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アフターストーリー【不定期更新】

師走なのに暑すぎる

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 異常気象もいいところだと思う。暑すぎはしないか、師走だっていうのに。
 今年何度目になるのかわからない夏日の記録をスマホで確認しながら私は大きく息を吐く。

「ため息はよくないよ、弓弦ちゃん。幸せが逃げてしまう」
「クリスマスも迫ってるってのに暑すぎるんですよ……」
「暖房を入れなくていいだけ節約できていると考えればいいんじゃない?」
「冷房費が馬鹿にならないんですよ」

 そう返せば、正面に座る彼は肩をすくめた。

「まあ、そうだね。もう少し涼しくなってくれないと同衾を許してもらえないから、人肌が恋しくなる程度にはなってほしいよね」
「そっちに話を振るのはどうかと思いますよ」
「僕が顕現したのは、君の欲求不満を解消するためだからねえ」

 彼、こと、神様さんは冗談めかして告げる。
 神様さんは人間ではない。私の潜在的な力によって呼び出されてしまった怪異である。

「きっかけはそうだと認識していますけど、別にそこは主目的じゃないでしょうに」
「でも、好きでしょ?」
「……む」

 自身の顔を指差して妖しく微笑まれると何にも言えなくなってしまった。行為はとにかく、私は彼の顔も容姿も好いている。そこは否定できない。

「顔、赤くなってるけど、部屋が暑いのかな? 窓は開いているはずだよね」
「そうですね。外気温、二十度超えてるって話ですし」

 そう返事をして、私は顔をそむけた。
 すっかり彼はこの家の住人になってしまっている。彼がいることで助かることはあるものの、このままでいいのかどうかは悩ましいところだ。他の怪異を退けていることはこれまでの経験から自明ではあるが、一方で彼は私の寿命を消費している。私に怪異を退けるだけの能力や技術があればお帰りいただけるのだけども。

「――くりすますが近いねえ?」
「神様さんもクリスマスは楽しむんですか?」
「宗教的な部分はさておき、行事としては興味深いよね。君の望む物を与えることはやぶさかではないさ」
「欲しいものは特にないですね……強いていうなら、年末年始の確実な休暇がほしいです」
「あー……それは切実な願いだねえ」

 神様さんの同情する声が私に刺さる。仕事が忙しく、休日出勤も続いていた。今日はようやく手に入れた代休である。

「納品は二十四日だっけ?」
「うん……瑕疵期間があるから年末年始も待機なんだよね……在宅ではあるんだけど」
「お疲れ様です……」

 さすがに私の仕事への理解が進んでいるようだ。わがままや文句を言わないあたり、状況が伝わっているのだろう。

「納品のあとの打ち上げは参加しないで帰るつもりですよ。新しい彼氏とクリスマスは一緒に過ごしたいってことにしたら許可出ました」
「新しい彼氏? ん?」

 神様さんの動揺する声。私が彼を見やれば、神様さんは困惑顔をしていた。
 私は彼に人差し指を向ける。

「新しい彼氏、です」
「!」

 表情がぱあっと明るくなった。自覚なかったのか。てっきり自惚れた反応をしてくると思っていたのに意外だ。

「神様さんと同居していることは明かしていないんですけど、春先に別れた話はまことしやかに広まってまして。ならば仕事はし放題だよねとか、新しい恋人は必要ないかと詮索されたりとか鬱陶しかったので、新しい彼氏ができたことにしたんですよ、この前の飲み会の時に」 

 特に伝える必要はないと思っていたし、隠していてもバレるだろうと説明を怠ってきたがせっかくである。ざっと話せば、神様さんは私の手を取った。

「ただの居候じゃなくて彼氏でいいのかい?」
「彼氏になってほしいわけじゃないですよ。知人に会った時に説明が面倒だから、そういうことにしただけで」
「嬉しいなあ」
「話、聞いてます?」

 むしろ、ただの居候という自覚があったことに驚きであるのだが、さておき。
 すごく嬉しそうにされるとちょっと気まずい。怪異に不用意に名前を与えてはならないのは鉄則だが、役割を与えるのもよろしくはない。神様さんを彼氏にしてしまったら、いよいよ離れられなくなる。

「打ち上げを蹴って僕のところに帰ってきてくれるなんて、愛されてるよねえ」
「帰る口実に使っただけで、神様さんのためじゃないですよ」
「僕としては一分一秒でも君のそばから離れていたくはないからね。帰ってくるって約束してくれるだけでもすごく嬉しいんだよ」

 そんなにテンションが上がるとは。私は冷や汗を流す。

「……絡め取られている気がします」
「君が自分で選んだんだよ?」

 ニコニコする顔が近い。

「失策だったと後悔しています」
「またお兄さんに怒られてしまうかい?」
「お小言は喰らうでしょうけど、そこは、まあ、それこそ自分で選んだので」
「ふふ。えらいえらい。僕との付き合い方、上手になったねえ」

 そう返して、神様さんは私の頭を撫でる。その手は温かくてとても優しかった。

「……神様さんはそれでいいんですか?」
「うん?」
「私よりも都合のいい人間が現れたら、私を捨てるんでしょう?」
「それはないよ」
「即答なんですね」
「僕と君の縁はあの春に始まったわけではないからね。君が生まれたその瞬間から、僕は君と結ばれる運命だったから」

