龍の繰り人

一花カナウ

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龍の繰り人

11:運命のいたずら、両親の死の真相。

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「ね、ねぇ、それってどういうこと? 私、この近くで保護されたんだって聞いているけど」

 だからこうして逢いに来た――その思いは口にはせず、ザクロの反応を窺う。

「保護されて、他の地域に引き取られたってことか……運命を呪うぞ。手間かけさせやがって」

 言って、ザクロはため息をつく。

「ねぇ、どういうことなの? それに、私を探していたみたいだけどどうして?」

 私は彼を探していた。それは自身の両親の行方を、自分の出自を知るため。
 でも、彼はどうして私を捜していたと言うのだろうか。『龍の繰り人』である私を捜し求めていた理由とはなんなのか。
 私が必死な気持ちで訊ねると、彼は真面目な顔をして答えた。

「俺には君の力が必要だからだ。別の地域の龍神たちと話をしたい、その願いを叶えるためにな」
「他の龍神と話を? なんのために?」
「いや、さ。この地域を生まれたときから管理してきたわけだが、このままでいいものかと思って。人間たちにしろ動物たちにしろ、この地域に根付くあらゆる生き物たちは特に不満なことはないみたいだけどな。だが、他の地域から来る連中を見ていて疑問に思ってさ」

 そこではっとした顔をしてザクロは私に問う。

「――そういえば、君は他の地域にいたんだろ? この辺と比べて、どうなんだ?」
「どうなんだ、って言われても……」

 いきなり問われても咄嗟に答えられない。
 物心がついてから過ごしてきた文化調査委員会本部がある町は大都市だ。道はきれいに舗装され、格子状に延びて整理されている。建物もこの辺りよりは高く、塀なんかもあってしっかり管理されているような感じだ。水もきちんと確保されており、各地域に行き渡るように計算され、急な大雨や旱魃にも対応できるようになっているのが自慢。商業は活発で様々なものが行き交い、そのせいか人々の動きも早い。たくさんの人間で賑わい、朝も晩も騒がしい。
 だけどどこか他人行儀な感じがして、私は馴染めなかったんだ。
 そんなにぎやかで明るい町の中、私は身寄りのないことを寂しく思いながら施設で暮らしてきた。よそ者の私をみんなは可愛がってくれたのだけど、それはそれで距離や壁を感じた。親のいない可哀想な女の子――そう思われるのが嫌だったからかもしれない。だから早く一人前になりたかった。自分の出自を知りたかった。
 ――だから文化調査員になって、赤の龍神様に会いたかったの。
 そんなことを思うと、この赤の龍神様の村は懐かしいような気がした。作戦だったとはいえ、私をもてなしてくれたことはとても嬉しかったし、どこかあったかい気持ちになった。居心地が良かった。それがどうしてなのかわからなかったし、それ故に油断が生まれたのだと言い訳したいくらいだ。
 うん。今ならわかる。ここが私の原点だからなんだって。
 低層の住宅、開かれた農地、整備の行き届いていない土そのままの道や、あるがままの川。不便そうに見えても、生活には困らない程度にそろっている場所。
 私はザクロの問いにしばし悩んだあと、ゆっくり答えた。

「こことはだいぶ雰囲気や設備が違うかな。人々が暮らすのに都合がいいように整えられているといった感じかしら。確かに便利なところがたくさんある町だけど、私はこの村の雰囲気も好きよ」

 言って、にっこりと笑う。何も不安がることはないよ、そう言う気持ちを込めて。
 この地域のことを意識している龍神の守護する場所だからこそ、そこで暮らしている生き物たちから好かれるのだろう。

「むむ……そう言われると照れくさいが、ならばなおのこと他の地域を見てみたいもんだ。人間に聞くだけじゃ物足りないからな。気になるばかりでどうにもおさまらん」

 私の答えに、ザクロは少しだけ頬を赤らめて視線を外すと腕を組んで唸る。本当に照れているらしく、それがちょっと可愛く感じた。
 それはさておき、よ。
 私は次の疑問を思い出し、ザクロにぶつける。

「――ところで、ザクロさんの目的はわかったけど、どうしてそのために『龍の繰り人』が必要なの? 地域の呪縛がどうのっとかさっき村長と話していたけど、とどのつまりどういうことなわけ?」

