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1:運命の出会い
町中で魔物が出るなんて聞いてない!
しおりを挟む※※※※※
「ひっ……」
声がちゃんと出ているのかわからない。
私は目の前の光景を信じられなかった。
なんで、こんなところに?
大通りに面した商店が魔物の咆哮で吹き飛んだ。さっきまで、普通に商売をしていたのに。一瞬で瓦礫の山だ。
耳が痛い。目は咄嗟に庇ったおかげで助かったが、耳までは庇えなかった。音がすごく遠い。身体に伝わる振動で、魔物が哭いているのがわかる。
逃げないと。
この光景を一般人である私が見ることなんてまずありえないことだし、至近で見ていて助かっている確率自体が極めて稀である。このままここにいたら、確実に命がない。
そんなことはわかりきっているが、身体が言うことを聞かないのだ。こんなに頭は冷静だって言うのに。
逃げないと。動きなさい、私の足!
少しでいい。魔物から離れなければ。そう願うのに動けない。膝が笑っている。恐怖が身体を支配する。
動いて。動きなさいって!
街中での騒ぎだ。きっと精霊管理協会が動いて、討伐部隊が来てくれる。魔物との戦いに巻き込まれないためにも、少しでも安全な場所に避難しなきゃいけない。
動いて! 動いてよ!
少しだけ音が聞き取りやすくなってきた。砂利が擦れる音が迫っている。
私に影が落ちる。
顔を上げる。
血の気が引いた。
私の背よりもずっと大きな異形の存在――魔物が私を見下ろしていた。
ああ、終わったな。
運がない。婚約者が「もっと身なりに気を配った方がいいんじゃないか」っていうから、頑張って街まで出たのに。
私は咄嗟に胸元のペンダントを掴んだ。紫水晶と黄水晶が隣接する希少な石を使ったペンダント。妙な経緯で今日の守り石に選ばれただけあって、終わりもそういうものか。
ああ、このペンダントをつけて、もっとお出掛けしたかったな……
お洒落をするなんて私には不相応だったんだ。ペンダントも私には合わないものだったんだな。
指先に力がこもる。石のペンダントトップが熱を持ったような気がした。
私は諦めて、目を閉じる。
直後、ふわりと私の身体が軽くなる。
死ぬと身体が軽くなるのだなと思っていたら、どうも様子が違う。私の柔らかい髪が風を捉えた。
何?
恐る恐る目を開けると、私は誰かに抱えられているらしかった。不格好ながら、肩に担がれているようだ。その上で、私は建物の屋根を下に見ている。しかも屋根はいずれも小さい。
「ひぇっ⁉︎」
「おや。意識はあるみたいだねえ」
戦場に似合わない穏やかでのほほんとした声が近くで聞こえる。
誰?
私を担いでいたのは、人間のそれとは異なる透き通った紫色の髪を風に靡かせた青年だった。飛んだり跳ねたりがしやすそうな大きめの衣装は薄紫色で、陽の光に反射してきらきら輝く。
「まあ、僕に担がれている間は、口をしっかり閉じておくことをお勧めするよ。ね、弟?」
「ああ、そうだな」
声が別の方向からも聞こえてびっくりした。ここは空中だというのに、反対側にも人影がある。
少し赤みが差す半透明の金髪を風で遊ばせている青年がいた。背格好は私を担いでいる男と同じくらいだろうか。こちらも動きやすそうなぶかぶかの衣装を纏っており、色は髪と似た黄色。紫髪の彼と同様に生地がきらきらしている。
「あ、あの⁉︎」
「初陣で戦闘はちょっと厳しいからね。今日のところは逃げるが勝ちだよ」
「そういうことだ」
彼らが私を助けてくれようとしていることは理解した。
だが、安心してはいられない。
眼下で魔物が跳んだ。
「んんんんんん!」
口は閉じていろと言われたので、必死に悲鳴を堪える。私の反応に、彼らも異常を察知したようだ。
「わぁ、よっぽど君を気に入っているんだねえ」
「厄介だな」
何もないはずの宙空を蹴って、ふたりは左右に別れた。間を魔物が突っ込んで通り過ぎ、落下していく。
こちらもゆっくりと下降を始めていた。
「兄よ、マスターを連れて安全な場所へ……といってもあまり離れられんが、とにかくここは別れよう。俺が足止めする」
金髪の彼が腰元に手をかざすと剣が現れた。金属光沢はなく、黄水晶に似た半透明の鉱物の剣だ。
「仕方ないね。無理はするなよ」
「心得た」
金髪の彼は返答するなり、落下した魔物を追うように速度を上げて下降する。
どうなってるの?
彼らが人間ではないことは察せられたけれど、逆にいえばわかるのはそれだけである。
「大丈夫だよ、マスター。君のことは、僕たちが必ず守るから」
そう告げて、紫髪の彼は私の背中をトントンと叩いた。
マスター?
私をそう呼んでいるっぽい。どうしてそう呼ばれているのか、謎であるが。
「ふふふ。やっと本隊が来たみたいだ。もう安心だね」
地面が近づいてくる。その中に精霊管理協会の制服を着た人たちが見えた。
ああ、助かった。
数人が集まる場所に私は下ろされる。制服を着た女性職員が、地面にへたり込んでいる私に近づいてきた。
「彼女を保護して」
紫髪の彼が短く告げる。
女性職員は私の様子を確認するためにしゃがんだ。私に大きな怪我がないとわかると、彼を見上げる。
「承知した。君の所属は?」
その問いに、彼は私を指差したのちに唇に長い人差し指を当てた。
「弟が待っているから、僕は行くね」
女性職員が次の問いを投げかける前に大きく跳躍。紫髪の彼は視界から消えた。
「……まさか」
紫髪の彼を追えないと諦めたらしい。女性職員が私に向き直り、肩を貸してくれる。もう少し足に力が入ると思っていたのにうまく動かせない。
私が動けないとわかるなり、彼女は仲間を呼ぶ。男性職員が気づいて近寄ってくる間に、私は安堵からか意識を手放していた。
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