32 / 96
アフターストーリー【不定期更新】
梅雨明けとともに
しおりを挟む
この地域では概ね蝉が鳴き始めたら梅雨明けである。
数日前に蝉の声を聞いたのでそろそろかと思えば、数日間の雨が続いていよいよ梅雨明けの発表となったのだった。まあ、後日に梅雨明けの時期が検討されて修正されることもあるので、参考値である。
「……暑い」
いきなり猛暑日が続かなくてもいいじゃないか。家が溶けそうだ。
「外に出るにもこの暑さじゃ大変だよねえ」
扇風機を直に当てて全力で涼む私に、彼は自身を団扇で扇ぎながら苦笑した。
「なんかいい感じに涼しくなる方法、ないの?」
「神通力で涼むにしても限度はあるよねえ」
彼、こと、神様さんは困ったような顔をした。限度があるのか。
「そっかあ。……映画館は涼しいだろうけど、今観たいのもないんだよね……涼むだけに観るのも気が引けるし」
仕事が少し落ち着いているから、エンタメにも目が向くようになった。そりゃあ推しているゲーム関連の情報はしっかり押さえているし、推しアイドルの動向も追ってはいるけれど、それだけでは窮屈になる。多忙なときは推しが支えになってくれるから絞っていてもいいんだけど。
「ぐっずを見に行くのは?」
「神様さんを連れていくと視線が、ね」
神様さんはとにかく目をひく。二次元から飛び出してきたようなプロポーションで、かつ、私の推しにどことなく似ているわけで、推しグッズを漁っている場合ではないのだ。別行動をするには連絡手段が彼にはない。
まあ、念じれば届くっぽいけど。
私が辟易しながら返すと、彼はふむと唸った。
「屋内でいい場所があればと思うんだけど」
家の中で蒸されているよりはマシだろう。感染症対策的には人混みは避けたいが、熱中症も避けたい。
「水族館や美術館はどうかな?」
「どっちもあまり好みじゃなくて」
「知ってる」
彼は朗らかに笑った。
「なに、試してるの?」
「変わってなくて安心した。工場見学や科学技術館、博物館は好きなんでしょ?」
「ん? そういう話、したことありましたっけ?」
同居するようになって一年半ほど経つわけだが、デートと称して外を彷徨くようなことはない引きこもり体質な私である。そもそも仕事の都合もあって急なスケジュール変更が多いため、推し活と称してライブや観劇等で遠征することもなかった。
だから、私がどういう場所を好むのかなんて話はした記憶がない。
私が首を傾げると。彼は私に顔を近づけてにこりと笑った。
「ふふ、昔の話だよ」
昔の話?
私は実家で暮らしていた時に彼に会っているらしい。ふんわりとしか記憶がなくて、確証はないのだけども。
「昔の話……ねえ」
「希望があるなら、時間があるときに候補を出しておくよ」
「む……」
ありがたい申し出だが、頭がぼんやりして働かない。
お腹がぐぅと鳴った。
「ありゃ、元気な腹の音だ」
「元気に生きてるとお腹が減るんですよ」
神様さんは食事が必須ではないらしいが、私はそうはいかない。
「うんうん。暑さに負けていないことがわかったよ」
そう返して、彼はテーブルに団扇を置いた。
「まずは食事にしようか」
「コンロを使わないメニューがいいな……暑いし」
「梓くんからいい献立を聞いてあるから、任せておくれよ」
アニキが神様さんにアドバイスをしたようだ。おかげさまで神様さんは私よりもずっと料理ができる。初めこそは悔しい気持ちもあったけれど、適材適所だと考えたらどうでもよくなった。私の料理の腕は壊滅的だ。
「わーい」
「文明の利器には頼るべきだねえ。人間はすごいよ」
冷蔵庫から必要なものを取り出して彼は調理をはじめる。この光景もすっかり見慣れたものだ。
そして、ふと思った。
「神様さんもスマホ、買いましょうか?」
「うん?」
「文明の利器、ですよ。スマートフォン」
現状困っていないのは彼が神様パワーを行使しているからなのだろうけれど、連絡手段は複数持っていた方が便利なはずだ。
「必要かな?」
手は止めずに神様さんは告げる。ネギを刻む音は途切れず続く。
「調べごとをしたり、予約取ったりできるんで便利じゃないですかね」
「でも、お金もかかるよね?」
「最低限の機能があればいいんで、容量が少ないのを選べば大したことはないかと」
握っていたスマホでいくつか検索してみる。必要な機能から考えると、世代が古いものでも充分だろう。
「ふぅん」
「このあと、調べてみましょう」
興味がなさそうだが、きっと便利なはずだ。私からアニキに神様さんのバイトのシフトの確認をする必要もなくなるし。
「君がそういうなら、前向きに検討しようかな」
はい、と出されたお皿に素麺が入っていた。麺つゆがすでにかけられているのが我が家流。
「素麺!」
「水でほぐすやつ、いろいろな会社から出ているんだね。お湯を沸かさずに済むのはとても良い」
「いただきます!」
箸を出して食べ始める。冷たくて美味しい。幸せである。
「ふふ。僕としては、君が元気で健やかに生きているならそれで充分なんだけどな」
なんと返すのがいいのかわからない。
私がじっと彼を見ていたら、麦茶を出してくれた。気が利いているなと評価するけどそうじゃない。
私は麦茶を飲んだ。
「……この暑さ、乗り切れますかね?」
「それはこの土地の神様次第じゃないかな」
「ええ……どうにか交渉できないもんですかね」
「他所者の僕じゃあね」
「なんとか自力で乗り切らないと、ですか……」
少しでも涼しくなりますように、そう願いながら私は素麺を食べるのだった。
