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運命に出逢ってしまった
今日のことは報告書に
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「――緒方あやめ、定時連絡の時間が過ぎているのだが、何があった?」
陰から音もなく現れたのは一人の少女。日本人形のような小ぢんまりとした顔に真っ直ぐ切り揃えられた黒髪を持つ美少女が、不機嫌そうな表情を浮かべてあやめを見つめていた。
「霧島さま……あの、すみませぬ」
あやめは潔く彼女、霧島縁(キリシマユカリ)に頭を下げる。
(まさか《紫の断ち切り手(アトロポス)》さま自身が現れるなんて……貴家さまの記憶を消されるか、はたまたワタシの能力を奪い去るか……)
頭を下げたまま、あやめは最悪の事態を想像して身構える。
霧島縁は委員会(モイライ)の中でも能力が高く、所属する能力者たちの管理をもしている人物だ。それゆえに能力者たちから恐れられ、彼女の能力名に権力者であることを示す《色》を冠して《紫の断ち切り手(アトロポス)》と呼ばれている。そして、あやめの今の上司であった。
「貴様が定時連絡を怠るのは初めてだったからな。予期せぬことが起きているのではないかと心配になって下りてみた。一体何があった?」
着ている和服の裾を翻し、縁はあやめに近付く。
「大したことではありませぬ。たまたま多重世界シンドロームの影響範囲内にいたがために巻き込まれてしまいまして――ですが、すでに解決済みでございます」
動揺を悟られまいとあやめは必死に平静を装う。ここで返答を誤れば、最悪の事態を早めることになろう。それはどうしても避けたいと願った。
すると縁はしばし黙る。腰まで伸びたつややかな黒髪がさらさらと動く音が聞こえることから、どうやら縁が辺りを見回しているようだとあやめは判断する。やがて縁は口を開いた。
「――任務が中断されているようだが?」
「はい、あっ、えっと……」
縁の鋭い指摘にあやめは言いよどむ。自身でも気にしていただけに、そこを突かれると弱い。
「――まぁ良い。報告書にまとめておけ」
「は、はいっ!」
縁がかすかに笑ったように思えたのは気のせいであったのか。あやめがようやく顔を上げたときには縁の姿はなく、確かめることはできなかった。
(――報告書に、ですか)
小さくため息をつく。
(何をどこまで正直に書いたものでしょう……)
貴家が消えて行った方向に目をやる。辺りはすっかり暗くなり、街灯の白い光が冷たく照らしていた。
(嘘を書いたら、ワタシは諮問会議に呼ばれるでしょうか)
その様子を想像して、あやめは身体を震わせる。
(でも……)
別の様子をあやめは思い浮かべる。
貴家に助けてもらったこと、優しく手をひいてくれたこと、そして――名を呼んでもらったこと。
(許されるなら、ワタシはまた貴家さまにお会いしたい)
こんなにも気持ちが揺らぐことはなかった。委員会(モイライ)の出す命令を忠実にこなしていればそれで良いのだと思っていたし、そこに疑問を感じたこともなかった。
しかし今は違う。
委員会(モイライ)の意向に反することになろうとも、貴家礼於のそばにいたいと思ってしまう。彼の力になりたいと思ってしまう。
(――彼は、ワタシに何を望んでいるのでしょう?)
