魔導師として宮廷入りしたので、殿下の愛人にはなりません？

すべての始まり

調べごとが増えました【第２章完結】

　私が懸命に説明すると、メルヒオールはふむと唸った。

「それが事実であるのなら、資料の改竄または秘匿、あるいは記憶の改竄が起こっている……モニックの魔力に反応したわけですから、相手が魔導師である可能性も高いですし……何者でしょうね」
「私の初めてのお客の情報、残ってなかったの？」

　これまで興味がなかったので私から訊ねることはなかった。
　あえて聞かなかったのは、あの日の事件についての調査書をまとめてらしいメルヒオールなら、男性客の素性を知っているものとばかり思い込んでいたからだ。いつでも聞き出せる情報を気にかけていられるほど、宮廷魔導師採用試験は甘くはない。試験勉強を優先しただけの話だ。
　私の問いに、メルヒオールは首肯した。

「ざっくりとしか。我が国の紋章が施された銀時計の所有者であることは確かなようなのですが」

　紋章入りの銀時計を所有している人物は、王宮内や宮廷内を自由に出入りできる身分であることを示している。宮廷魔導師でも、師範代以上の位になれば持っているはずだ。つまり、今のモニックたちは所有していない。

「妙な話ね。身分があきらかな人しか出入りできないって聞いていたのに」

　メルヒオールのいうことが事実であれば、程度の低い宮廷魔導師には名をあかせない人物ということだろうか。リシャール殿下は偽名も使わなければ、変装すらしないで堂々と現れていたのに。

　……殿下が特殊だったのか。

「――じゃあ、今でもこの近辺にいるかもしれないってこと？」
「そうですよ」

　あっさり返された。

　うーむ、そうなのか……今のところすれ違ってはいない気がするけど。

　宮廷魔導師の全員と顔を合わせる機会は宮廷入りした日に行われるパーティーくらいしかない。モニックのような研修中の宮廷魔導師は、研修生同士と師範代クラスの先生くらいしか日常的には顔を合わせないはずだ。師範ともなれば王族の護衛で忙しいため、研修生の前には滅多に姿を現さないものなのである。
　話したりすれ違ったりした人たちの顔を、さすがにその全員を今になって思い出すのは困難だ。

「うっかり接触して大規模な災害が起きるといけないので、こうして護衛がてら一緒の任務につけるように融通をきかせてもらっているのです」

　メルヒオールの思いがけない告白に、私は言葉を一瞬失った。

「……それ、早く言ってよ」
「おや、お気づきだとばかり。――しかし、引っかかりますね。時間が空いたら追ってみます。モニックも、何か思い出せる特徴があったら教えてくださいね」
「ええ」

　自分の素性を明らかにするためにメルヒオールには動いてもらっている。リシャール殿下から宮廷魔導師として出世するには必要な作業だからと言われているので始めたことだが、これといって進展はない。
　そこに初めての客についてを追う仕事を増やすのは気がひけた。

「……ありがとう」
「俺自身の勉強と実地訓練を兼ねてもいるので、深く考えないでください」

　この人は、なんで私によくしてくれるんだろう。殿下の命令とはいえ、そこまでする義理はないはずなのに。

　胸が苦しい。

「ちゃんと明らかになったら、出世して、投資が成功したって思わせてあげるわ」

　加えて、あなたの恋の応援もしてあげるからね！

　声には出さなかったが、私は心の中でしっかり誓った。

「それが俺にとっても殿下にとってもありがたいです。応援していますね」

　心強い仲間だ。私は改めて、宮廷魔導師としてどういう道を歩んでいきたいのかを意識したのだった。

《完》