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アフターストーリー【不定期更新】
ずぶ濡れの後は浴衣を着ずに
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ここのところ仕事は順調だ。週一であるクライアントとの打ち合わせも慣れたものだし、来週からは私が後輩を引き連れて進捗を報告することになったので、出世したとも言えよう。
問題があるとすれば、残業せずに職場を出ると決まって大雨に降られるということくらいだろうか。大気はずっと不安定で、稲光も見慣れたもんだ。カバンにタオルと雨避けカバーを入れるのも日課となった。
「おかえり」
ずぶ濡れになって玄関を開ければ、すぐに彼がバスタオルを持ってやってきた。
「ただいま」
受け取ったタオルで濡れた髪をざっくりと拭いて、滴る水がないように確認する。傘が役に立たない豪雨はつらい。
「雨宿りして帰ればいいのに。三十分もすればやむと思うよ」
「同じ思考で待ってる人が多いから、どこにも入れないんですよ」
「ああ、なるほど」
押し出されるほどぎゅうぎゅうではないにせよ、私はあまり人だかりのある場所にはとどまりたくない。ずぶ濡れで帰宅しても彼がこうして待っていてくれるのだから、私は彼に甘えることを選択する。
「早足で歩けば五分もかからないので、さっさと帰るのが吉です。雨に濡れるか汗まみれになるかの二択なんですよ?」
「どちらにせよ、帰宅後入浴が必要だね」
「そういうこと」
私服が許可されている上にクールビズも推奨とあって、スーツを着なくて済むからなせる技である。だが、こうも頻度が高いとずぶ濡れ生活は改めたほうがいいかもしれない。髪が痛んできた気がする。
「着替えは用意しておくから、お風呂にどうぞ」
「そうするー」
彼も慣れたものだ。お言葉に甘えて、私は浴室に向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シャワーを浴びて出ると、着替えは置いてあった。だが、いつもの部屋着でもなければパジャマでもない。
「あの」
バスタオルを巻いた状態で、私は扉から顔を出す。
「うん?」
「浴衣、どこから出したんですか?」
「押入れだよ」
彼の言う押入れとは、クローゼットのことだろう。
「記憶にないんですが」
「そうなのかい? でも、君のものだと思うけど」
そう返されて、私は記憶を辿る。
ん、もしや。
私は思い当たる事件を思い出して、浴衣を確認した。なるほど、これは仕事のイベントで必要になるからと購入させられたものの日の目を見ることがなかった派手な浴衣だ。
「確かに私のものですね……」
「着てみてよ」
すごくご機嫌なテンションで勧められる。
これは、アレだな……
先日、浴衣を着た私を乱したいなどと発言していたのを思い出す。その日はその日でねっとりとしたイチャイチャを楽しんだはずなのだが、彼は諦めていなかったようだ。
「ジャージかパジャマは……」
「着てくれたら、出してあげる」
「…………」
彼は結構頑固なところがある。ニコニコして押し切ろうとしてくるので、ここは折れたほうが得策だろう。抵抗しても、着せられるのがオチだ。
って、ムラっとしたな、私……
悟られないように私はドアを閉めて戻る。
だのに、すぐにドアが開けられた。
「はいっ?」
「呼ばれた気がして」
「呼んでないし、浴衣、着るから出てって」
脱衣所は狭い。そもそもこの家は独り暮らしの狭い部屋なのだ。大人が二人並ぶと着替えにくい。
私が慌てて追い出そうとすると、逆に壁に追い詰められた。身体に触れられてはいないが、両手を壁に置き、片足を私の股の間に差し込んで行動不能にしてくる。タオルで前を隠してはいるものの、私はほぼすっぽんぽんだ。
「ちょ、神様さんっ」
「浴衣を着せてあげるのもいいかなって思ったけど、君がその気ならまずは応えてあげないと」
見下ろす目は情欲に濡れている。視線を逸らすべきなのに、見つめられると逃げられない。
誘ってるのは私のほうだな。
彼の舌が自身の唇を舐める。その仕草が私をぞくりとさせる。
「ふふ。赤くなってきた」
「それはシャワーの後だから」
「入浴後だからって、ここは硬くならないでしょ?」
バスタオルが剥ぎ取られて視認されてしまった。指摘のとおりすぎて恥ずかしい。
「僕もお風呂入ろうかな」
彼の唇が私の耳に触れる。
「……許可しておくれよ」
耳元で囁くのは反則じゃなかろうか。
私は目を閉じて彼の背中に手を回した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふふ、気持ちよかったねえ」
私は素直に頷いた。言葉が出ない。
「お風呂、入ろうか?」
おもむろに彼はシャツを脱ぎ出した。私は素っ裸だったが、彼は下だけ脱いで事に及んだらしかった。
「さ、先、どうぞ?」
「遠慮しなくていいんだよ」
そう言うなり、私の身体を横抱きにした。
「弓弦ちゃんは動けないんだから、僕に任せておいてよ」
それ、任せちゃいけないやつでは。
だが拒否権はないらしい。器用に浴室のドアを開けるなり、私はあっさり連れ込まれてしまった。
