上 下
19 / 86
アフターストーリー【不定期更新】

期間限定スイーツを。

しおりを挟む
 アニキのお店はバレンタインに合わせたチョコレートのメニューが出る。期間限定。毎年その話題を聞かされていたものの、仕事が忙しくて帰宅もままならず、たまの休日は寝て過ごしてきた私には縁のないものだと思っていた。

「――で?」

 情報処理が追いつかない。目の前にあるチョコレートがかかったソフトクリームが載るこの飲み物らしきスイーツはなんだろう。
 珍しく定時で帰宅した私に、神様さんは謎のスイーツを差し出してきたのだった。

「ほら、ばれんたいんっていうの? ちょこれえと味の物をこの時季は用意するものなんだって梓くんが教えてくれたんだよ」

 神様さんはにこにこ顔で説明してくれた。
 なるほど、アニキが神様さんをバイトに使っているときに教えたということか。
 よくよく思い出せば、二月の期間限定メニューはバレンタインに合わせてチョコレート味の商品を用意している。つまりこれはお店で出している期間限定商品ということだろう。

「それを私に?」
「疲れているときには甘いものがいいと思うんだよねえ。梓くんが作ったものを真似てみたんだ。どうかい?」
「美味しそうです」
「それは良かった。まあまあ、そこに座ってよ。僕が食べさせてあげるから」

 座らないという選択肢もあったが、とにかくお腹がへっている。ここは甘えておこうと思い、素直に椅子に腰を下ろした。

「ふふ。素直だね」
「余計な体力を使うのも、時間が経って溶けてしまうのも勿体無いでしょう?」

 さあよこせとばかりに口を開けると、神様さんは柄の長いスプーンで一口すくって口の中に突っ込んでくれた。ひんやりとした後に、想像したよりもビターなチョコの味が広がる。

「あんまり甘くないんですね」
「君はこういう味の方が好みでしょ?」
「それは……そうですけど」

 甘味は好きではあるけれど、とても好きというわけでもない。ほどよい苦味があったほうがより好きであると自覚している。

「ふふ。すいーととびたーの二種類があってね、僕は君にはびたーがいいって思ったんだ」
「ちなみに、どっちが人気なんですか?」
「どっちも同じくらい人気があるかな。客層が違うんだよね。あと、今年の二月は暑いから、こういう冷たい商品が思ったより売れてる」
「雪が降ったり上着が不要だったり、忙しい気候ですけどね……」
「雪のときは、この商品は失敗だったかなって思ったらしいんだけどね、なんとも言えないよねえ」

 神様さんはそう応えて楽しげに笑う。アニキの店でバイトをするようになって、仕事の考え方を学んできているらしかった。
 アニキは神様さんをどうしようって思っているんだか。
 手懐ける方向で声を掛けたはずだろうに、思惑からずれているような気がする。まあ、神様さんはちゃんと仕事はできているようなので、面白がっているのかもしれない。

「ソフトクリームの下はフラッペですか?」
「うん。珈琲味で、ちょっと甘味が足してある。氷に砂糖を入れておいたほうが柔らかい氷になるから、だったかな」
「へえ」

 カップをくれと手を出して催促すると、神様さんはスプーンも添えて私に差し出した。

「僕にもあーんってしておくれよ」
「いいですよ」

 私は躊躇せずにチョコがかかったソフトクリームをスプーンですくって食べさせる。今は互いに健康だし、同じ食器を使っても問題ないだろう。
 間接キス。

「……ふふ、美味しい」

 嬉しそうに微笑んで、神様さんは満足げに立ち上がる。

「それを食べながら待ってて。夕食の準備しちゃうから」
「私もやりますよ」
「いいんだよ、甘えてくれて。しばらく遅かったから、ゆっくりしておいてよ」
「……じゃあ、お願いします」

 私が告げれば、彼はエプロンをつけて手慣れた様子で夕食の準備を始める。
 最近は包丁を使って調理をすることが増えていた。私よりもずっと料理ができるようになっている。バイトで慣れたということもあるらしい。
 一応、神様のはずなんだけどな……
 こうして背中を見ていると、同じ歳くらいの青年である。私好みの顔と体型を持ったイケメンでもあるが、外見や言動が自然に馴染んできていて怪異であることを忘れそうになる。
 私は気を許しすぎただろうか。

「弓弦ちゃん?」
「はい?」

 急に名前を呼ばれるとびっくりする。神様さんは私の思考を読もうと思えば読めることを失念していた。
 彼は手を止めて私を見た。

「今は僕の好きなようにさせておくれよ。甘えてくれていいんだよ?」
「今日は私なりにめっちゃ甘えていますけど」
「うん、ちょっと驚いちゃうくらい、今日の君は素直で可愛いよ」
「じゃあ、それでいいじゃないですか」
「あんまり可愛いと、君を食べてしまいたくなるよ」
「それ、警戒したほうがいいってことですか?」
「ふふ。君がその気ならって思っただけさ」

 そう応えて、神様さんは調理に戻る。
 怪異に真意なんてないんだろうな……
 何を考えているのかわからないのは、彼が人間じゃないせいだ。そう思い込むことにして、私はスイーツを口に運ぶのだった。

《終わり》
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...