジェクトが走っている最中ではこの部屋はキープできないですよ……」
「あはは。僕は何もしていないんだけどな」
「人の目があるだけで違うんですよ」
「梓くんは定期的に顔を出していたんじゃなかったのかい?」
「身内は別ですよ。ケイスケだって、あの当時は身内同然だったから」
兄と元恋人の話を持ち出す。彼らとの付き合いと、神様さんとの付き合いはどこか違う気がした。それは、神様さんが怪異だからという理由ではない。
「存在するだけで役立っているなら、ここにいる価値があるねえ」
「わりと重要なことを言ったと思うんですけどね」
茶化すような言い方は少し不満だが、そういう言い回しのほうがいろいろと都合がいい気がした。私たちの関係はこのくらいの距離がちょうどいい。
時計が目に入る。
「おっと、イベントの開始時刻だ」
「げぇむかあ」
「すぐに終わりますよ。今日からハロウィンイベントなんです」
「はろうぃん、ねえ」
「終わったら、夕食にしましょう」
「うんうん。わかった」
彼がひらひらと手を振るのをよそに、私はゲームアプリを立ち上げるのだった。
《終わり》
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