浴室でも散々甘く鳴かされることになったのは言うまでもないし、浴衣を着そこねたことで次回が待っていると思うとちょっぴり憂鬱で、身体が疼いてしまうのだった。
《終わり》
問題があるとすれば、残業せずに職場を出ると決まって大雨に降られるということくらいだろうか。大気はずっと不安定で、稲光も見慣れたもんだ。カバンにタオルと雨避けカバーを入れるのも日課となった。
「おかえり」
ずぶ濡れになって玄関を開ければ、すぐに彼がバスタオルを持ってやってきた。
「ただいま」
受け取ったタオルで濡れた髪をざっくりと拭いて、滴る水がないように確認する。傘が役に立たない豪雨はつらい。
「雨宿りして帰ればいいのに。三十分もすればやむと思うよ」
「同じ思考で待ってる人が多いから、どこにも入れないんですよ」
「ああ、なるほど」
押し出されるほどぎゅうぎゅうではないにせよ、私はあまり人だかりのある場所にはとどまりたくない。ずぶ濡れで帰宅しても彼がこうして待っていてくれるのだから、私は彼に甘えることを選択する。
「早足で歩けば五分もかからないので、さっさと帰るのが吉です。雨に濡れるか汗まみれになるかの二択なんですよ?」
「どちらにせよ、帰宅後入浴が必要だね」
「そういうこと」
私服が許可されている上にクールビズも推奨とあって、スーツを着なくて済むからなせる技である。だが、こうも頻度が高いとずぶ濡れ生活は改めたほうがいいかもしれない。髪が痛んできた気がする。
「着替えは用意しておくから、お風呂にどうぞ」
「そうするー」
彼も慣れたものだ。お言葉に甘えて、私は浴室に向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シャワーを浴びて出ると、着替えは置いてあった。だが、いつもの部屋着でもなければパジャマでもない。
「あの」
バスタオルを巻いた状態で、私は扉から顔を出す。
「うん?」
「浴衣、どこから出したんですか?」
「押入れだよ」
彼の言う押入れとは、クローゼットのことだろう。
「記憶にないんですが」
「そうなのかい? でも、君のものだと思うけど」
そう返されて、私は記憶を辿る。
ん、もしや。
私は思い当たる事件を思い出して、浴衣を確認した。なるほど、これは仕事のイベントで必要になるからと購入させられたものの日の目を見ることがなかった派手な浴衣だ。
「確かに私のものですね……」
「着てみてよ」
すごくご機嫌なテンションで勧められる。
これは、アレだな……
先日、浴衣を着た私を乱したいなどと発言していたのを思い出す。その日はその日でねっとりとしたイチャイチャを楽しんだはずなのだが、彼は諦めていなかったようだ。
「ジャージかパジャマは……」
「着てくれたら、出してあげる」
「…………」
彼は結構頑固なところがある。ニコニコして押し切ろうとしてくるので、ここは折れたほうが得策だろう。抵抗しても、着せられるのがオチだ。
って、ムラっとしたな、私……
悟られないように私はドアを閉めて戻る。
だのに、すぐにドアが開けられた。
「はいっ?」
「呼ばれた気がして」
「呼んでないし、浴衣、着るから出てって」
脱衣所は狭い。そもそもこの家は独り暮らしの狭い部屋なのだ。大人が二人並ぶと着替えにくい。
私が慌てて追い出そうとすると、逆に壁に追い詰められた。身体に触れられてはいないが、両手を壁に置き、片足を私の股の間に差し込んで行動不能にしてくる。タオルで前を隠してはいるものの、私はほぼすっぽんぽんだ。
「ちょ、神様さんっ」
「浴衣を着せてあげるのもいいかなって思ったけど、君がその気ならまずは応えてあげないと」
見下ろす目は情欲に濡れている。視線を逸らすべきなのに、見つめられると逃げられない。
誘ってるのは私のほうだな。
彼の舌が自身の唇を舐める。その仕草が私をぞくりとさせる。
「ふふ。赤くなってきた」
「それはシャワーの後だから」
「入浴後だからって、ここは硬くならないでしょ?」
バスタオルが剥ぎ取られて視認されてしまった。指摘のとおりすぎて恥ずかしい。
「僕もお風呂入ろうかな」
彼の唇が私の耳に触れる。
「……許可しておくれよ」
耳元で囁くのは反則じゃなかろうか。
私は目を閉じて彼の背中に手を回した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふふ、気持ちよかったねえ」
私は素直に頷いた。言葉が出ない。
「お風呂、入ろうか?」
おもむろに彼はシャツを脱ぎ出した。私は素っ裸だったが、彼は下だけ脱いで事に及んだらしかった。
「さ、先、どうぞ?」
「遠慮しなくていいんだよ」
そう言うなり、私の身体を横抱きにした。
「弓弦ちゃんは動けないんだから、僕に任せておいてよ」
それ、任せちゃいけないやつでは。
だが拒否権はないらしい。器用に浴室のドアを開けるなり、私はあっさり連れ込まれてしまった。
浴室でも散々甘く鳴かされることになったのは言うまでもないし、浴衣を着そこねたことで次回が待っていると思うとちょっぴり憂鬱で、身体が疼いてしまうのだった。
《終わり》
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