 眼差しはいつも以上に穏やかで、その目で見つめられると胸がときめいてしまう。
 絆されているよなあ、私。

「それ、前にもおっしゃってましたけど、運命だと言って縛られることもないんじゃないですか?」
「僕は君に縛られるなら本望だよ」
「……ふふ」

 なんか胸の奥が温かくなった。いつもなら突っぱねるところを素直に受け取ってしまったあたり、疲れが溜まっているのかもしれない。

「僕は弓弦ちゃんのこと、好きだよ」
「ここぞとばかりに告白しないでほしいんですけど」

 しかも、両手をギュッと握ってきており、私は拘束されている。
 神様さんは私の顔を覗き込むようにわずかに傾げた。

「彼氏として認めてもらいたいなあって。そのためには必要でしょう、愛の告白」
「神様さんのことは私も好いていますけど、彼氏ではないです」
「ふぅん……体の関係だけかあ」
「いいじゃないですか、それで」

 外聞はよくないけれど、そもそも説明する必要があるのは兄貴くらいであり、この関係はすでに知られている。問題はないはずだ。

「弓弦ちゃんは僕に願っていいんだからね、なんでも言うんだよ」

 少し残念そうに告げて、神様さんは離れた。

「言いたいことはちゃんと言うようにしていますし、欲しいものはちゃんと自分で買えていますよ」
「年末年始の休暇、しっかり休めるように僕もお祈りしておくね」
「奇跡は起こさなくていいですから」
「それは……状況次第?」

 これは何かあったらやらかすやつ……
 彼が出ないといけなくなるような事態が起きませんようにと私も密かに願った。切実である。
 すると、神様さんがポンッと両手を合わせた。

「――ああ、そうそう。梓くんから二十四日の食事はどうするのか相談するように言われてたんだった」
「兄貴が? 私に連絡くれればいいのに」
「忙しそうだったから遠慮したんじゃない? あと、僕がどうするのかの探りを入れたかったんだと思う」
「あー、なるほど……」

 神様さんの動向については兄貴も気にするところではあるだろう。私が彼と一緒に暮らすことについては目を瞑っていてくれているわけだが、別に賛成しているわけではない。怪しい動きを感知したり私に害をなすとみなしたりすれば、対策を検討するはずだ。

「たまには一緒にお酒飲もうよ。だめかな?」
「兄貴から許可出てるんですか、それ」

 私があきれて返すと、神様さんは人差し指だけ立てて見せた。

「一本は空けていいって」
「……私からも確認しておきます」
「僕は意図的には嘘をつけないよ?」
「知ってますけど、念のために、ね」

 テーブルに置いていたスマホを持ち直して、アプリで兄貴にメッセージを送る。履歴を見ていたらずっと既読スルーになっていたことに気がついた。なるほど、これなら神様さんに会いに来るのは妥当な気がする。

「ふふ。楽しみなことがあるっていいねえ。この体を得てよかったって思うよ」
「消える予定があるみたいなこと、言わないでくださいよ」
「何事も永遠に続くわけじゃないからね。感謝は言えるときに伝えておかないと」

 それもそうだな、とは思うが、私は素直じゃないから感謝も想いもきっと伝えきれないまま一生を終えるのだろう。私は私でいい。
 バイブレーション。兄貴からの返信。たまたま休憩時間だったらしい。食事とお酒は手配してやるから時間を指定するようにとあった。お酒の話を向こうからしてきたあたり、神様さんの言っていたことは本当なのだろう。兄貴が私にお酒を勧めるのは珍しいことだ。

「連絡、きましたよ。クリスマスセットを持ってきてくれるみたいです。私の帰宅が何時になるかわからないので、神様さん、受け取っておいてもらえますか?」
「梓くんが嫌がると思うけど、僕は構わないよ」
「じゃあ、時間決めて送っておきますね」
「了解」

 すっかりこの生活が馴染んでしまっている。いつかは終わるものだと、終えねばとさえ願っていたはずなのに。

「弓弦ちゃん?」
「はい?」
「たくさん、楽しい時間を過ごそうね」
「なんですか、急に」
「今夜も暑そうだけど、一緒に寝たいなあっていうお誘いだよ」

 何かをはぐらかされた気がした。いつもよりもちょっと神様さんが儚げに見える。

「……夜を待たなくてもいいですよ?」

 消えてなくなってしまいそうな気がして、私は誘いを受ける。仕事が忙しくて彼に構う時間が取れなかったのは事実だ。彼の状態を確認しておいてもいい気がする。
 私がおもむろに立ち上がれば、彼は目を瞬かせた。

「窓、閉めたほうがいいかい?」
「そうですね。声が響くとよくないですし」

 長い髪をシュシュでさっとまとめて彼のそばに行く。神様さんは優しく微笑んで私を抱きしめてくれた。

「ふふ。誘ってみるものだねえ」
「案じてるだけですよ」
「うん、わかってる」

 見上げた私の唇に彼は自身の唇を重ねる。

「君の優しさにつけ込んでいるんだよ」
「欲求不満の解消に利用しているだけなので、お気になさらず」

 返して、私は自分から彼にキスをしたのだった。

《終わり》
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