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第五話 消えたおきつねさまと烏天狗
消えたおきつねさまと烏天狗18
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生温い風が私の体を撫でていった。
平たくならされた土地は、名もない荒野のようで、どこか見知らぬところに迷い込んでしまったみたいだった。
「なんとか話はできたが、このあとうまくいってくれるかというところだな」
私の隣で、乾くんが腕組みをして遠くを見つめていた。
時刻は午後十二時半を少し過ぎたくらい。昼間なので日差しは強めだが、それでも今日はまだ気温的には過ごしやすいほうだ。
「……たぶん、ううん。きっとうまくいく。うまくいってもらわないと困る」
「乾くん。私たちがこれからやろうとしていることって、間違ってないよね? このまま進
んでいっていいんだよね?」
私は拭い去れない不安を、我慢できずに長身の彼に向けて吐露する。彼は困ったような表情を浮かべたあと、軽く笑みを口に乗せてこちらを見た。
「俺にもなにが正解かはわからない。だが、きみが考えに考えた末に決めたことだ。俺はそれを応援しようと思う」
乾くんの優しい言葉に、私はスッと心が軽くなるのを感じた。
「ありがとう。乾くんが味方になってくれたら百人力だよ。この前のも、乾くん式鎌鼬が効いたおかげで話を聞いてもらえるようになったんだから」
そう。この間工事の責任者である早川を襲った異変は、乾くんの力によるものだった。
乾くんの扱う霊刀童子切安綱は、普通の人間には見えない。それを利用して、ある意味人為的に怪現象を起こしたのだった。
「まあ、あのくらいしないとまともに話すら聞いてくれなさそうだったからな。高そうなスーツを駄目にしてしまったのは少しばかり申し訳なかったが仕方ない」
乾くんがそんなことを気にしていることが少しおかしくて、思わずくすりとする。
「とりあえず、ここにこうして準備をしてあるわけだから、そろそろやってくるころだよね」
「ああ、まずは彼らがやってくるのを待とう。計画はそれからだ」
それからしばらくして、早川が数人の関係者を連れてそこにやってきた。
「ああ、きみたち。先に来ていたのか」
早川の後ろには、塚本と、他に工事現場の関係者たち、それに頭に烏帽子、狩衣に袴姿の男性が歩いていた。
「地鎮祭の準備はすでに整っている。きみたちも立ち会ってくれたまえ」
早川は、私たちの顔を見ると、そう言って準備が整えられた祭壇のほうに私たちをうながした。
「地鎮祭をちゃんとしてなかったせいで、山の守り神がお怒りになった。ならばきちんとすればそのお怒りも鎮まるはずだ」
早川は自信満々だった。それを進言したのは私たちではあるが、それで事がすべてまとまると簡単に信じている辺り、意外と単純だと思う。
「そうですね。この工事を無事に終わらせるためにも、ちゃんと儀式を執り行いましょう」
私たちは他の工事関係者に混じって会場へと向かい、なりゆきを見守ることにした。
時刻は午後一時を回り、予定の時間となっていた。
立ち会い者は手水で心身を清めると、それぞれ用意された椅子に腰掛けていった。私と乾くんは一番最後に並び、最後部の席についた。
会場周囲には紙垂のついたしめ縄が張り巡らされ、正面には榊やお供え物が飾られた祭壇が設えられている。祭壇横には鍬入れの砂山が盛られ、地鎮祭の準備は万端に整えられていた。そして神主がしずしずと祭壇前に移動し、厳かな雰囲気の中、地鎮祭は始まった。
神主が開会を宣言すると、一気に場の空気は神聖なものに変わっていった。神主が手にした大幣を左右に振り、お供え物や参加者を払い清めていく。
私は順調に進んでいく儀式を見守りながら、他の事に頭を巡らせていた。
ふと空を見上げると、先程まで青かった空に薄暗い雲が広がってきているのが見えた。
「ご起立願います」
神主に促され、その場の全員が椅子から立ちあがった。降神の儀を行うのだ。
「オーーーッ」
神主が野太い声を出し、氏神と交信を図る。
不思議な空気感がその場を支配する。人と神との距離が近づく。人ならざるものが呼び寄せられる。
と、そのときだった。
どこからともなくなにかの鳴き声がこちらへと近づいてきた。それはあっという間に大きさを増し、辺りを包み込んだ。
「な、なんだ!?」
慌てる神主や工事関係者たち。その上空に、漆黒のものたちが集まってきていた。
ギャアギャア。カアカア。
「で、出た! 烏ども!」
不気味な鳴き声が、神聖な儀式の場をあっという間に不吉なものへと変えていった。
「な、何事ですか!? どうしてこんな……っ」
