婚約者に逃げられて精霊使いになりました〜私は壁でありたいのに推しカプが私を挟もうとします。〜

一花カナウ

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5:清算のためにすべきこと

元婚約者との対面

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※※※※※


 結局、私たちはタクシーで移動した。万が一の襲撃を考えると、多数の民間人が利用するような乗り物は避けるべきであり、ふたりとも運転免許を持っていないから仕方なく、である。
 念には念をってことだったけれど、何事もなくてよかったわ……
 御屋敷の門の前で下ろされて、私は警備の人に呼び止められる。事情を説明して問い合わせをしてもらい、中に入れてもらうことに成功した。
 目的地まで連れて行ってくれるパネルに乗って移動し、別館の方に案内される。私が面会するときはいつだってこの別館の方だ。
 別館の扉の前に人影がある。使用人を従えているその男性を見て、私は驚いた。

「ようこそ、ジュエルさん」
「ご無沙汰しております、オズリックさま」

 私はパネルから降りるなり深々とお辞儀をした。
 年齢不詳の銀髪の男は私の元婚約者オズリック、その人だった。私のまわりにいた男性たちよりも少々背が低く、細身でもあるので小柄な印象であるが、子どもっぽいわけではない。アクセサリーで着飾ったりしないタイプだが、いつだって気品溢れる佇まいである。
 田舎貴族の私が隣に立つとやっぱり霞むよねえ……
 資産家で実業家の彼がなぜ私を伴侶にと思っていたが、家のつながりだけではないなら納得できる。少なくとも私にとって彼は、次元の違う遠い存在だ。

「おや、今日は身なりに気を配ってきたようだな?」

 顔を上げた私の胸元を見てオズリックは興味深そうに目を細めた。

「ええ。お守りのようなものではあるのですが」
「いい石だな」

 彼の手が無遠慮に私のペンダントに伸びる。思わずすくんでしまったのを、隣にいたスタールビーがさっと手を間に差し込むようにして制した。

「レディに対して失礼では?」

 牽制。
 オズリックはスタールビーを見て素直に手を引っ込める。

「そうだな。失礼した」

 私を見て謝るオズリックの声はその場をおさめるためだけの言葉に感じられたが、私を人間だと思っていない言動はいつものことである。

「いえ」
「さあ、中へどうぞ」

 話をしたいと告げて乗り込んだわけだから、部屋に通されるのは当然だろう。躊躇してしまった私の背中をスタールビーが軽く押してくれて、ゆっくり歩き始める。足が重い。
 私は家族以上にこの人が苦手なのだ。

「――魔物に会ったと聞いた。無事でなによりだよ」
「大きな怪我をしなかったことは、運が良かったとしか言いようがないです」

 応接室に案内されてソファに腰を下ろすなり、オズリックは告げた。
 魔物をけしかけてきたのはステラだったのだが、その点については伏せたままでいいだろう。私は適当な言葉を選んで返す。

「今日の御付きはステラではないのだな」
「はい。精霊管理協会に身を寄せている都合で、そこから貸していただきました」
「なるほど」

 オズリックが片手を上げると、部屋の中にいた使用人たちがさっと出て行った。
 私とスタールビー、オズリックの三にんだけになる。人払いをしたようだ。

「それで、今日の話というのは?」
「婚約解消の件でお伺いしました」
「そうか」

 あっさりである。
 私と顔を合わせたくないからあれだけ分厚い書類を寄越したのだと考えたが、それを踏まえると今日の面談をよく快諾してくれたものである。
 オズリックはとにかく忙しい。屋敷にいないことも多いし、私と会っていたときにも連絡があって中座することはたびたびあった。婚約の解消をしていよいよ関係がなくなったにもかかわらず、こうしてすぐに時間を作ってくれたのはありがたいのだが、一方で裏があるのだろうと警戒してしまう。
 真意はどこにあるのだろう。

「送っていただいた書類には目を通させていただきました」
「何か不備でもあったかな? 慰謝料を請求するというなら、弁護士を通して話をしよう」
「慰謝料を私側に請求されることはあっても、オズリックさまに請求することはないかと……」

 結婚式直前での婚約解消だ。確かにお金の問題に発展することはあるかもしれない。

「それに、式にかかるキャンセル料はすべてオズリックさま持ちとのことでしたので、私としては何の文句もございません」
「それならいい」

 前から思っていたけれど、お金で解決できるところは出費を惜しまないタイプなのだな。
 私は話を続ける。

「それで、なのですけど」
「なんだ?」
「私が婚約解消された本当の理由は何なのですか?」

 この結婚は政略結婚だ。政略的な意味がなくなれば、解消されるのは当然なのだが納得できない。
 オズリックは不思議そうな顔をした。

「そもそもお前さんは、僕との結婚を望んでいなかったのだろう? その問いに何の意味があるのだ?」
「ええ? 結婚を望んでいたかといえば、親がそうしろと言うからそういうものだと思い込んでいただけで、そこに私の積極的な意志はありませんでしたけど……」

 この男、昔からそうなのだがなにを考えているのかさっぱり掴めない。私をお飾りの人形だとでもいうように扱われていたように思っていたのだが。
 しどろもどろになりながら答えると、オズリックはふぅっと息を吐き出した。口元だけが笑みの形になる。

「今は少しは違うのだろう?」
「えっと……」

 私は迷う。
 迷っているのは、私の考えを正直に話していいのかどうかわからないからだ。答えは出ているが、明かすべきかわからない。
 私が助けを求めるようにスタールビーにチラッと目を向ける。彼は私の視線に気づかないのか、ただじっとオズリックを見ている。
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