この感情が、貴家の持つ能力――多重世界シンドロームに感化された結果である可能性を思い出し、落ち着いて分析を始める。
(要観察処分にならないかしら)
あやめは自分の意見をまとめる。まだこれだけでは結論を下せない、それが彼女の出した答えだ。
(そう。報告書にはそう書いておきましょう。そしたらまた彼の願い通りに、いえ、ワタシが願う通りに、逢うことができるかもしれませぬ)
強く日傘の柄を握ったあやめは、その瞳に強い決意の色を乗せると姿を影に溶け込ませる。
緒方あやめは貴家礼於とは別の次元で生きている存在である。世界の未来を管理する機関――位相管理委員会(モイライ)に所属する人物なのだ。
(また逢いましょう、貴家さま……)
黒服の少女は影に馴染むように消えていった。そこには彼女がいたことを示す痕跡は何もなかった。
陰から音もなく現れたのは一人の少女。日本人形のような小ぢんまりとした顔に真っ直ぐ切り揃えられた黒髪を持つ美少女が、不機嫌そうな表情を浮かべてあやめを見つめていた。
「霧島さま……あの、すみませぬ」
あやめは潔く彼女、霧島縁(キリシマユカリ)に頭を下げる。
(まさか《紫の断ち切り手(アトロポス)》さま自身が現れるなんて……貴家さまの記憶を消されるか、はたまたワタシの能力を奪い去るか……)
頭を下げたまま、あやめは最悪の事態を想像して身構える。
霧島縁は委員会(モイライ)の中でも能力が高く、所属する能力者たちの管理をもしている人物だ。それゆえに能力者たちから恐れられ、彼女の能力名に権力者であることを示す《色》を冠して《紫の断ち切り手(アトロポス)》と呼ばれている。そして、あやめの今の上司であった。
「貴様が定時連絡を怠るのは初めてだったからな。予期せぬことが起きているのではないかと心配になって下りてみた。一体何があった?」
着ている和服の裾を翻し、縁はあやめに近付く。
「大したことではありませぬ。たまたま多重世界シンドロームの影響範囲内にいたがために巻き込まれてしまいまして――ですが、すでに解決済みでございます」
動揺を悟られまいとあやめは必死に平静を装う。ここで返答を誤れば、最悪の事態を早めることになろう。それはどうしても避けたいと願った。
すると縁はしばし黙る。腰まで伸びたつややかな黒髪がさらさらと動く音が聞こえることから、どうやら縁が辺りを見回しているようだとあやめは判断する。やがて縁は口を開いた。
「――任務が中断されているようだが?」
「はい、あっ、えっと……」
縁の鋭い指摘にあやめは言いよどむ。自身でも気にしていただけに、そこを突かれると弱い。
「――まぁ良い。報告書にまとめておけ」
「は、はいっ!」
縁がかすかに笑ったように思えたのは気のせいであったのか。あやめがようやく顔を上げたときには縁の姿はなく、確かめることはできなかった。
(――報告書に、ですか)
小さくため息をつく。
(何をどこまで正直に書いたものでしょう……)
貴家が消えて行った方向に目をやる。辺りはすっかり暗くなり、街灯の白い光が冷たく照らしていた。
(嘘を書いたら、ワタシは諮問会議に呼ばれるでしょうか)
その様子を想像して、あやめは身体を震わせる。
(でも……)
別の様子をあやめは思い浮かべる。
貴家に助けてもらったこと、優しく手をひいてくれたこと、そして――名を呼んでもらったこと。
(許されるなら、ワタシはまた貴家さまにお会いしたい)
こんなにも気持ちが揺らぐことはなかった。委員会(モイライ)の出す命令を忠実にこなしていればそれで良いのだと思っていたし、そこに疑問を感じたこともなかった。
しかし今は違う。
委員会(モイライ)の意向に反することになろうとも、貴家礼於のそばにいたいと思ってしまう。彼の力になりたいと思ってしまう。
(――彼は、ワタシに何を望んでいるのでしょう?)
この感情が、貴家の持つ能力――多重世界シンドロームに感化された結果である可能性を思い出し、落ち着いて分析を始める。
(要観察処分にならないかしら)
あやめは自分の意見をまとめる。まだこれだけでは結論を下せない、それが彼女の出した答えだ。
(そう。報告書にはそう書いておきましょう。そしたらまた彼の願い通りに、いえ、ワタシが願う通りに、逢うことができるかもしれませぬ)
強く日傘の柄を握ったあやめは、その瞳に強い決意の色を乗せると姿を影に溶け込ませる。
緒方あやめは貴家礼於とは別の次元で生きている存在である。世界の未来を管理する機関――位相管理委員会(モイライ)に所属する人物なのだ。
(また逢いましょう、貴家さま……)
黒服の少女は影に馴染むように消えていった。そこには彼女がいたことを示す痕跡は何もなかった。
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