欲望の神さま拾いました【本編完結】

一花カナウ

文字の大きさ
上 下
59 / 96
神さま(?)拾いました【本編完結】

3.帰ってもらえませんか?

しおりを挟む

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 いつまでも素っ裸なのはどうだろうと思い、起き上がってキョロキョロとする。昨日着ていた服は洗濯カゴに突っ込むとして、とりあえず部屋着を身につけよう。
 ふだん仕事に出る前に部屋着のスウェットを脱いでベッドの上に置きっぱなしにしているのだが、今は当然ながらそこにはない。ベッドの足元を覗くと落ちてぐしゃぐしゃになっているのが目に入った。私は部屋着のセットを拾い上げてサクッと着る。
 にしても、散らかってるよな……
 家では風呂に入って寝るだけの生活を続けていた。数日に一回、入浴中に下着類を自動洗濯乾燥機に突っ込んでどうにか衛生状態を維持してきたわけだが、それ以外はまあだいぶひどい。家で食事をすると洗い物とかゴミ捨てとかの煩わしさがあるから、潔く全部外食にしたのは大正解だっただろう。
 よくこの家に男を引っ張り込もうと思ったな、私……
 シーツと枕カバーは洗濯した方がよさそうだな、と思ったところで彼が戻ってきた。

「水道水でいいのかな?」

 グラスの半分まで水を汲んで持ってきてくれた。時間がかかったのは、おそらく飲み物を探してくれたからだろう。

「お茶も切らしてましたからね。水道水しかないです」
「冷蔵庫の中を物色させてもらったけど、何もないよね。朝ごはんは食べない主義? それとも減量中なのかい? 僕は今の君の身体はもう少し肉付きがよくてもいいくらいだと思うけど」

 そう告げて、服の下にある私の胸やお腹のあたりを無遠慮に見つめてくる。

「ダイエットをしているわけじゃないですよ。ここ三週間近く、家には寝るためだけに帰っていたんで。食事は外で済ませているんです」

 そう答えて、彼からグラスを受け取って水をありがたくいただいた。たくさん汗をかいていたから、二日酔いの頭痛には悩まされていなかったけれどとても助かる。

「なるほどねえ」
「シャワー浴びたら買い物に行きますけど、自称神様さんはいつお帰りになります?」
「うん?」

 きょとんとされてしまった。ちょっと悲しそうにも見える。

「ほら、私、ちゃんと目が覚めましたし、心配もないでしょう? 神様だって帰る場所があるでしょうから、もうご帰宅いただくべきかな、と」

 帰宅という表現が正確なのか悩むところだが、ほかに的確な言葉が咄嗟に出なかったのでよしとしよう。

「あー……それはそうか」
「どちらの神様なのか存じ上げず申し訳ないですが、あなたを私が独占していいわけではないですからね。ちゃんとお返ししないと怖いじゃないですか」

 コイツを外に出したら、実家から送ってもらったお札をしっかりセットしよう。
 私はベッド近くの棚の上に散らばっているものを寄せてスペースを作り、コップをねじ込むように置いた。

「なにか手順があるとかお供え物が必要だとかあるなら、連れてきてしまったのは私なのである程度は協力しますよ」

 彼を見て譲歩と協力の意思があることを伝えていると、彼は無言で近づいてくる。離れようとした私はベッドに引っかかってストンと座った。近い。

「僕は君のそばに残るよ」

 妖しく笑うなり私を押し倒した。強く押されたわけでもないのにあっさり倒れてしまったし、そのまま腕を拘束されてしまって私は驚いた。

「え、あの!」
「君のことが気に入ったんだ。それに、君とは縁ができてしまったからねえ、そう簡単には離れられないよ?」

 せめて昨夜の記憶が戻ってくればいいのに。気に入られる要素がさっぱりわからん。
 身の危険を感じて刺激しないように言葉を慎重に選ぶ。

「ええっと……気に入ったって、この身体が、ですかね?」
「それもそうだけど」

 それはそうなのか。
 私が苦笑すると、彼は私の首筋に顔を近づけてペロッと舐めた。
 昨夜の感覚が呼び起こされたのだろう、彼の行動に驚いただけでなく身体が甘く痺れて声が漏れた。

「ちょっ……」

 いい匂いだ。これは花――梅の花の香りに似ている。彼が本当にどこぞの神様なのだとしたら、その境内には梅があるのだろうと思った。

「君、自分が特殊な体質だってこと、理解していないでしょ?」
「普通の子どもとは違うんだろうなって思ってましたけど。友だちには見えないものが見えてることが多かったですし」
「だったら」

 耳元で囁くのをやめて、彼は私と見つめ合った。ニコッと笑ったかと思えば、口元だけすっと笑みが消えた。怖い。

「その辺で見かけたナニカに願い事をするのは得策ではなかったねえ」

 口を塞がれた。彼の唇で。
 この感覚……
 深い口づけに酔わされる。昨夜、間違いなく彼とこんな口づけをした。身体が熱い。

「なっ、わ、私」

 少しだけ思い出した。
 帰り道、性衝動を持て余していた私は妄想していた。デスマで放置していたスマホゲームの推しとイチャイチャするところを。アイドルにも推しはいるのだが、生身の男とそういうことをするところは想像することさえ気持ちが悪くて、二次元キャラならなんとか楽しめた。そのまま眠ればいくらかスッキリするかななんて思っていたわけで。

「僕は契約を交わしたつもりだから、そこはよろしく頼むよ、弓弦(ゆづる)ちゃん」
「名前……」

 表札には名字のみ出してある。部屋に転がっている鞄を漁れば身分証は取り出せるだろうから調べることは容易ではあるが、彼に名前を知られているとは思わなかった。
 ……いや、夜も名前を呼ばれたような?
 それはさておき、神様に名前を握られるのはよろしくない気がする。
 私が焦ったことに気をよくしたのか、彼は言葉を続けた。

「ふふふ。可愛い名前だよね。倉梯(くらはし)弓弦。神様の加護をたっぷり得られそうで」
「自称神様というだけで、あなた、本性は悪魔じゃないですか……」
「ふふふ。そう思うかい?」

 父さん、私、人生最大の厄介な拾い物をしてしまったようです。
 後悔しているところで、腹の虫が盛大に叫んだ。重い空気をブチ破るめっちゃ響くいい音である。
 彼は目をまんまるくしたあとに腹を抱えて笑い出した。

「あはは。元気そうでなによりだねえ。たくさん運動したからかなあ」
「意味深な言い方しないでください……」
「本当のことじゃないか。気持ちがよかったんでしょう? すごく可愛かったよ」
「わかりました。勝手に言ってください」

 戦意消失で彼が退いてくれたので、私はベッドを出て風呂に向かうことにした。まずは汗を流さないと外に食べには出られない。

「身を清めるのかい? 僕も一緒に入りたいな」
「狭いので二人は無理です。すぐに出ますから、次どうぞ」
「残念。君の身体を清めるのを手伝いたかったなあ」

 どこまで本気で言っているのかよくわからない。まともに取り合っていたら先に進まないので、ため息だけついて浴室に入ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...