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1:運命の出会い
修復のための口づけ*
しおりを挟む「――舌、出して」
小声で指示されて、私は迷いながらも小さく舌を突き出す。
「ふふふ。いいこだ」
アメシストの声は色気を帯びている。誘惑し私を堕とそうとしているような、そんなイメージが湧いた。
なんで?
彼の唇が私に触れる。小さな私の舌に彼の舌が絡んだ。
ドキドキする。
「やっ……」
ゾクっとした。動かないはずの身体がピクッと反応する。
濡れた音が室内に響く。
なんかいやらしいことをされている気分だ。
体温が上がって汗ばんできた。
「アメシスト……さん……」
とろんとした心地よさに酔わされる。こんな感覚は初めてで、どう対処したらいいのかわからない。
「――いい感じになってきたね。このまま僕と気持ちのイイコト、するかい?」
濡れた唇を色っぽく拭いながら尋ねられると、頷いてしまいそうになる。
気持ちが揺らぐあと一歩のところで、シトリンがアメシストの首根っこを捕まえて私から引き離した。
「ぎゃっ……弟⁉︎ 今取り込み中っ‼︎」
「身動き取れない相手を襲うな。そのくらいの良識と節度は持ってくれ」
「押せばいけるなら押すべきじゃないかな⁉︎ 精霊使いが精霊に身を捧げるのはよくあることだよ!」
「マスターの負担になることはすべきじゃない」
「弟は頭が硬すぎるよ!」
暴れるアメシストを後ろに放って、シトリンが私の寝ているベッドに片手をついた。上から見下ろされる。
「失礼する」
唇が重なった。軽く食まれると甘く痺れる。
普通のキスじゃない。
自然と目を閉じて堪能し、唇が離れると目をゆっくりと開けた。うっとりとした気分だ。
「……確かにこれはいいものだな」
「でしょ?」
見上げた先にいるシトリンの顔が赤い。照れているのだろうか。
「だが、やはりこれ以上のことはすべきじゃない」
「えー」
アメシストが不満げに膨れる。
シトリンはベッドに腰を預けて、私の頭を優しく撫でてくれた。
彼、頭を撫でるのが好きだな? 私もシトリンさんの手は嫌ではないけど。
「それ以上は禁止って言いながら、マスターに触ってるってずるくない?」
「これは……」
はっとした顔をして、シトリンは手を引っ込めた。
無意識で触っていたのか。
「頭撫でられるのは嫌じゃないですよ」
「じゃあ、僕もしてみていいかい?」
「髪型を崩さないでくださるなら」
「もちろんだよ」
アメシストの手がおそるおそるといった様子で伸びてきた。私の頭に触れて優しく撫でてくれる。
んー。なんか違うな?
これはこれで悪くないが、アメシストの動きは慣れていない気がする。どういうことだろう。
「……シトリンさんのほうが撫でるのがお上手だと感じたんですけど、なにか理由があるんですかね?」
失礼かと思いつつも、私はもっと彼らのことが知りたくて尋ねた。
アメシストがショックを受けたような顔をする。手が止まった。
聞かれたシトリンは不思議そうな顔をしたが、何か思い当たったのか両手をポンっと合わせた。
「ああ、わかったぞ。君が目覚めるのを待っている間退屈だったのでな。膝枕して休ませていた兄の頭を撫でていたんだ」
しょんぼりしていたアメシストは、シトリンの解説に目をまんまるくした。
「あ! 確かに撫でられてた! 気持ちがよかったよ、弟のナデナデ」
「ぐっすりだったものな」
「膝枕自体もいいよねえ」
「休めていたなら何よりだ」
んんんんん?????
私はどんな顔をして聞いたらいいのかわからない。
恍惚とした様子で話すのを見るに、アメシストが気持ちよく膝枕をしてもらっていたのは間違いがないだろう。シトリンは真顔だが。
というか、膝枕……?
若くて美しい男性が膝枕をしている――このふたりであれば絵になるような気がする。想像してみると、なんかとても元気が湧いた。なんだ、これ。
「……マスター、鼻血が」
「へ?」
ぱっと手を鼻に当てる。ぬるっとしていた。これは血だ。
「わわわ。興奮させすぎちゃったかな。ごめんよ」
「だ、大丈夫ですっ。腕、持ち上がるようになったみたいですし」
そう、キスの前では持ち上がらなかったはずの腕が動かせて、手で鼻を押さえられている。すごい進歩だ。
私が返事をすると、アメシストがそばの棚からちり紙を取り出して鼻に当ててくれた。
「のぼせちゃったんだねえ」
「たぶん、部屋が乾燥しているせいなんで、大丈夫です」
鼻をしっかり押さえて止血を試みる。垂れるくらいは出ていたが、大量というわけではない。心配することもないだろう。
「それならいいが……」
「ねえ? 顕現を解いた方がマスターの負担にならないだろうって思っていたけど、世話役が必要だよね。瘴気の都合上、鉱物人形しか近づけないし、もう少し、一緒にいてもいいかな?」
確かに誰かの手は借りたい。
そもそもこの部屋には人間は入れないということみたいではあるけれど、家族は来ないだろうしなあ……監視役が来るのも嫌だし。
美麗な青年に世話をされるのは悪くない。家で見慣れているのもある。ちょっぴり身の安全について考えることもあるけれど、ふたりが牽制し合っているならなんとかなりそうな気がする。
私は決断した。
「そう、ですね。お願いできますか?」
「もちろん、喜んで!」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
こうして、アメシストとシトリンは私が退院するまでのお世話係を引き受けてくれることになった。
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