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召喚聖女は早くお家に帰りたい!

神官長と魔王と聖女

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「寒いか?」
「あ、これは、神官長のせいなので」
「――アイツに何された?」

 険しい顔で私は詰め寄られた。顔、近い。

 ――神官長の話はタブーなのかしら?

 私は思わず顔を引きつらせた。

「……性的な暴行を……その、ちょっととは言えない範囲で、いろいろ?」

 説明したくないので、適当にぼかして告げる。思い出したくない。あ、鳥肌が広がったぞ。

「ったく、アイツの言葉を信用するから」
「いや、でも、神官長なんでしょ? 街でも信用が厚いのは伝わってきたし、この国の王様だって頼っていたわ」

 神官長が私を街に案内したのは自分の地位やすごさを誇示するためでもあったのだろうが、確かに誰からも慕われて愛されているようには思えた。それは洗脳していたり脅迫していたりして得たものではなかったはずだ。
 世界を救えそうな程度にはあらゆる魔法を使いこなしてみせたし、神秘的な外見や佇まいはいかにもな雰囲気を醸し出していた。
 少なくとも私には、正義の人に見えたのだ。

 私が返すと、彼はうーんと唸った。頭痛をこらえているような表情を浮かべている。

「まあ、聖女のこと以外であれば、かなり優秀な男だ」
「そうなんだ……」

 概ね、私の印象とは違わないようだ。言い方から察するに、神官長のことをよくは思わないっぽいが、評価するところはちゃんと評価し、認めているらしかった。

「――聖女を逃したオレを逆恨みして、事あるごとに力を削ぐための儀式をしてくるくらいには執念深い。オレを恨むのは構わないが、それで魔王扱いされて封じてくるのはどうかとも思う。確かに、アンダーテイルズを安定させるためには、わかりやすい敵がいたほうが都合がいいし、魔物の動向を把握できるオレは役として適任だったんだろう。本当に、しょーもないやつだ」
「過去にいろいろあったんですね……」

 彼は苦労性のようだ。同情する。

「とりあえず、封じられているとは言っても、行動制限がかけられているくらいのもんだ。この城からだったらオレの力は存分に使える。あんたの生まれた世界に返してやることもできるから、少し休んだら帰るといい。手伝ってやるから」

 そう答えて、彼は私の頭を撫でた。本心では私を帰したくないと考えているみたいな、名残り惜しむような触れ方だった。

「ねえ、あなたはどうして私に優しくしてくれるの? 私は、その、事情を知らなかったとはいえ、あなたを封じたのよ? 助ける必要はないでしょう?」
「それは、オレだって聖女を愛していたからだ。アイツよりもオレの方が愛していたと思う。でも、彼女はどちらも選ばなかった。独占しようとした神官長を彼女は憎み、オレに助けを求めた。手の届かない場所に逃してほしい、と。オレは彼女に想いを告げず、言われるままに彼女が望むようにしてやったんだ」

 彼は懐かしむように告げて、表情を曇らせた。やがて、寂しそうに笑う。

「――オレは、かつてのあんたを殺したんだよ。アイツに陵辱されるよりはいいだろうし、文字通り遠くに逃げられる。そのときは、それくらいしか方法を思いつかなかったんだ。だから、今のあんたがオレを怖がるのは仕方がない。今度はきっちり逃がしてやるから、自分の人生を生きろ」

 離れていく彼の手を、私はすぐに両手で引き寄せた。

「あ、あなただって、自分の人生を生きていいんだよ? 生まれてきたんだから、権利はあるでしょう?」

 彼の満たされない気持ちや孤独を感じて、なにか私にできることがあれば力になりたいと思った。
 私は家に帰りたい。できるだけ早く家の状況を確認したい――それは私個人の話にすぎないので、そのためにわざわざ協力をしようと名乗り出てくれたお礼くらいはしたいのである。
 懸命に告げると、彼はあきれた表情を浮かべた。

「あんたはチョロいな。オレがあんたの気を引くために嘘をついているとは思わないのか? そんなんだから、神官長に騙されるんだろうが」

 ――まあ、素直なのは取り柄ですけど、短所でもあるわけで。

 ぐぬぬと思ったが、ここで引き下がっては彼は報われないではないか。そんなのはあんまりだ。

「だって、あなたが聖女さんのことを想っていたのは本当だと思えたんだもの。神官長みたいに今の私とかつての聖女さんを混同させないようにすごく意識しているのは伝わってくるし、それでいて私を大事にしてくれている。私には充分だよ」
「あんたな……そういう格好でそういう発言はしない方がいい。今すぐにでも襲いたくなる。オレだって持て余しているんだ。神官長より酷いことをすると思うぞ。何千年も、ずっと彼女に触れたいと願ってきたんだ。またとないこの機会を、オレは諦めようと自分に言い聞かせている。こうして話ができるだけで満足しようと、抑えているんだ。迂闊なことはするな」

 少々乱暴に私の手は払い除けられた。

「そういえば、風呂に入りたいんだったな。身を清めて頭を冷やせ。帰宅についての話はその後だ」

 早口気味に彼は言い捨てて、部屋を出ていく。足音の大きさで、彼の苛立ちが伝わってきた。

 ――魔王さんは……優しい人ね。ただ、大きな力を持ってしまったがばかりに、その役目を引き受けてしまっただけの。

 私は彼が残したマントを引き寄せて、大きく吸い込んだ。懐かしい匂い。

「――前世の私は、本当に誰も愛さなかったのかしら……」

 ちょっとでもその当時のことが思い出せれば、誰の言い分が真実に近いのかわかるのに。そんなことを考えながら、私はマントをギュッと抱きしめたのだった。

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