 他の龍神に会いたいなら、そうすればいいはずだ。わざわざ『龍の繰り人』を必要とする意味がわからない。
 私の持つ知識では『龍の繰り人』とは龍神たちを束ねる存在であるということくらいで、具体的にどんな力を持っているのかはわかっていないのだ。
 私の問いに、ザクロは「そういえばまともに説明をしていなかったな」と独り言のように呟く。

「知っている話かどうかわからないんで順に説明するとだな――」

 彼は面倒くさそうにしながらも、真面目な顔をして続ける。

「どんなに力を持った龍神でも自分が守護する地域から外に出ることができない。これを俺は呪縛と言っているんだが、『龍の繰り人』がいるときだけは例外だ。力に見合う『龍の繰り人』と契約した龍神は、彼らの力を利用することで他の地域に移動できる。それでやっと他の龍神と対面することができるわけだ。俺らにとって『龍の繰り人』というのはそういう橋渡しを担う重要な存在というわけ」
「その点は了解。初めて聞いた話だけど」

 よくよく考えてみると、どうして国が『龍の繰り人』を探しているのか知らなかった。龍神を従えることのできるすごい人だから、きっと敵に回したくないのだろう――そのくらいにしか想像していなかった自分をちょっとだけ恥じつつ、ザクロの興味深い話に耳を傾ける。

「――で、俺にとって君はそういう橋渡しをするために必要な存在だった。生まれたときから、君にはその証が刻まれていたはずなんだ。だが、何者かの陰謀か、運命のいたずらか、君は俺の守護地域から離れてしまった。ゆえに俺との繋がりが断たれ、俺は困っていたと言うわけだ」

 胸の痣の辺りを指差して言うザクロに、私は首をかしげる。

「そのあたりのこと、よくわかんないんだけど、私以外に代わりになりそうな人はいなかったの? 私、自分がそんな役目を果たせるだけの力を持っているだなんて意識したことなかったんだけど」

 誰よりもうまく炎の術を扱えるのは自慢だったが、所詮その程度の話だ。世の中を見ればこれくらいできる人間はごまんといるだろう。
 不思議に感じながら見つめ続ける私にザクロは続ける。

「君以外に俺の『龍の繰り人』はいない。少なくともこの世代で生まれてくるのは君だけなんだ」
「うーん……じゃあ、他の龍神様にも私みたいな『龍の繰り人』候補はいるわけ?」

 複数人の『龍の繰り人』が存在するかということはよく知られていない。同時期に存在したと伝えている書物は今のところないようなのだ。

「さぁな」

 私の問いは、期待とは別の方に返された。

「さぁなって……」
「だって俺、他の龍神に会ったことないし。会うには『龍の繰り人』にいてもらわなきゃならんし。ちょっとした話は村人経由でいくらか聞けるけど、そんな細かい話まではしないだろう……って」

 妙なところで言葉を切るザクロ。見開かれた炎の瞳がかすかに揺れる。

「どうかした?」
「まさか、俺が……」

 言って、ザクロはその大きな手を私の両肩に置いた。真っ直ぐ見つめてくる瞳は心を反映しているのか、陽炎のようにゆらゆらと揺らめく。

「落ち着いて聞いて欲しい」
「……え、えぇ」

 私はコクリと頷いて、ザクロの話の続きを待つ。彼はゆっくりと口を開いた。

「もしかしたら――俺が君の両親を殺してしまったのかもしれない」

 ザクロが……私の両親を殺した?

「な、何言って……」

 私の身体は震え始めていた。
 もしかしたら既に他界しているのかもしれない、そうは思っていた。文化調査員の試験を受けるのに必要な自分の身元を確認してもらったとき、どうしても辿ることができなかったから。
 だから、いつかそう告げられるんじゃないかと想像していた。覚悟しているつもりだった。
 なのに……ねぇ、嘘でしょ?
 赤の龍神様が、私の両親を殺しただなんて。
 なんで? ねぇ、なんでよ?
 視線を逸らして逃げてしまいたい気持ちと、真実を求め確認したい気持ちが交錯して、結局なにもまとまらないまま、ただじっとザクロを見つめてしまう。
 動けなかったのだ。心も、身体も。

