10 / 123
2:私の人生が動くとき
賑やかな来訪者
しおりを挟む
※※※※※
いつの間に眠っていたんだろう。
目が覚めて、まぶたを擦る。目が腫れていそうだ。
「起きたかい?」
声をかけてくれたのはアメシストだった。ベッドの上に腰掛けて、こちらを見ていたらしかった。
「だいぶ寝ていましたかね?」
ゆっくりと身体を起こす。もうベッドからおりられる程度には回復していた。
テーブルは片付けられていて、封筒は中身がまとめられて棚に置かれている。ふたりがやってくれたに違いない。
「そうだね。お昼ごはんの相談をされたから、遅らせてほしいって伝えたよ。迷惑だったかな?」
「いえ。食欲がわかなかったので、助かります。――ところで、シトリンさんは?」
姿が見えないし気配がない。部屋にはいないようだ。
「弟は来客対応中。僕は交渉ごとがあまり得意じゃなくてね」
そう答えて、アメシストは軽く肩をすくめた。
来客?
家族も来ないだろうし、元婚約者も精霊管理協会には関連施設であっても近づかないだろう。私には親しい友人もいないので、訪ねてくる人物に思い至らない。
しかし、ある事実に思い至る。
「来客って、記者の方、ですか?」
魔物に遭遇して生き残った民間人である。取材が来るのならばわかるような気がした。精霊管理協会もディスプレイ越しに話をするくらいは許可を出しそうだし。
私が尋ねると、アメシストは苦笑いを浮かべた。思った反応と違うので私は首を傾げる。
「来客は君に、じゃないんだ」
「おふたりのお知り合いってことですか?」
「まあ、そういうところ。押しかけられたくなかったんだけど、こっちも動けないから仕方がないよね」
とても面倒くさそうである。
「アメシストさんはお会いしなくてよかったんですか?」
「僕は遠慮したいね。弟が戻ってこないあたり、難儀しているんだと思うよ」
「それならむしろ、助けに行かれた方がいいのでは……」
私も目が覚めたことだし、少しの間であれば何も問題がないのではないか。
私の提案に、アメシストはひょいっとベッドからおりた。
「それはそうかも。ちょっと出てくるよ。弟に押しつけるのもかわいそうだ」
「わかりました」
「ついでにお昼ごはんか軽食か頼んでくるね」
「でしたら、軽食をお願いします」
「了解」
そう答えて、アメシストは手をひらひらと振って部屋を出ていったが、静寂はそう続かなかった。
なに?
廊下が騒がしい。その音は徐々に近づいてくる。ともすれば、扉が開く音がした。
「こんにちはー! そろそろ俺の出番じゃあないかい?」
「どうしてどいつもこいつも病院で大声を出すんだ……」
聞き覚えがあるような軽いテンションとは対照的で憂鬱そうなシトリンの声が聞こえた。
シトリンは苦労性なのかもしれない。
カーテンがめくられる。そこに立っていたのは赤い髪の露天商だった。
「……って、ここ、人間は立ち入り禁止のはずなんですけど」
赤髪の露天商は無遠慮にカーテンの中に踏み込み、空いているベッドにどかっと座った。床に金属製の大きな鞄を立てて、彼は長い足を組む。
アメシストの姿が見えないが、どうやら入れ違いになってしまったようだ。
「ああ。俺は鉱物人形だからな。おっと。ちゃあんと許可なら取ってるぜ」
癖が強くてツンツンとした赤髪、赤い宝石のような瞳。キリッとした見目麗しい顔立ちなのはおそらく鉱物人形の仕様なのだろう。前回会ったときとは違う、きらきらした赤い衣装を纏っている。とにかく派手だ。
「ええ……」
病院の許可はもちろんですが、私の許可も取ってほしいんですけども。
私は不満の声を上げる。
いつの間に眠っていたんだろう。
目が覚めて、まぶたを擦る。目が腫れていそうだ。
「起きたかい?」
声をかけてくれたのはアメシストだった。ベッドの上に腰掛けて、こちらを見ていたらしかった。
「だいぶ寝ていましたかね?」
ゆっくりと身体を起こす。もうベッドからおりられる程度には回復していた。
テーブルは片付けられていて、封筒は中身がまとめられて棚に置かれている。ふたりがやってくれたに違いない。
「そうだね。お昼ごはんの相談をされたから、遅らせてほしいって伝えたよ。迷惑だったかな?」
「いえ。食欲がわかなかったので、助かります。――ところで、シトリンさんは?」
姿が見えないし気配がない。部屋にはいないようだ。
「弟は来客対応中。僕は交渉ごとがあまり得意じゃなくてね」
そう答えて、アメシストは軽く肩をすくめた。
来客?
家族も来ないだろうし、元婚約者も精霊管理協会には関連施設であっても近づかないだろう。私には親しい友人もいないので、訪ねてくる人物に思い至らない。
しかし、ある事実に思い至る。
「来客って、記者の方、ですか?」
魔物に遭遇して生き残った民間人である。取材が来るのならばわかるような気がした。精霊管理協会もディスプレイ越しに話をするくらいは許可を出しそうだし。
私が尋ねると、アメシストは苦笑いを浮かべた。思った反応と違うので私は首を傾げる。
「来客は君に、じゃないんだ」
「おふたりのお知り合いってことですか?」
「まあ、そういうところ。押しかけられたくなかったんだけど、こっちも動けないから仕方がないよね」
とても面倒くさそうである。
「アメシストさんはお会いしなくてよかったんですか?」
「僕は遠慮したいね。弟が戻ってこないあたり、難儀しているんだと思うよ」
「それならむしろ、助けに行かれた方がいいのでは……」
私も目が覚めたことだし、少しの間であれば何も問題がないのではないか。
私の提案に、アメシストはひょいっとベッドからおりた。
「それはそうかも。ちょっと出てくるよ。弟に押しつけるのもかわいそうだ」
「わかりました」
「ついでにお昼ごはんか軽食か頼んでくるね」
「でしたら、軽食をお願いします」
「了解」
そう答えて、アメシストは手をひらひらと振って部屋を出ていったが、静寂はそう続かなかった。
なに?
廊下が騒がしい。その音は徐々に近づいてくる。ともすれば、扉が開く音がした。
「こんにちはー! そろそろ俺の出番じゃあないかい?」
「どうしてどいつもこいつも病院で大声を出すんだ……」
聞き覚えがあるような軽いテンションとは対照的で憂鬱そうなシトリンの声が聞こえた。
シトリンは苦労性なのかもしれない。
カーテンがめくられる。そこに立っていたのは赤い髪の露天商だった。
「……って、ここ、人間は立ち入り禁止のはずなんですけど」
赤髪の露天商は無遠慮にカーテンの中に踏み込み、空いているベッドにどかっと座った。床に金属製の大きな鞄を立てて、彼は長い足を組む。
アメシストの姿が見えないが、どうやら入れ違いになってしまったようだ。
「ああ。俺は鉱物人形だからな。おっと。ちゃあんと許可なら取ってるぜ」
癖が強くてツンツンとした赤髪、赤い宝石のような瞳。キリッとした見目麗しい顔立ちなのはおそらく鉱物人形の仕様なのだろう。前回会ったときとは違う、きらきらした赤い衣装を纏っている。とにかく派手だ。
「ええ……」
病院の許可はもちろんですが、私の許可も取ってほしいんですけども。
私は不満の声を上げる。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる