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虫除け令嬢は薬学博士に捕われる

3.舞踏会は潜入調査を兼ねて

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 王都のあちこちで貴族主催で行われる華やかな舞踏会は、子爵をいただいている私の実家にも招待状が届く。未婚の女性にとっては将来の旦那さまを見つける場であるし、結婚後であれば政治の場である。最新のドレスやメイクで着飾り、香水で周囲の視線を集めることが女性には求められがちだ。
 容疑者がいないなら市場調査をして帰ればいいよね。何かしらは益があるはず。
 令嬢ではあるが、私はどちらかと言えば科学者で商人だ。損得勘定にはうるさいので、転んでもタダでは起きない主義である。
 久しぶりに袖を通したドレスは少々古めかしい露出が控えめなデザインではあれど、とても似合っていると評判のものだ。
 少なめのフリルは行き遅れらしく年相応だろうし、朱色に近い黄色の生地は私の白い肌を鮮やかに魅せてくれる。胸と尻は大きめに強調し、腰はキュッと締めるあたりは今でも通用する流行りのスタイルだ。

「おや、シュザンヌ君。いよいよ君も結婚する気になったのかい?」

 舞踏会会場を偵察していた私に声を掛けてきたのはフロランだった。研究一筋で女性にも政治にも興味がない彼がこんな場所にいるのは珍しいのだが、よくよく考えると彼は未婚の貴族ではある。侯爵家の次男として生まれ、今は実家を離れて男爵家の人間として慎ましく生活している。
 私は小さく膨れた。

「何うちの母みたいなことを……」
「僕は君よりも君のお母様の方が歳が近いからね、視点は近いんじゃないかな」
「皮肉が皮肉になっていないんですけど!」
「はっはっは。だが、君もそろそろ結婚しないと貰い手がいなくなってしまうよ」
「うちは兄が家を継ぎますし、香水店が繁盛していれば結婚にこだわる必要なんてないんですよ」
「君にだって素敵な伴侶は必要だろうに」
「そもそも嫁の貰い手なんていないですよ。知っているでしょう、私がなんて呼ばれているか」
「しおらしく振る舞っていれば美人なのに、少し触れただけで痴漢撃退薬を噴霧するからだよ」
「婚約もしていない相手に手を出すのはよろしくないかと思います」

 私がますます膨れるとフロランは笑った。

「虫除け令嬢と呼ばれてしまうのは僕のところに通っているからというのもあるのだろうね。別に僕が撃退薬を教えたわけじゃないんだけど」
「面白くないですよ、別に」

 憤慨する私を無視して、フロランはふむと唸った。

「しかし、君がここにいるのはちょうどいい。僕に付き合ってくれないかい?」
「……はい?」
「いや、もう相手がいるなら僕は黙って身を引くよ」
「いえいえ、私が務めます」

 珍しい参加者に冷やかしで声をかけてくる者もいるのだろう。背が高く、癖の強い黒髪を後ろでひとつに束ねた眼鏡の紳士という外見は少々目立つ。
 チラッとご令嬢たちの集団を見やって、フロランは私に微笑んだのだった。

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