《終わり》
数日前に蝉の声を聞いたのでそろそろかと思えば、数日間の雨が続いていよいよ梅雨明けの発表となったのだった。まあ、後日に梅雨明けの時期が検討されて修正されることもあるので、参考値である。
「……暑い」
いきなり猛暑日が続かなくてもいいじゃないか。家が溶けそうだ。
「外に出るにもこの暑さじゃ大変だよねえ」
扇風機を直に当てて全力で涼む私に、彼は自身を団扇で扇ぎながら苦笑した。
「なんかいい感じに涼しくなる方法、ないの?」
「神通力で涼むにしても限度はあるよねえ」
彼、こと、神様さんは困ったような顔をした。限度があるのか。
「そっかあ。……映画館は涼しいだろうけど、今観たいのもないんだよね……涼むだけに観るのも気が引けるし」
仕事が少し落ち着いているから、エンタメにも目が向くようになった。そりゃあ推しているゲーム関連の情報はしっかり押さえているし、推しアイドルの動向も追ってはいるけれど、それだけでは窮屈になる。多忙なときは推しが支えになってくれるから絞っていてもいいんだけど。
「ぐっずを見に行くのは?」
「神様さんを連れていくと視線が、ね」
神様さんはとにかく目をひく。二次元から飛び出してきたようなプロポーションで、かつ、私の推しにどことなく似ているわけで、推しグッズを漁っている場合ではないのだ。別行動をするには連絡手段が彼にはない。
まあ、念じれば届くっぽいけど。
私が辟易しながら返すと、彼はふむと唸った。
「屋内でいい場所があればと思うんだけど」
家の中で蒸されているよりはマシだろう。感染症対策的には人混みは避けたいが、熱中症も避けたい。
「水族館や美術館はどうかな?」
「どっちもあまり好みじゃなくて」
「知ってる」
彼は朗らかに笑った。
「なに、試してるの?」
「変わってなくて安心した。工場見学や科学技術館、博物館は好きなんでしょ?」
「ん? そういう話、したことありましたっけ?」
同居するようになって一年半ほど経つわけだが、デートと称して外を彷徨くようなことはない引きこもり体質な私である。そもそも仕事の都合もあって急なスケジュール変更が多いため、推し活と称してライブや観劇等で遠征することもなかった。
だから、私がどういう場所を好むのかなんて話はした記憶がない。
私が首を傾げると。彼は私に顔を近づけてにこりと笑った。
「ふふ、昔の話だよ」
昔の話?
私は実家で暮らしていた時に彼に会っているらしい。ふんわりとしか記憶がなくて、確証はないのだけども。
「昔の話……ねえ」
「希望があるなら、時間があるときに候補を出しておくよ」
「む……」
ありがたい申し出だが、頭がぼんやりして働かない。
お腹がぐぅと鳴った。
「ありゃ、元気な腹の音だ」
「元気に生きてるとお腹が減るんですよ」
神様さんは食事が必須ではないらしいが、私はそうはいかない。
「うんうん。暑さに負けていないことがわかったよ」
そう返して、彼はテーブルに団扇を置いた。
「まずは食事にしようか」
「コンロを使わないメニューがいいな……暑いし」
「梓くんからいい献立を聞いてあるから、任せておくれよ」
アニキが神様さんにアドバイスをしたようだ。おかげさまで神様さんは私よりもずっと料理ができる。初めこそは悔しい気持ちもあったけれど、適材適所だと考えたらどうでもよくなった。私の料理の腕は壊滅的だ。
「わーい」
「文明の利器には頼るべきだねえ。人間はすごいよ」
冷蔵庫から必要なものを取り出して彼は調理をはじめる。この光景もすっかり見慣れたものだ。
そして、ふと思った。
「神様さんもスマホ、買いましょうか?」
「うん?」
「文明の利器、ですよ。スマートフォン」
現状困っていないのは彼が神様パワーを行使しているからなのだろうけれど、連絡手段は複数持っていた方が便利なはずだ。
「必要かな?」
手は止めずに神様さんは告げる。ネギを刻む音は途切れず続く。
「調べごとをしたり、予約取ったりできるんで便利じゃないですかね」
「でも、お金もかかるよね?」
「最低限の機能があればいいんで、容量が少ないのを選べば大したことはないかと」
握っていたスマホでいくつか検索してみる。必要な機能から考えると、世代が古いものでも充分だろう。
「ふぅん」
「このあと、調べてみましょう」
興味がなさそうだが、きっと便利なはずだ。私からアニキに神様さんのバイトのシフトの確認をする必要もなくなるし。
「君がそういうなら、前向きに検討しようかな」
はい、と出されたお皿に素麺が入っていた。麺つゆがすでにかけられているのが我が家流。
「素麺!」
「水でほぐすやつ、いろいろな会社から出ているんだね。お湯を沸かさずに済むのはとても良い」
「いただきます!」
箸を出して食べ始める。冷たくて美味しい。幸せである。
「ふふ。僕としては、君が元気で健やかに生きているならそれで充分なんだけどな」
なんと返すのがいいのかわからない。
私がじっと彼を見ていたら、麦茶を出してくれた。気が利いているなと評価するけどそうじゃない。
私は麦茶を飲んだ。
「……この暑さ、乗り切れますかね?」
「それはこの土地の神様次第じゃないかな」
「ええ……どうにか交渉できないもんですかね」
「他所者の僕じゃあね」
「なんとか自力で乗り切らないと、ですか……」
少しでも涼しくなりますように、そう願いながら私は素麺を食べるのだった。
《終わり》
2
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる