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虫除け令嬢は薬学博士に捕われる

4.一曲踊りましょう

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 ダンスホール内を二人で歩く。おそらくフロランも何か情報を掴んで、興味のない舞踏会に参加せざるを得なかったのだろう。
 ダンスを促す曲が響き渡る。フロランと目が合った。

「踊ります?」
「そうだね、一曲くらいは参加しておこうか」
「そもそも踊れるんですか?」
「得意ではないが、鍛えられてはいるよ」

 そう答えながら、彼は私をスマートにエスコートする。
 踊り始めたカップルたちにうまく紛れてステップを踏む。私も久々だというのに、フロランのリードに無理なく合わせられる。私はあまり得意ではないのでたくさんの人が踊っているとぶつかりそうになることも多いのだが、恐いと思うような場面もなく一曲を踊り終えた。

「……得意じゃないですか」
「そうかい? 君が上手だからだと思うけども」
「私の腕じゃ避けきれないですよ」
「もう一曲、踊ってみるかい?」

 次の曲の演奏が始まっている。ほかのカップルが動き始めているので、この流れに乗るしかなさそうだ。

「ええ、喜んで」

 二曲目のゆったりとした旋律に合わせて会場をまわる。ダンスに気を取られて周囲に意識が向かなかったが、フロランのリードに合わせていればほかのことにも目を向けられる。
 あ、この香水は最近流行りの甘いものだわ。向こうの男性のはちょっと流行りから外れるけど、きっとお好きな香りなんでしょうね。
 すれ違うたびに意識が匂いに引っ張られる。香水もおめかしに使う道具のひとつだ。香りを纏うことでより印象深く演出することができる。恋と政治の場に相応しい香りを選べることは、物事をうまく運ぶテクニックと言えよう。

「ん?」

 珍しい匂いだ。思わずゾクっとして震えると、フロランがダンスの振り付けに乗じて抱き締めてくれた。

「大丈夫?」
「ええ、ちょっと慣れない匂いがしたものだから」

 匂いの持ち主が気になって目を動かす。
 あの人だ!
 茶色い髪を撫で付けた優男の姿が目に入った。婦人服の仕立て屋を経営している伯爵令息のコンスタンである。私が探していた人物だ。

「気になるのかい?」
「仕事のことで話が」
「……そう」

 二曲目が終わると、ダンスの輪から抜ける。だが、コンスタンの姿を見失ってしまった。

「シュザンヌ君、顔色が悪いね。先に帰るべきじゃないかな」
「いえ、ご心配に及びませんわ」
「二曲も踊れば、義務は果たしただろうに」
「それはまあそうですけど」

 主催者への挨拶は最初に終えている。帰ってしまっても問題はない。

「馬車の迎えの時間があるので」
「なら、僕が屋敷まで送ろう」
「お仕事はよろしいんですか?」
「僕の用事も終わったからね。どうかな」

 こんなふうに誘ってくるフロランは珍しい。なにか事情があるような感じがして、私は彼の手を取った。

「よろしくお願いします」

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