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4:私の選択
夢に出たのは
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※※※※※
目の前で砕け散った。
紫水晶と黄水晶の破片が荒れた地面に広がる。
喉がひゅうっと鳴って、私は気づいた。
「――これは夢だわ」
夢なら怖くない。
夢だと認識していて、でも夢から逃れられないならば。
何者かの干渉を受けていると考えられる。
私は恐れることなく、魔物の姿をした誰かを睨みつけた。
「私が精霊使いになることを望んでいない誰か、ってことですか?」
魔物の影がゆらゆらと揺れる。
荒廃した景色から、屋内に変化した。この場所は知っている。元婚約者のお屋敷の、大広間だ。
「――僕の機嫌は取っておくべきだとは思わないのかい?」
知っている声だ。でも、意外な人物だった。
私は動悸を感じて右手で左胸を掴んだ。息苦しい。
「……兄さま」
私が呟くと、魔物が姿を変える。
背の高い細身の男、その顔立ちは私と共通する部分も多い。女顔だとバカにされるのが嫌なのだというが、あまりにも綺麗な顔だからそう揶揄われるのだろう。
彼は冷たく笑った。
「ジュエル。お前はステラの申し出を断ったのだそうだね」
「ええ。私は家を出る決意をかためましたので」
本人なのだろうか――と一瞬疑問に感じたが、彼の向こう側がどうなっているのかなんて気にしなくてもいいと割り切った。これがただの私の夢であるなら、いざ対峙したときのシミュレーションにしてしまえばいい話だ。いずれ、彼とは話をしないといけない。家督を継ぐのは兄だと決まっているのだから。
「どうして?」
「あのまま結婚をしていたら、家を出ていたわけです。私の利用価値もなくなったということで、晴れて自由の身だと思うのですが、いかがでしょう?」
どうしてと聞かれるとは思わなかった。だが、私の答えは決まっている。実家に帰る気持ちなんてないのだ。
兄は薄く笑った。
「自由? お前にはまだ義務が残っているだろう? その義務から逃げるなど許さない」
「兄さまがご自身の義務から逃れられないからといって、私を巻き込まないでくださいませ。私は私の道を行きます。そのかわり、二度と実家には戻りません。縁を切っていただいて結構です。私のことは死んだと思ってください」
「それは本当にお前の望みなのか?」
ゆっくりと兄は迫ってくる。
私は彼を見据えたまま後方に下がる。
「私の望みです。従順であれと育てられてはきましたが、洗脳されるほどではなかったということですよ」
「僕を愛してはくれないのか?」
「あなたは私を愛していないではありませんか。あなたが見ているのは私ではなく、自身の生まれた家であり、私が生まれ持った多大な魔力です。そのように見ろと育てられたのですから、私はあなたを恨みこそしませんが、だからといって愛せるはずもありません」
壁に追いやられた。
兄が見下ろしてくる。さげすむ目。
「お前は僕を助ける義務があるはずだ」
「私が助けを求めたとき、あなたは自分の命惜しさに私を差し出したじゃないですか。お忘れになったとは言わせませんよ?」
あの人と結婚することになったそもそもの原因はこの兄だ。あの縁談を持ってきたのは父ではなく兄だった。
「この国のためになるのだから、よいことだろう?」
「結婚をすればいいと勧めたのが兄さまであることは知っていますよ?」
セレナから情報提供を受けている。実行したのはステラだったが、影響を与えたのが兄であるのは間違いないとのこと。
「聖女の務めだろう?」
「ただの生贄ではないですか。私は私の力と意志をもって、この国のために尽くします」
兄は鼻で笑った。
「精霊使いも生贄ではないか。得体の知れない者たちに魔力と身体を捧げる卑しい仕事だ。そんなものに頼らず国を守れる技術があるなら、そちらを使うものだろう?」
「私はお断りいたします。誰か別の人にあたってください」
「ジュエル。わがままを言うんじゃない」
「わがままを貫き通そうとなさっているのは兄さまです。目を覚ましてください」
「目を覚ますのはお前のほうだ、ジュエル!」
私を見下ろす瞳が妖しく揺らめいた。
これは――
見つめていてはいけない、そう直感が告げる。なのに目を閉じることができないし、顔を背けることもできない。
「さあ、帰ろう」
目の前で砕け散った。
紫水晶と黄水晶の破片が荒れた地面に広がる。
喉がひゅうっと鳴って、私は気づいた。
「――これは夢だわ」
夢なら怖くない。
夢だと認識していて、でも夢から逃れられないならば。
何者かの干渉を受けていると考えられる。
私は恐れることなく、魔物の姿をした誰かを睨みつけた。
「私が精霊使いになることを望んでいない誰か、ってことですか?」
魔物の影がゆらゆらと揺れる。
荒廃した景色から、屋内に変化した。この場所は知っている。元婚約者のお屋敷の、大広間だ。
「――僕の機嫌は取っておくべきだとは思わないのかい?」
知っている声だ。でも、意外な人物だった。
私は動悸を感じて右手で左胸を掴んだ。息苦しい。
「……兄さま」
私が呟くと、魔物が姿を変える。
背の高い細身の男、その顔立ちは私と共通する部分も多い。女顔だとバカにされるのが嫌なのだというが、あまりにも綺麗な顔だからそう揶揄われるのだろう。
彼は冷たく笑った。
「ジュエル。お前はステラの申し出を断ったのだそうだね」
「ええ。私は家を出る決意をかためましたので」
本人なのだろうか――と一瞬疑問に感じたが、彼の向こう側がどうなっているのかなんて気にしなくてもいいと割り切った。これがただの私の夢であるなら、いざ対峙したときのシミュレーションにしてしまえばいい話だ。いずれ、彼とは話をしないといけない。家督を継ぐのは兄だと決まっているのだから。
「どうして?」
「あのまま結婚をしていたら、家を出ていたわけです。私の利用価値もなくなったということで、晴れて自由の身だと思うのですが、いかがでしょう?」
どうしてと聞かれるとは思わなかった。だが、私の答えは決まっている。実家に帰る気持ちなんてないのだ。
兄は薄く笑った。
「自由? お前にはまだ義務が残っているだろう? その義務から逃げるなど許さない」
「兄さまがご自身の義務から逃れられないからといって、私を巻き込まないでくださいませ。私は私の道を行きます。そのかわり、二度と実家には戻りません。縁を切っていただいて結構です。私のことは死んだと思ってください」
「それは本当にお前の望みなのか?」
ゆっくりと兄は迫ってくる。
私は彼を見据えたまま後方に下がる。
「私の望みです。従順であれと育てられてはきましたが、洗脳されるほどではなかったということですよ」
「僕を愛してはくれないのか?」
「あなたは私を愛していないではありませんか。あなたが見ているのは私ではなく、自身の生まれた家であり、私が生まれ持った多大な魔力です。そのように見ろと育てられたのですから、私はあなたを恨みこそしませんが、だからといって愛せるはずもありません」
壁に追いやられた。
兄が見下ろしてくる。さげすむ目。
「お前は僕を助ける義務があるはずだ」
「私が助けを求めたとき、あなたは自分の命惜しさに私を差し出したじゃないですか。お忘れになったとは言わせませんよ?」
あの人と結婚することになったそもそもの原因はこの兄だ。あの縁談を持ってきたのは父ではなく兄だった。
「この国のためになるのだから、よいことだろう?」
「結婚をすればいいと勧めたのが兄さまであることは知っていますよ?」
セレナから情報提供を受けている。実行したのはステラだったが、影響を与えたのが兄であるのは間違いないとのこと。
「聖女の務めだろう?」
「ただの生贄ではないですか。私は私の力と意志をもって、この国のために尽くします」
兄は鼻で笑った。
「精霊使いも生贄ではないか。得体の知れない者たちに魔力と身体を捧げる卑しい仕事だ。そんなものに頼らず国を守れる技術があるなら、そちらを使うものだろう?」
「私はお断りいたします。誰か別の人にあたってください」
「ジュエル。わがままを言うんじゃない」
「わがままを貫き通そうとなさっているのは兄さまです。目を覚ましてください」
「目を覚ますのはお前のほうだ、ジュエル!」
私を見下ろす瞳が妖しく揺らめいた。
これは――
見つめていてはいけない、そう直感が告げる。なのに目を閉じることができないし、顔を背けることもできない。
「さあ、帰ろう」
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