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王国の絡繰技師 3

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 式の前日、あたしは宮殿に呼ばれた。ロゼットに来てからはずっと別館の屋敷でのみ生活をしていたので何事かと警戒したが、屋敷を訪ねる余裕のないセトが式の前に話がしたいと設けたものらしかった。

「――こうして会うのは久し振りですね。あれからお構いできず、申し訳ありません」

 温かい湯気が立つ昼食が食卓に並べられる。食事中でもなければ休みを取れなかったらしい。たくさんの客を招いて会食もできるだろう広い食堂には、あたしとセト、給仕人しかいなかった。料理を運ぶ彼らは、仕事が終われば退室するのだろう。

「あなた、あたしに謝ってばかりですわね」

 ほとんどの料理が並べられたところで詫びるセトに、思ったままの台詞を言う。彼は会うたびにあたしに謝る。それは彼の癖なのだろうか。

「君に対して何もできていませんからね。婚約者ともなれば、この宮殿で休んでいただけるはずなのに、父が許さなかったもので」

 ――また皇帝陛下か……。

「いえ、お気になさらず。――最近、陛下をお見かけにならないとの噂を耳に挟んだのですが、お体の具合、よろしくないのですか?」

 その情報は屋敷から宮殿に案内してくれた使いの者から聞いたことだ。

「式に備えて休まれているだけですよ。おかげで主役である僕の仕事が増えているのですが」

 あたしの問いに答えて、セトはやんわりと苦笑する。

「それは大変でしたね」
「いずれは僕がしなくてはならないことです。文句は言えませんよ」

 部屋から給仕人がいなくなる。ついに二人きり。あたしは黙ってセトをじっと見つめた。

「――警戒されているようですね。以前屋敷でお茶をしたときは笑顔でいらしたのに」

 あたしは出された料理に手をつけず、セトの様子をただ窺う。彼は優しそうな笑顔をしばらく続けていたが、ふっと、彼の父親がするような冷たい表情を浮かべた。

「……てっきりこれまでの婚約者たちと同じように僕を殺しにやってくるのだと思っていたんですがねぇ。エンシさんはそのために送り込まれてきたのだと疑っていたのですよ。その直後から、君の人形が僕の周りをうろつくようになっていましたし」

 エンシに頼んで絡操人形をいくつか用意してもらい、宮殿に放っていた。それはセトを監視するためもあったが、皇帝陛下やほかの人間の動きを知っておく目的があった。つまり、簡単に殺されないための予防線だ。

「あたしはあなたを殺すつもりはありません。また、あたし自身もおとなしく殺されるつもりはありませんわ」

 彼の雰囲気に飲まれまいとあたしは集中する。この場に呼んだのには何か思惑があるはずだ。それを察して優位に立たねばならない。

「僕を利用するために、ですか? 君は人形を操る傀儡師でいらっしゃいますものね」

 笑えない冗談である。あたしは表情を変えないように注意し、沈黙を続ける。

「僕を殺しに来るようなら、返り討ちにしてやろうと考えていたんですよ。婚約者の名を騙って侵入してきた刺客の方々と同じように」

 言って、彼はここで微笑んだ。

「しかし、残念です。君の得意な絡操人形操作で我が軍を掌握し襲ってくることを期待していたので。――それはそうと、なぜ君は国が焼かれたとき、すぐにその能力を使わなかったのです?」
「使わなかったのではなく、使えなかったのですよ、セト様。この人形の足が、絡操技術で稼動する回路への介入を可能にさせたのですから」

 アスター王国が作り上げた最高の技術が、今のあたしを文字通り支えている。だから、あたしはアスターのために動くことをためらわない。

「なるほど。それなら納得です。――気になっていたことも解決しましたし、長話もこの辺で終わりにしましょうか」

 セトはおもむろに食卓から刃物を取って自分の首筋に当てた。あたしは瞬時に立ち上がり、叫ぶ。

「なんのつもりですか!? セト様!」
「君の話でよくわかりました。君が必要としているのは僕ではなく、僕の肩書きだ。ならば好きなようにするといい。僕は君の人形になるつもりはありません」

 切なげな笑顔。何もかもを諦めたような色がそこにあった。
 あたしは何と言って説得すべきか思考を巡らせるが、全く予期していなかっただけに何も浮かばない。

「僕はずっと父の人形でしかなかった。でも仕方がないと思っていました。父にはこの国を大きくしようという思いがある。国を拡げ、様々な技術を吸収し発展させることこそが、国民のためになると。その目的の前なら、僕はただのお飾りでしかないということでしょう」

 言って、セトは目を細めた。

「ただ愛されたかっただけなんですけどね……。父からの愛情は望めなくても、婚約者からならそれは望めるのではないかと期待してしまったのが間違いだったのですかね……」

 ――愛されたかった、か……。

 その台詞で、あたしは彼の不可解な行動の理由にようやく思い当たった。選択さえ間違えなければ、きっと死なせずに済む。

 ――でも、あたしが敵ではないことをわかってもらえるかしら? ううん。こんな機会をわざわざ作ってくれるくらいですもの。きっと理解してもらえるわ。

 あたしは閉ざしていた口から台詞を紡ぐ。

「セト様……あなたがどれほどあたしのことを想って下さったのかわかりました。その気持ちにお応え出来ず、本当に申し訳ありません」

 あたしの操る人形に気付きながら放置していたこと、皇帝陛下の不調、結婚式前日の突然の呼び出し、セトの告白――それらがすべて繋がり、一つの解を導き出す。

 ――こんなふうに試すだなんて、意地の悪い人だわ……。

 あたしは続ける。言葉を慎重に選びながら。

「陛下からの糸を断ち切る覚悟を決めたにも関わらず、あたしが同様のことをしようとしていると知って恐れるのは当然のことですわ」
「!」

 セトの目が見開かれた。顔色が変わる。

「あたしはあなた様が動けるように婚約者としてここに参上したつもりです。自分で動き出そうとしたあなたを止めようとは思いませんわ。ご自分の目で結末を見届ける覚悟があるのでしたら、そのような愚かな真似はおやめくださいませ!」
「……さすがは僕の婚約者に選ばれただけはありますね、メローネさん。――そうおっしゃるのでしたら、一つ願いを聞いてくれませんか? 君にしか頼めないことなのです」

 食卓に刃物を戻すと、セトは不敵に笑んだのだった。
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