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1:運命の出会い
露天商に絡まれまして。
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「お嬢さん。守り石を持っていないなんて、どうしたんだい?」
久しぶりのお出かけで商店街を散策中、露天商らしき青年に声をかけられた。
あ。確かに忘れてきた!
私はハッとして、普段なら無視して通り過ぎるというのに立ち止まってしまった。
この国では魔物避けとして、小さな石を持ち歩く習慣がある。こんな都会では滅多に魔物に遭遇しないので存在を忘れがちであるが、ひとたび郊外に出れば襲撃されて命を落としたというニュースを耳にするのだから気は抜けない。
今日は一人だけでの外出とあって浮かれすぎたようだ。守り石を家に忘れてきたなんて。
「ここに気にいるのがあれば、お安くしておくよ?」
立ち止まってしまった以上、冷やかしでも見ていかねば気まずい。
でも、なんで私が守り石を忘れてきたことを見抜けたんだろう? ただの商売文句? それとも、精霊使いなのかしら?
守り石には精霊の加護が宿るとされる。魔物と戦っている精霊使いであれば、見抜けるのかも知れない。
私は仕方なく青年の示す商品に目を向けた。
「……これ」
水晶が多いものの紅玉、青玉、緑柱石に黄玉、小さいながらも金剛石もある。私の目に狂いがないならば、すべて本物だ。
偽物とか屑石かと思ったのに……
私は生まれつき精霊が宿る石を見抜けるらしい。そのおかげか、ここに並ぶ石がどれも加護を得ているのがわかる。どうしてこんな場所に、と思えるようなものばかりだ。
「あ、でも待って。私、そんなにお金を持ってきていないんです。必要なものを買える分しか持ち合わせがなくて」
どう考えても高価なものだ。石は全てペンダントトップに加工されていて、使い勝手は良さそうだけれど、私の手が届くような代物ではない。
すると、綺麗な赤髪の青年は私の目をじっと見た。
「そうかい? 君に合う石ばかりだと思ったんだがなあ。ああ、じゃあ、この珍しいのはどうだ?」
彼は背中側に置いていた箱を引っ張り出すと、私の前に提示した。
紫と黄色が並ぶ半透明の石だ。これもペンダントトップに加工されているが、長細くてそこそこ大きい。
「買う買わないはいい。君は、この石にどんな価値を見出す?」
「紫水晶と黄水晶ですか? アメトリンって呼ばれている――」
もし本物なら、なかなか珍しい石だと聞いている。見たのは初めてだ。
この石を身につける人はどんな素敵な人なんだろう。
精霊の祝福もこの石には込められている。私には見合わないものだ。
「おう。そうだ。よく知っているな」
「なかなかお目にかかれないですよね。この色の比率がちょうど半々になっていて、澄んでいて綺麗。カットも申し分ないですよね。この石の魅力を引き出すのがお上手だと思います。流石は精霊が祝福を与えたくなる逸品と言いますか」
どうせ一期一会。思ったとおりのことを私は告げた。家族の前で精霊の祝福の話をすると気味悪がられるから言えないが、ここで相手が引いてくれるなら願ってもない。
私の回答に、赤髪の青年は目をまんまるくした。
「おっと、これは同業者だったかな?」
「同業者だったら、守り石を忘れてきたりしませんよ」
「はっはっは。それはそうか」
豪快に笑って、彼は蓋を閉めた箱を私に差し出した。
「銀貨一枚で譲るよ。俺の暇つぶしに付き合ってくれた礼だ」
「え、あっ、そんな破格の値段じゃいただけません!」
物欲しそうな顔をしていただろうか。焦って断ると、彼は指を三本立てた。
「なら、銀貨三枚だな。それでも充分破格だということは、君にはわかるだろう? この銀のチェーンもつけてやる。どうだ?」
「……曰く付きだったりしません?」
珍しい石だし目を引く品であるが、商品として並んでいなかった品だ。私としては惹かれる部分はあるものの、押し付ける勢いなのが引っ掛かった。
赤髪の露天商はニヤリと笑う。
「それは言えんなあ」
「曰く付きってことじゃないですか」
ため息をついてその場を去ろうと決めると、青年に掴まれた。
おっと、実力行使ですか?
見つめ合ってしまった。この青年、よく見ると結構美形だな、などと別の方向に意識が向く。
「君はこの石に選ばれたんだ。それに、守り石を持たないのはよくない。今日一日だけでいいからお供させることを強く勧める」
「……はあ」
妙なものに引っかかったものだ。私は諦めて財布を手に取った。
「銀貨三枚、ですね」
財布にはちょうど三枚入っていた。私はそれを取り出して、赤髪の青年に押し付ける。
すぐに手が離れた。
「まいどあり。もしも何か問題があったら、返品も受け付けるぜ」
「……わかりました」
これでもうおしまいだとばかりに、私は財布と石の入った箱を鞄に押し込んで露天商から離れたのだった。
※※※※※
変なのに絡まれたわ……
昼食を一人でいただく。普段は監視役が一緒なので、気が楽だ。好きなものを好きなように食べたい。
評判がいいお店のパンとお茶を味わいながら、ふと鞄に押し込まれた箱を見やった。
私には合わないと思うんだけどな。
気に入らないわけではない。むしろ、好きな石だ。可愛すぎるデザインでもないから、すっかり大人な年齢になってしまった私でも使いやすい。シンプルながら石の魅力を引き出すものでもあるので、こういうお買い物のような場面でも公的なパーティーの場でも問題なく連れて行けそうだ。
まあこれも縁だし、今日くらいは身に付けておくか……
今日一日だけでいいからと言われたことも引っかかる。なにも起こららければそれに越したことはないし、問題があれば文句を言いに行けばいいだろうか。
……でも、たぶん訪ねることはないだろうなあ。
今日の自由行動が終われば、またしばらく軟禁生活だ。結婚するまでの辛抱だと言われて要求を呑んだが、そろそろ限界である。今日の外出も、婚約者に言われたからようやく叶ったわけで、おそらく次はないのだ。
食事を終えて手を綺麗に拭くと、私は露天商から半ば押しつけられた石を首からさげたのだった。
久しぶりのお出かけで商店街を散策中、露天商らしき青年に声をかけられた。
あ。確かに忘れてきた!
私はハッとして、普段なら無視して通り過ぎるというのに立ち止まってしまった。
この国では魔物避けとして、小さな石を持ち歩く習慣がある。こんな都会では滅多に魔物に遭遇しないので存在を忘れがちであるが、ひとたび郊外に出れば襲撃されて命を落としたというニュースを耳にするのだから気は抜けない。
今日は一人だけでの外出とあって浮かれすぎたようだ。守り石を家に忘れてきたなんて。
「ここに気にいるのがあれば、お安くしておくよ?」
立ち止まってしまった以上、冷やかしでも見ていかねば気まずい。
でも、なんで私が守り石を忘れてきたことを見抜けたんだろう? ただの商売文句? それとも、精霊使いなのかしら?