「あぁ、俺もうまく処理できていないんだが、どう考えても俺が原因を作ったとしか思えない」
「原因って……?」

 搾り出すように告げる台詞。想像以上に私の声はかすれていた。笑えない。

「俺が迂闊だったんだ。君を『龍の繰り人』として選んだことを、言い触らすだなんてことをしたのが間違いだったんだ。俺はただ、みんなに君を守って欲しかっただけなのに」
「言っている意味がわからないわ」

 私は首を横に振る。視界も涙で歪み、よく見えない。

「だから、それが原因なんだよ」

 ザクロの声は淡々と響く。

「――君に『龍の繰り人』の力が宿っているのを知った君のご両親は、余計な脅威からしばし身を隠すために封印の儀式をし、その途中で亡くなったんだ。詳しい原因はうやむやになってしまったが、獣に襲われたのは確かだ。これまでは不幸な事故として片付けられていたが、これはおそらく他の何者かの力が介在している。君の力を善しとしない者が、邪魔をしたのだと考えていいだろう」
「でも、それなら、ザクロさんは悪くない……私、あなたを恨んだりしないよ? 仕方ないじゃない。あなたはそれが良いと思って、私のためになると思ってそうしたんだから。不幸な事故――私はそう思うことにするわ」

 ぽろっとこぼれる涙。それをそっとザクロは拭ってくれた。

「ありがとう。君の両親を守ることができなかった分、せめて君を守らせてはくれないか? 君さえいてくれれば、俺はどこまでもついて行くことができる。全力で君を補佐すると誓う。だから、俺と契約をしてくれないか? 俺の『龍の繰り人』になってくれ」

 真っ直ぐな思いが伝わってくる。真剣なんだってわかる。
 あぁ、そっか……
 やっと彼の本心が見えた気がした。
 初めに会ったときの印象は悪かったし、始終からかっている節があって気に喰わなかった。だけどそれは、私に正体を隠すのに必死だったからなのだろう。彼の不器用さが、そんな態度に表れていたのだとしたら――。
 神様扱いされている存在なのに、変な龍神様……
 私はふっと緊張を解いて笑みを作った。上手に笑えているかわからないけど。

「大丈夫。大義名分なんていらないわよ。私はこそこそされるのが嫌ってだけ。もう隠し事はないんでしょ?」
「……?」

 私が笑った意味がわからなかったのだろうか。きょとんとするザクロに、私は自分の目の端に残った涙を弾きながら続ける。

「――文化調査員ってのはね、『龍の繰り人』を探すための組織でもあるの。私が『龍の繰り人』になれるなら、前例がなくても私はやるわよ。やるしかないってことなんでしょ?」

 自分の首に下げた身分証を握る。新しい目標ができた。とてもやりがいのある大きな仕事だ。

「協力してくれるなら、私、頑張るわ。ザクロの願いも叶えられるように努力する。文化調査員である私なら、きっと誰よりも他の龍神様に会う機会が多いと思うし」

 言って私はザクロに手を差し出す。

「――至らないところも多いと思うけど、よろしくねザクロさん」

 ザクロの表情がぱっと明るくなった。

「あぁ。よろしく頼む! アンズ」

 私の手を包み込むザクロの手はとても大きくて、とても温かで――彼なら一緒にいてもうまくやっていけそうだと、なんとなく確信した。
 それ以上に……
 ザクロの中で何かが変わったのがわかって、私はくすっと笑って続ける。

「ザクロさん、やっと私の名前を呼んでくれたわね。名前、覚えられてないのかと心配しちゃった」
「なっ!?」

 指摘してやると、ザクロの顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。手もぱっと離してしまうし、かなり動揺しているようだ。
 あら、意外な反応。
 私は面白くって、にやっと笑って思わず続ける。

「何? 照れてるわけ? 私の名前を呼ぶのにそんなに抵抗があっただなんて気付かなかったわ」
「くっ……もう呼ばんっ! 龍神をからかうなっ!」

 これでこの話は終わりだと言わんばかりに、ザクロは村長に視線を向ける。それを合図に村長は声を張り上げた。

「よーしっ! これから祝いだっ! 『龍の繰り人』の誕生を祝してなっ!」

 村長の号令に村がざわめき、盛り上がる。




 こうして私はザクロとともに『龍の繰り人』としての日々を開始したのだった。

【了】
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