婚約者に逃げられて精霊使いになりました〜私は壁でありたいのに推しカプが私を挟もうとします。〜

一花カナウ

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3:運命の歯車が回りだす

そこまでにしておきなよ

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 目をぎゅっとつむってその瞬間を覚悟したが、私に触れることはなかった。

「おとーと? もう充分に伝わってるから、そこまでにしておきなよ」
「…………」

 そっと目を開けると、アメシストがシトリンの襟を引っ張って止めていた。シトリンの顔は諦めた表情になっている。目を伏せて、ゆっくりと離れた。
 アメシストが私の隣に座り直す。

「ねえ、マスター。僕もわりと君をむちゃくちゃにしたい衝動が渦巻いているんだよね。紫水晶であるはずの僕は、もっと穏やかであるべきなのに。それがどういう意味なのか、よく考えて」

 アメシストは私を見下ろして困ったように笑った。
 思ったよりこのふたり、気性が荒いな?
 それはたぶん、私の影響を受けているからだ。

「……肝に銘じておきます」

 私はゆっくりと身体を起こして、彼らから少し離れる。
 はあ、と短く息を吐いて、アメシストはベッドの端に移動しているシトリンを見やった。

「弟? マスターを怖がらせちゃだめだよ。女の子には優しくって言ってたでしょ」
「これでも充分に加減している」
「そう?」
「俺は……どうしたらいいのかわからない」
「そうだねえ。オパールに相談してみようか」
「……うん」

 持ってきた枕をぎゅっと抱きしめて座っているシトリンの背中を見ていると、自分の感情を持て余しているのがよくわかる。シトリンの言動を見ていたからいくらか冷静でいられるだけで、アメシストもまた同じような状態なのだろうと伝わってきた。
 鉱物人形は人間に似せている。姿だけでなく、心も似せているのだろう。それらしく振る舞っているのは、人間に似せているからなのか、それとも精霊がそういう性質を持ち合わせているからなのだろうか。

「…………はあ」

 難しいことを考えるには眠すぎる。私は大きく息を吐いて、身体を横たえた。アメシストもシトリンもベッドの上にいるのに、窮屈に感じないんだからこのベッドは広すぎる。

「マスター? あまり無防備な姿晒してると誘ってるって解釈するよ?」

 私を見てアメシストが苦笑した。その発言で耐えているのだとわかる。
 体格以上に、魔物と戦えるだけの身体能力を備えている鉱物人形と運動不足気味の人間だったらどっちに力があるのかなんて歴然であろう。本気で襲おうと思えばできるのにそうしないのは、彼らに常識と理性があるからだ。

「私、もうヘトヘトなので、眠いんです。手を出さないのであれば、隣で寝ていいですよ」
「それは約束しかねるなあ」
「今日は魔物の襲撃から安全に守ってくださったので、そのご褒美でもあります。添い寝のつもりでいらっしゃったんでしょう?」
「いや、下心があってきたが?」

 正直だな、シトリンさん。
 アメシストが小さく笑っている。
 この様子だと、私の部屋に行こうと誘ったのはアメシストではなくシトリンの方のようだ。

「とにかく。消灯の時間です。今夜は休みましょう。信頼していますよ、アメシストさん、シトリンさん」

 手を伸ばして、部屋の明かりを暗くする。ごそごそと動く音がする。
 ベッドは広いし、どうにかなるだろう――そう思っていたら、私の右側にアメシストが、左側にシトリンが枕を置いて寝転んだ。
 挟まれた?
 想定していた配置と違うのだが。

「ん?」
「おやすみ、マスター」
「マスター、良い夢を」

 続く寝息。呼吸の感じだとストンと眠ってしまったようだ。疲れているだろうし、寝つきがいいのはよいことである。
 ……挟まれてるけど、くっついているわけじゃないしいいか。
 深く考えたら眠れなくなる。私は思考を放棄して目を閉じたのだった。
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