守り石には精霊の加護が宿るとされる。魔物と戦っている精霊使いであれば、見抜けるのかも知れない。
私は仕方なく青年の示す商品に目を向けた。
「……これ」
水晶が多いものの紅玉、青玉、緑柱石に黄玉、小さいながらも金剛石もある。私の目に狂いがないならば、すべて本物だ。
偽物とか屑石かと思ったのに……
私は生まれつき精霊が宿る石を見抜けるらしい。そのおかげか、ここに並ぶ石がどれも加護を得ているのがわかる。どうしてこんな場所に、と思えるようなものばかりだ。
「あ、でも待って。私、そんなにお金を持ってきていないんです。必要なものを買える分しか持ち合わせがなくて」
どう考えても高価なものだ。石は全てペンダントトップに加工されていて、使い勝手は良さそうだけれど、私の手が届くような代物ではない。
すると、綺麗な赤髪の青年は私の目をじっと見た。
「そうかい? 君に合う石ばかりだと思ったんだがなあ。ああ、じゃあ、この珍しいのはどうだ?」
彼は背中側に置いていた箱を引っ張り出すと、私の前に提示した。
紫と黄色が並ぶ半透明の石だ。これもペンダントトップに加工されているが、長細くてそこそこ大きい。
「買う買わないはいい。君は、この石にどんな価値を見出す?」
「紫水晶と黄水晶ですか? アメトリンって呼ばれている――」
もし本物なら、なかなか珍しい石だと聞いている。見たのは初めてだ。
この石を身につける人はどんな素敵な人なんだろう。
精霊の祝福もこの石には込められている。私には見合わないものだ。
「おう。そうだ。よく知っているな」
「なかなかお目にかかれないですよね。この色の比率がちょうど半々になっていて、澄んでいて綺麗。カットも申し分ないですよね。この石の魅力を引き出すのがお上手だと思います。流石は精霊が祝福を与えたくなる逸品と言いますか」
どうせ一期一会。思ったとおりのことを私は告げた。家族の前で精霊の祝福の話をすると気味悪がられるから言えないが、ここで相手が引いてくれるなら願ってもない。
私の回答に、赤髪の青年は目をまんまるくした。
「おっと、これは同業者だったかな?」
「同業者だったら、守り石を忘れてきたりしませんよ」
「はっはっは。それはそうか」
豪快に笑って、彼は蓋を閉めた箱を私に差し出した。
「銀貨一枚で譲るよ。俺の暇つぶしに付き合ってくれた礼だ」
「え、あっ、そんな破格の値段じゃいただけません!」
物欲しそうな顔をしていただろうか。焦って断ると、彼は指を三本立てた。
「なら、銀貨三枚だな。それでも充分破格だということは、君にはわかるだろう? この銀のチェーンもつけてやる。どうだ?」
「……曰く付きだったりしません?」
珍しい石だし目を引く品であるが、商品として並んでいなかった品だ。私としては惹かれる部分はあるものの、押し付ける勢いなのが引っ掛かった。
赤髪の露天商はニヤリと笑う。
「それは言えんなあ」
「曰く付きってことじゃないですか」
ため息をついてその場を去ろうと決めると、青年に掴まれた。
おっと、実力行使ですか?
見つめ合ってしまった。この青年、よく見ると結構美形だな、などと別の方向に意識が向く。
「君はこの石に選ばれたんだ。それに、守り石を持たないのはよくない。今日一日だけでいいからお供させることを強く勧める」
「……はあ」
妙なものに引っかかったものだ。私は諦めて財布を手に取った。
「銀貨三枚、ですね」
財布にはちょうど三枚入っていた。私はそれを取り出して、赤髪の青年に押し付ける。
すぐに手が離れた。
「まいどあり。もしも何か問題があったら、返品も受け付けるぜ」
「……わかりました」
これでもうおしまいだとばかりに、私は財布と石の入った箱を鞄に押し込んで露天商から離れたのだった。
※※※※※
変なのに絡まれたわ……
昼食を一人でいただく。普段は監視役が一緒なので、気が楽だ。好きなものを好きなように食べたい。
評判がいいお店のパンとお茶を味わいながら、ふと鞄に押し込まれた箱を見やった。
私には合わないと思うんだけどな。
気に入らないわけではない。むしろ、好きな石だ。可愛すぎるデザインでもないから、すっかり大人な年齢になってしまった私でも使いやすい。シンプルながら石の魅力を引き出すものでもあるので、こういうお買い物のような場面でも公的なパーティーの場でも問題なく連れて行けそうだ。
まあこれも縁だし、今日くらいは身に付けておくか……
今日一日だけでいいからと言われたことも引っかかる。なにも起こららければそれに越したことはないし、問題があれば文句を言いに行けばいいだろうか。
……でも、たぶん訪ねることはないだろうなあ。
今日の自由行動が終われば、またしばらく軟禁生活だ。結婚するまでの辛抱だと言われて要求を呑んだが、そろそろ限界である。今日の外出も、婚約者に言われたからようやく叶ったわけで、おそらく次はないのだ。
食事を終えて手を綺麗に拭くと、私は露天商から半ば押しつけられた石を首からさげたのだった。
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