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この度、推しの母親になりまして

最推しは腕の中で。

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 出産中に気が動転して幻影でも見たんだと思いたかったが、現実は現実だったらしい。

 マジか……

 目を覚ますとレジス王が私の隣にいた。よくよく見れば、確かに前世での私の最推しリオネルにそっくりである。
 ふんわりと柔らかそうな、真昼の陽光に似た金髪。刷毛のようにびっちりとしげる睫毛。サファイアのようなきらめきを秘めた瞳。私の隣にいるときは優しげで穏やかそうな表情をしているが、執務のときや危急の事態にあたるときは周囲を一瞬で緊張させる凛々しい顔立ちになる。とにかく、かっこういい。
 最推しとの一番の違いは年齢だろう。私の夫、レジス王は現在三十二歳。今の私より十三も年上なのだ。

「アリアーヌ、よく頑張ったな」

 レジス王は私の頭を優しく撫でてくれた。

「ありがとうございます、レジス様」

 下半身が痛むし、産むときにめいいっぱい力を入れてしまったからか、どこもかしこも気だるくて筋肉痛である。出産はつらい。

 あー、そういえば、ゲーム内ではリオネルには弟と妹がいるから、あと二回は出産するのよね、私……

 余計な情報を思い出してしまった。少しの間だけ忘れておこうと密かに誓い、私は周囲を見る。ここは私の私室のようだ。

「あの……赤ちゃんはどちらに?」
「息子なら今は隣の部屋だ」
「元気にしていますか?」

 隣の部屋だと言うわりには静かな気がする。
 私が尋ねると、レジス王は近くにいた侍女に声をかけて、産まれたばかりの最推しを呼んだ。

「お名前はどうされますか?」
「これまでの歴史に則って、リオネルにしようと考えている」
「リオネル……よい名前ですわ。獅子のように気高く美しい子になるでしょう」

 ゲームの通りであれば、気高く美しい青年に成長する。それゆえに、孤独を味わうこともあるのだが、それはそれでいい。

「よかった。アリアーヌが気に入ってくれて」
「レジス様が決めたことでもありますもの。私は息子に素敵な名前をつけてくださって嬉しいです」

 そう告げたところで、おくるみに包まれた赤ちゃんが抱かれてやってきた。

「レジス様、どうぞ」

 レジス王は赤ちゃんをおっかなびっくりな様子で受け取ると、私の隣に運んでくれた。

「わぁ……可愛い……」

 顔だけ出ているのを見て、私は声を漏らす。
 顔が想像したより青白いのだが、レジス王も私も西洋系の肌の白さなのでこんなものだろうか。

 いやはや、お父さん似ですね! どう考えても推しそのものですね!

「手足も見たいのですが……寒いかしら?」
「え?」
「赤ちゃんは元気に手足をばたつかせるものだと聞いて――」

 そこまで説明して、はたと気づいた。
 この世界は多少はファンタジー要素を含んでいるが、近世ヨーロッパ風である。衣装だけでなく、生活スタイルも似ていると私が思い直したとき、重要な事実に思い至ったのだ。

 まずい! シナリオ的にはいきなり命を落とすことはないだろうけど!

 私は赤ちゃんを奪うように受け取り、おくるみを剥がす。中には布で手足をぐるぐる巻きにされた我が子が入っていた。

「あああああっ⁉︎ 待って、だめだめ!」

 顔色が悪いと直感したのは正しかった。
 私はきつく巻かれていた布を取り払って、我が子を抱きしめた。大きく息を吸い込んで、弱いながらも泣き始める。

「これは……」
「クルクル巻きは禁止です! こんなことをしなくても真っ直ぐに育ちます!」

 ふぇーふぇーと鳴くので、私は胸を出して赤子の口に含ませる。くすぐったいと感じたのもつかの間。力強く吸いついてきて、吸いちぎられるんじゃないかと思うくらいに吸われた。

「よかった……」
「アリアーヌ、お前が乳を吸わせずとも……」
「存じておりますが、今は、私が」

 王侯貴族なりのやり方があるのは知っている。でも、初乳は大事だと前世でならったのだから、最初くらいはあげたいのだ。

「……仕方がないな。だが、無理がするな」
「はい」

 私は元気そうな我が子を抱いて、幸せに浸るのだった。
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