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5:清算のためにすべきこと

本心がわからない

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「そう、ですね……婚約解消は助かります」
「ならば、お前さんはお前さんの道を進めばいい。なに、少しの間とはいえ、こうして愛らしいお嬢さんと会食ができたことは僕にとって喜びであった。付き合ってくれたことには感謝している」
「無駄な時間だったと罵られなくてよかったですけど……」

 やはり本心がわからない。
 オズリックは終始にこやかで、以前何度か会った時とくらべても穏やかな様子である。
 そもそもこの結婚、彼にとってあまり乗り気じゃなかったのかしら?
 自分に可愛げがないことは自覚している。私自身、一緒にいても楽しそうに振る舞えなかったから、義務だけでデートらしきことをしてきたのだろうと思っていた。
 これで和やかに話は終了になって、もう二度と顔を合わせなくなるのだろうか。
 同席しているスタールビーをもう一度ちらりと見やる。護衛という立場上、口を挟むことが許されないのだが、それにしても静かだ。なにかをじっと待っている気がする。
 これ以上なにも話を引き出せそうにないんですけど。
 自分の話題から、スタールビーの関係者の話に持っていけるかと考えていたけれど、向こうははなから私の問いには答えないというスタイルを貫いてきたので、覆すためのネタがないのだ。

「あ、あの……今日はお休みだったのですか?」

 屋敷にいるときでさえ、連絡係が周辺をうろうろしているように感じていたのだが、今は人払いもしているし、この部屋の外も何の気配もない。それは珍しい気がする。

「休みというわけではないが、たまたま時間が空いていてな。お前さんと会うのにちょうど時間が取れたのだ」
「貴重な休息時間にお邪魔してしまいすみません」

 私がペコリと頭を下げて恐縮すると、オズリックは楽しげに笑った。

「なにを謝ることがある。どうしても僕に会いたかったのだろう?」
「そうなんですけど……私が、あのとき一人で出かけていなければ、婚約が白紙に戻ることもなかったわけで、オズリックさまの予定を狂わせてしまって本当に申し訳なかったと……」

 予定を狂わせたのはステラで、でも予定通りだったら私は死んでいる可能性が高かったわけで、そのどちらも私が計画したことではないのだけども。
 どう言葉をまとめたらいいのかわからなくてどもると、オズリックの手が私に伸びた。自然と頬を撫でられる。俯いていた顔が自然と上がる。
 熱の感じられる瞳に心を奪われた。

「お前さんは悪くないのだろう?」

 これまで一度も触れられたことがなかったのに。
 結婚を前提とした健全な付き合いをしてきた。食事をしているときは事務的な話題ばかりだった。恋愛的な話題があがることもなく、当然ながら触れることも一切なかった。
 だからこんなふうに触られるとドキドキする。

「わ、わからない、です」
「お前さんは悪くないんだよ」

 諭すように告げると手が離れていく。

「自分で自分の道をいく決心がついたのであれば、卑下する言い方はやめなさい。お前さんはもっと我儘に生きていい」
「そうでしょうか?」
「ああ。そうあるべきだ」

 頷かれてしまった。
 オズリックさまって、私が思っていたよりもいい人だったりしますかね?
 心が揺らぐ。確認のために記憶を振り返ってみる。
 私を生贄にしようとしているって言っていたのはステラだけだし、何かの勘違いだったかもしれないのよね。暴走して面倒なことにしたのはステラだったわけで。
 私に家を出てほしくなくてステラが嘘をついた可能性は高い。彼の供述についてはセレナから聞かされていて、今はまだ裏をとっているところのはずだ。ステラとオズリック氏とのつながりについてはまだ不明なところは多い。私のお付きとして一緒に会っていたことは確かなのだが。
 オズリック氏とスタールビーの関係もまだ調査中であり、彼が語ったことのどこからどこまでが正しいのかわからない。
 少なくとも、スタールビーは私がこうしてオズリック氏に会うことを避けたかったはずである。私の計画で同伴を頼んでここにいてもらっているのは彼の真意を探る意図もあった。
 むむ……間がもたない。
 あまり長く話していると、オズリックのペースに巻き込まれてしまう。ふだんから人と接してこなかった弊害が出ているんじゃなかろうか。
 だいたい、オズリックさんの方がこういう探り合いは長けているでしょうからね、仕事がら……
 そう考えて、はたと気づく。なんでこの人は未婚なんだろう。

「――さて、話はこれで終わりでよいかな? まだ話が続くのであれば、一緒に食事でもどうかね?」

 食事。
 これは情報収集のためにも乗っておくべきのような気がするが、なにぶんもう手持ちの話題がない。婚約解消が決まった相手に、今さら仕事のことを聞くのも変だし、これまでの私たちのことを振り返るにもエピソードが薄すぎて文字通りに話にならないのだ。
 オズリックさんの機嫌がいいのはよいことだけど……どうしたものかしら。
 お腹は空いているが、ここで食事をするとなると帰宅できないだろう。

「ええっと……」

 どうしようかと迷っていると、お腹がぐぅっと鳴った。私は恥ずかしさのあまり熱を発する。
 オズリックとスタールビーが同時に笑った。

「こ、これはですねっ」

 その場を取り繕おうとワタワタする私に、スタールビーが片手を小さくあげた。
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