上 下
29 / 90
アフターストーリー【不定期更新】

真夏日に熱を宿して

しおりを挟む
 梅雨入りがまだだというのに、早くも真夏日だという。地域によっては猛暑日だそうで、勘弁してほしい。

「弓弦ちゃん、おかえり」

 日が暮れて空気が入れ替わり始めた時間帯だとはいえ、コンクリートだらけの都心は熱気が篭りがちだ。私が汗だくで帰宅すると、彼はにこやかに迎えてくれた。

「先にシャワーを浴びるといいんじゃないかな」
「じゃあ、お言葉に甘えて」

 エプロンをつけているあたり、夕食の準備をしてくれていたのだろう。前もって帰宅時間を伝えておくと、こうして待っていてくれるからありがたい。いまだに連絡手段を持たせていないから、緊急時はアニキ経由になってしまうけど。
 彼がアニキの店で働くようになってそろそろ半年。フロアには出ずにキッチンメインで働いているのだが、時々お客さんの前に立つとざわめくらしい。イケメンだもんな。だから、本気で手が離せないとき以外は裏方に専念させているのだという。

「そうそう」
「うん?」

 バッグを片付けて着替えに持ち替えたところで彼が声をかけてきた。私はコンロの前に立って作業をしている彼に意識を向ける。

「新作、預かってきているから、湯上がりにどうぞ」
「了解」

 これはいいことを聞いた。私はウキウキしながら浴室に向かった。


#####


 シャワーを浴びて戻ると、テーブルに見慣れないカップが置いてあった。

「これが、新作?」

 髪を雑にタオルで拭きながらカップを見る。
 透明なカップにはゼリー状のカラフルな塊に半透明の青っぽい液体が注がれている。冷凍フルーツだろうか、赤やオレンジ色の小さなキューブがところどころに入っていた。

「うん。くりぃむが載っているのは保存が効かないから、持ち帰りはこういう感じ。お好みであいすを載せることもできるよ」
「ほええ……」

 また可愛らしいものを作ったものだ。色合いは写真映えがよくなるように考えられているのだろう。話題になればいいけど。

「さあ、どうぞ」
「いただきます」

 太めのストローで吸ってみる。柔らかいゼリーはとろけるようで、味は想像したよりもしっかりとしている。酸味の強いジュースに合っている気がした。

「これ、炭酸のはないの?」
「あるよ。暑くなったらそっちの方がウケるだろうなって梓くんが言ってた」
「次はそっちを注文する」
「今日は特に暑かったからねえ」

 そう告げて、彼は手際よくフライパンの物をお皿に取り分けた。キムチ炒め。こうも暑いと辛いものが食べたくなる。

「のんあるびぃるも冷やしてあるよ」

 説明しながら冷蔵庫から冷や奴を取り出す。お酒にも合いそうだ。

「今日は金曜日だからお酒があってもいいのに」
「僕がいるからって家飲みを増やすのはよくないよ」

 インスタントのわかめスープがお椀に入れられる。お湯が注がれて、乾燥ワカメがふわりと広がった。

「むむ……アニキに止められちゃいました?」
「ふふ。健康診断があるだろうから、不摂生には気をつけてって」
「むう。そんな心配しなくても、今はまともな時間に帰れるから大丈夫なのに」

 私が席に着けば、彼は箸を置いてくれる。空腹なので先につまみたいところだったが、サンプルの飲み物を飲むだけにした。フルーツの食感が面白い。フルーツポンチを飲みやすいドリンクにしたような味だと思った。

「そうだねえ。僕と暮らし始めた頃はまだまだ遅い日も多かったからさ、心配してたよ」

 炊飯器からご飯をよそって、私の前に茶碗が置かれた。彼の席にもひと通り食器が並んで、彼は席につく。

「あの頃は在宅勤務から切り替わったところだったから、業務が混乱していたのよね……」

 一年前のちょうど今頃は家に帰って寝るだけの日々だった。神通力で干渉しようとしてくる彼を鎮めるのに苦労したのがその頃だろうか。

「とにかく、健康第一さ。しっかりお食べ」
「はーい。いただきます」

 向かい合って、両手を合わせて食事を始める。すっかり馴染んでしまったが、これでいいのだろうか。
 熱々のごはん、キムチ炒め。すごく美味しい。

「――それに、君が元気じゃないとイチャイチャできないからねえ」
「ぐっ……ちょっ、口の中がいっぱいのときに言わないでください」

 喉に詰まらせたかと思ったわ。
 私が涙目で見つめると、彼は妖しく笑った。とても綺麗だ。

「明日はお休みなんだから、いいよね?」

 私の欲望に火をつけないでほしい。返事はもう決まっている。

《終わり》
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

デリバリー・デイジー

SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。 これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。 ※もちろん、内容は百%フィクションですよ!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...