欲望の神さま拾いました【本編完結】

一花カナウ

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アフターストーリー【不定期更新】

梅雨明けとともに

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 この地域では概ね蝉が鳴き始めたら梅雨明けである。
 数日前に蝉の声を聞いたのでそろそろかと思えば、数日間の雨が続いていよいよ梅雨明けの発表となったのだった。まあ、後日に梅雨明けの時期が検討されて修正されることもあるので、参考値である。

「……暑い」

 いきなり猛暑日が続かなくてもいいじゃないか。家が溶けそうだ。

「外に出るにもこの暑さじゃ大変だよねえ」

 扇風機を直に当てて全力で涼む私に、彼は自身を団扇で扇ぎながら苦笑した。

「なんかいい感じに涼しくなる方法、ないの?」
「神通力で涼むにしても限度はあるよねえ」

 彼、こと、神様さんは困ったような顔をした。限度があるのか。

「そっかあ。……映画館は涼しいだろうけど、今観たいのもないんだよね……涼むだけに観るのも気が引けるし」

 仕事が少し落ち着いているから、エンタメにも目が向くようになった。そりゃあ推しているゲーム関連の情報はしっかり押さえているし、推しアイドルの動向も追ってはいるけれど、それだけでは窮屈になる。多忙なときは推しが支えになってくれるから絞っていてもいいんだけど。

「ぐっずを見に行くのは?」
「神様さんを連れていくと視線が、ね」

 神様さんはとにかく目をひく。二次元から飛び出してきたようなプロポーションで、かつ、私の推しにどことなく似ているわけで、推しグッズを漁っている場合ではないのだ。別行動をするには連絡手段が彼にはない。
 まあ、念じれば届くっぽいけど。
 私が辟易しながら返すと、彼はふむと唸った。

「屋内でいい場所があればと思うんだけど」

 家の中で蒸されているよりはマシだろう。感染症対策的には人混みは避けたいが、熱中症も避けたい。

「水族館や美術館はどうかな?」
「どっちもあまり好みじゃなくて」
「知ってる」

 彼は朗らかに笑った。

「なに、試してるの?」
「変わってなくて安心した。工場見学や科学技術館、博物館は好きなんでしょ?」
「ん? そういう話、したことありましたっけ?」

 同居するようになって一年半ほど経つわけだが、デートと称して外を彷徨くようなことはない引きこもり体質な私である。そもそも仕事の都合もあって急なスケジュール変更が多いため、推し活と称してライブや観劇等で遠征することもなかった。
 だから、私がどういう場所を好むのかなんて話はした記憶がない。
 私が首を傾げると。彼は私に顔を近づけてにこりと笑った。

「ふふ、昔の話だよ」

 昔の話?
 私は実家で暮らしていた時に彼に会っているらしい。ふんわりとしか記憶がなくて、確証はないのだけども。

「昔の話……ねえ」
「希望があるなら、時間があるときに候補を出しておくよ」
「む……」

 ありがたい申し出だが、頭がぼんやりして働かない。
 お腹がぐぅと鳴った。

「ありゃ、元気な腹の音だ」
「元気に生きてるとお腹が減るんですよ」

 神様さんは食事が必須ではないらしいが、私はそうはいかない。

「うんうん。暑さに負けていないことがわかったよ」

 そう返して、彼はテーブルに団扇を置いた。

「まずは食事にしようか」
「コンロを使わないメニューがいいな……暑いし」
「梓くんからいい献立を聞いてあるから、任せておくれよ」

 アニキが神様さんにアドバイスをしたようだ。おかげさまで神様さんは私よりもずっと料理ができる。初めこそは悔しい気持ちもあったけれど、適材適所だと考えたらどうでもよくなった。私の料理の腕は壊滅的だ。

「わーい」
「文明の利器には頼るべきだねえ。人間はすごいよ」

 冷蔵庫から必要なものを取り出して彼は調理をはじめる。この光景もすっかり見慣れたものだ。
 そして、ふと思った。

「神様さんもスマホ、買いましょうか?」
「うん?」
「文明の利器、ですよ。スマートフォン」

 現状困っていないのは彼が神様パワーを行使しているからなのだろうけれど、連絡手段は複数持っていた方が便利なはずだ。

「必要かな?」

 手は止めずに神様さんは告げる。ネギを刻む音は途切れず続く。

「調べごとをしたり、予約取ったりできるんで便利じゃないですかね」
「でも、お金もかかるよね?」
「最低限の機能があればいいんで、容量が少ないのを選べば大したことはないかと」

 握っていたスマホでいくつか検索してみる。必要な機能から考えると、世代が古いものでも充分だろう。

「ふぅん」
「このあと、調べてみましょう」

 興味がなさそうだが、きっと便利なはずだ。私からアニキに神様さんのバイトのシフトの確認をする必要もなくなるし。

「君がそういうなら、前向きに検討しようかな」

 はい、と出されたお皿に素麺が入っていた。麺つゆがすでにかけられているのが我が家流。

「素麺!」
「水でほぐすやつ、いろいろな会社から出ているんだね。お湯を沸かさずに済むのはとても良い」
「いただきます!」

 箸を出して食べ始める。冷たくて美味しい。幸せである。

「ふふ。僕としては、君が元気で健やかに生きているならそれで充分なんだけどな」

 なんと返すのがいいのかわからない。
 私がじっと彼を見ていたら、麦茶を出してくれた。気が利いているなと評価するけどそうじゃない。
 私は麦茶を飲んだ。

「……この暑さ、乗り切れますかね?」
「それはこの土地の神様次第じゃないかな」
「ええ……どうにか交渉できないもんですかね」
「他所者の僕じゃあね」
「なんとか自力で乗り切らないと、ですか……」

 少しでも涼しくなりますように、そう願いながら私は素麺を食べるのだった。

《終わり》
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