狼狽する神主は、すでに腰がひけてしまっている。
「乾くん!」
「ああ!」
私と乾くんは、そう言って身構えた。
平たくならされた土地は、名もない荒野のようで、どこか見知らぬところに迷い込んでしまったみたいだった。
「なんとか話はできたが、このあとうまくいってくれるかというところだな」
私の隣で、乾くんが腕組みをして遠くを見つめていた。
時刻は午後十二時半を少し過ぎたくらい。昼間なので日差しは強めだが、それでも今日はまだ気温的には過ごしやすいほうだ。
「……たぶん、ううん。きっとうまくいく。うまくいってもらわないと困る」
「乾くん。私たちがこれからやろうとしていることって、間違ってないよね? このまま進
んでいっていいんだよね?」
私は拭い去れない不安を、我慢できずに長身の彼に向けて吐露する。彼は困ったような表情を浮かべたあと、軽く笑みを口に乗せてこちらを見た。
「俺にもなにが正解かはわからない。だが、きみが考えに考えた末に決めたことだ。俺はそれを応援しようと思う」
乾くんの優しい言葉に、私はスッと心が軽くなるのを感じた。
「ありがとう。乾くんが味方になってくれたら百人力だよ。この前のも、乾くん式鎌鼬が効いたおかげで話を聞いてもらえるようになったんだから」
そう。この間工事の責任者である早川を襲った異変は、乾くんの力によるものだった。
乾くんの扱う霊刀童子切安綱は、普通の人間には見えない。それを利用して、ある意味人為的に怪現象を起こしたのだった。
「まあ、あのくらいしないとまともに話すら聞いてくれなさそうだったからな。高そうなスーツを駄目にしてしまったのは少しばかり申し訳なかったが仕方ない」
乾くんがそんなことを気にしていることが少しおかしくて、思わずくすりとする。
「とりあえず、ここにこうして準備をしてあるわけだから、そろそろやってくるころだよね」
「ああ、まずは彼らがやってくるのを待とう。計画はそれからだ」
それからしばらくして、早川が数人の関係者を連れてそこにやってきた。
「ああ、きみたち。先に来ていたのか」
早川の後ろには、塚本と、他に工事現場の関係者たち、それに頭に烏帽子、狩衣に袴姿の男性が歩いていた。
「地鎮祭の準備はすでに整っている。きみたちも立ち会ってくれたまえ」
早川は、私たちの顔を見ると、そう言って準備が整えられた祭壇のほうに私たちをうながした。
「地鎮祭をちゃんとしてなかったせいで、山の守り神がお怒りになった。ならばきちんとすればそのお怒りも鎮まるはずだ」
早川は自信満々だった。それを進言したのは私たちではあるが、それで事がすべてまとまると簡単に信じている辺り、意外と単純だと思う。
「そうですね。この工事を無事に終わらせるためにも、ちゃんと儀式を執り行いましょう」
私たちは他の工事関係者に混じって会場へと向かい、なりゆきを見守ることにした。
時刻は午後一時を回り、予定の時間となっていた。
立ち会い者は手水で心身を清めると、それぞれ用意された椅子に腰掛けていった。私と乾くんは一番最後に並び、最後部の席についた。
会場周囲には紙垂のついたしめ縄が張り巡らされ、正面には榊やお供え物が飾られた祭壇が設えられている。祭壇横には鍬入れの砂山が盛られ、地鎮祭の準備は万端に整えられていた。そして神主がしずしずと祭壇前に移動し、厳かな雰囲気の中、地鎮祭は始まった。
神主が開会を宣言すると、一気に場の空気は神聖なものに変わっていった。神主が手にした大幣を左右に振り、お供え物や参加者を払い清めていく。
私は順調に進んでいく儀式を見守りながら、他の事に頭を巡らせていた。
ふと空を見上げると、先程まで青かった空に薄暗い雲が広がってきているのが見えた。
「ご起立願います」
神主に促され、その場の全員が椅子から立ちあがった。降神の儀を行うのだ。
「オーーーッ」
神主が野太い声を出し、氏神と交信を図る。
不思議な空気感がその場を支配する。人と神との距離が近づく。人ならざるものが呼び寄せられる。
と、そのときだった。
どこからともなくなにかの鳴き声がこちらへと近づいてきた。それはあっという間に大きさを増し、辺りを包み込んだ。
「な、なんだ!?」
慌てる神主や工事関係者たち。その上空に、漆黒のものたちが集まってきていた。
ギャアギャア。カアカア。
「で、出た! 烏ども!」
不気味な鳴き声が、神聖な儀式の場をあっという間に不吉なものへと変えていった。
「な、何事ですか!? どうしてこんな……っ」
狼狽する神主は、すでに腰がひけてしまっている。
「乾くん!」
「ああ!」
私と乾くんは、そう言って身構えた。
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