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愛しき機織り娘
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しおりを挟むその日の夕方、グレイスワーズ商店。約束の時間に、両手に織物を提げた娘が店の入り口にやってきたのが目に入った。サンドラだ。
(今日は何も起きませんように……)
キースは祈りながら彼女を迎え入れるべく入り口に向かう。やがて扉につけてあった鐘がカランカランと音を立てた。
「こ、こんにちは……」
坂を一生懸命に上ってきたらしい。顔を真っ赤にしたサンドラが、息を切らしてかすれる声で挨拶をした。
「こんにちは、サンドラさん。今日もご苦労様です」
キースは引きつりそうになる顔を商人らしく笑顔に変えて、彼女の手荷物を早速受け取る。今日運んでもらった品は、姿身を隠せるくらいの大きさの綴れ織壁掛け五枚だ。丸められた状態で袋に入っていたのを取り出し、一枚一枚を確認する。
「きょ……今日は問題ないですよね……?」
女性に運ばせるにしては少々重い荷物だ――そんなことを考えていたキースを、不安そうな胡桃色の瞳が見上げてくる。
「そうですね。見たところ、注文していた品はそろっていますよ」
すべての確認を終えて、綴れ織壁掛けを巻き直す。予想していただけの販売がなく、在庫がまだあったはずなので、どこかに仕舞っておかねばならない。どこにおいておこうかと思案している傍で、サンドラは力なくへたりこんだ。
「あぁ……よかったぁ……」
「あ、え? 大丈夫ですか?」
そこまで気が抜けてしまうほどのことなのだろうか。疑問に思うと同時にキースは手を差し伸べる。
「あぁ、すみません……」
サンドラは苦笑して、その手を取ると立ち上がる。が、どうもふらつくらしくキースの胸にぶつかった。
「わわっ、ごめんなさい」
慌てて彼女は離れようとして、足をもたつかせて倒れそうになる。
キースはそんな彼女の身体を咄嗟に引き寄せた。彼女の細い身体がたくましいキースの腕の中に納まる。
「ふらふらじゃないですか。少し休んでいったらいかがです?」
口説いているつもりは全くない。彼女の身を案じたキースの提案に、サンドラは赤かった頬をますます赤らめた。
「で、でも……あまり帰りが遅くなると、雇い主様に怒られてしまいますから……」
「そんな状態でこの坂を下りるのはよろしくありませんよ。途中で倒れてしまいますよ?」
彼女の体重をほぼ支えているような状態だった。サンドラは足に全く力が入っていない。体力の限界のようにさえ感じられた。
(こんなふうになるまで働かされているのか……?)
腕の中の身体は細く、とても軽い。すぐに折れてしまいそうだとキースは思う。
(ちゃんと食べていないんじゃないか? この娘……)
「心配してくれてありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですから」
微笑むが、そこに力はない。
(ったく……厄介な女だ)
心の中で毒づき、キースは彼女を抱えあげた。軽い彼女の身体は容易に持ち上がった。
「はひゃっ!? い、いきなりなにするんですかっ!?」
「食事、すぐに用意しますから、少し食べていきなさい。あなたの主人への言い訳は一緒に考えてあげます」
「えっ……」
戸惑いの表情。サンドラの視線を感じていたが、キースは彼女を見ずに店の奥にある台所へとただただ歩みを進める。
「いらないといっても口に押し込んで差し上げますから、覚悟してください」
「す、すみません……。でも、助かります……作業に没頭していて、朝から何も食べていなかったものですから」
彼女が苦笑するのが視界の端に入って、キースは少しだけ安堵した。
(なんだ。食わせてもらえていないわけじゃないのか。――でも、この軽さはやっぱり異常だよな……。精がつくもの、作ってやるか……)
「何か好きなものと喰えないもの、あるなら教えてください」
「えっと……じゃあ……」
そのときは意識していなかったが、もしも彼女に惚れたのがいつだったかと問われたら、このときだと答えるに違いないだろう。彼女と過ごす時間が長くなった頃、キースがよく思い返していたのはこの日のことだった。
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