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第五話 消えたおきつねさまと烏天狗
消えたおきつねさまと烏天狗17
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静かな森の中、寂れた祠の前に私たちは立っていた。そこは、先日見つけた謎の祠だった。
「この祠の神様が、お怒りなさってると、そういうことか?」
「へい。そういうことらしいです」
先日の工事現場の男(塚本というらしい)と、それに同行しているのはこの工事現場の責任者だという早川という男だった。背広を着て、オールバックにした黒縁眼鏡の中年男である。どことなく昆虫のような印象の男だと私は思った。
早川は、訝しげに片眉をあげながら、祠を見つめていた。
「山の守り神の祟りだと? なにを言うかと思えば。そんな馬鹿馬鹿しいことがあるわけないだろう。こんなちゃちな祠にそんな力のある神がいるとも思えんしな」
「いやいや、早川さん。これがそう眉唾ものの話とも言えねえんですわ。現に俺たち現場の人間は烏どもから何度も襲われてるんですから」
早川は、それを聞いて鼻で笑った。
「烏が? なにかやつらの巣でも壊したりでもしたのだろう。そんなこと気にしてたら、工事なんかできない。そんなくだらないことを聞かせるためにわざわざ私を呼び出したりしないでもらいたいな」
横で聞いていた私だったが、早川という男のあまりの不遜な態度に、だんだんと腹が立ってきた。ちらりと隣の乾くんに視線をやると、彼も憮然とした表情をしていた。
「いや、だがねぇ」
「きみもしつこいなぁ。私もこれで忙しい身なんだ。他に用がないなら失礼するよ」
早川が踵を返そうとしたところを見計らったように、サッと一陣の風が私たちの間を通り抜けた。
「……っ!?」
早川が一度瞬きをした次の瞬間、彼の身に異変が起きていた。
「ひっ……!」
一瞬自分の身になにが起きたのかわからなかった様子だったが、しばらくして己の身になにが起きたのか、理解した彼は、悲鳴に近い声を漏らした。
「あ、は、早川さん……!」
塚本も突然早川の身に起きたことを目の当たりにして、驚愕の声をあげる。
「な、わ、私のスーツが、ネクタイがあああ……‼︎」
早川のスーツの前面が、いつの間にか鋭く切り裂かれていた。ネクタイは真っ二つになって半分地面に落ちている。
「乾くん……」
思わず口にして、自分で自分の口を押さえる。
乾くんは私の顔を見て苦笑していた。
「ほら、やっぱり山の守り神様がお怒りなんすよ! あああ、神様すみません……っ。もう、工事はやめますんで! だから、俺だけはお助けを!」
「そんな馬鹿な……! 神の祟りだなんて……!」
目の前の大人の男二人はもはやパニック状態だった。そんな男たちに向かって、私はおもむろに声をかけた。
「やはり、この山の守り神様はかなりご立腹のようですね」
突然の私のこの言葉に、二人の男は初めて気づいたようにこちらを見た。
「き、きみたちは確か……」
「ここの工事現場で起きている異変について調査に来たものです」
胡散臭そうにこちらを見る早川に、乾くんが落ち着いた声で答えた。上背があるせいか、彼が言うと妙に迫力がある。
「ではきみたち、これがどういうことか説明してもらえるかね。本当に、この祠に祀られている神の祟りだと……?」
「ええ。この山の守り神が、近頃の人間たちの行いに対してお怒りなのです。これ以上山を削り自然を破壊していけば、もっと大変なことが起きるに違いありません」
「な、なんだって……!?」
先程まで祟りなど露ほども信じていなかった早川も、己の身に起きた凶事に、この手の話を笑い事として終わらせられなくなったようだった。
「そ、それではどうすればいいのかね。ここまで進めてきた計画を白紙に戻すなんてことはできない。烏野ニュータウンはこの町の発展のために必要なものなのだ」
早川はずれ落ちそうになっていた眼鏡を指で押し上げると、少しだけ落ち着きを取り戻した様子で息をついていた。
確かに、工事はすでに半ばまで進んでおる。これを中止することは、容易にできることではない。もし仮にできたとしても、かなりの困難を要するだろう。そして莫大な損失を生むに違いない。早川や塚本ら、工事に関わる多くの人間たちにとっては、仕事を失うことになるわけだ。
人間である私には、彼らの立場もよくわかる。そう簡単に工事をやめることなどできはしないだろう。
けれど、烏天狗の言っていた話も理解できるのだ。
彼らにしてみれば、人間たちは自分たちの住み処を破壊し、奪っていく侵略者でしかない。人間たちの言い分など彼らにはまったく関係ない話だ。
そこにどう折り合いをつけていくか。私たちになにができるのか。
人間と妖怪。
そのどちらとも対話できる私。
そんな私ができることはなんなのか。
おきつねさまがいない今、頼れるのは自分自身。
私は私のできる限りのことをする。
だからおきつねさま。
見ててね。
そして私は、話し始めた。
「この祠の神様が、お怒りなさってると、そういうことか?」
「へい。そういうことらしいです」
先日の工事現場の男(塚本というらしい)と、それに同行しているのはこの工事現場の責任者だという早川という男だった。背広を着て、オールバックにした黒縁眼鏡の中年男である。どことなく昆虫のような印象の男だと私は思った。
早川は、訝しげに片眉をあげながら、祠を見つめていた。
「山の守り神の祟りだと? なにを言うかと思えば。そんな馬鹿馬鹿しいことがあるわけないだろう。こんなちゃちな祠にそんな力のある神がいるとも思えんしな」
「いやいや、早川さん。これがそう眉唾ものの話とも言えねえんですわ。現に俺たち現場の人間は烏どもから何度も襲われてるんですから」
早川は、それを聞いて鼻で笑った。
「烏が? なにかやつらの巣でも壊したりでもしたのだろう。そんなこと気にしてたら、工事なんかできない。そんなくだらないことを聞かせるためにわざわざ私を呼び出したりしないでもらいたいな」
横で聞いていた私だったが、早川という男のあまりの不遜な態度に、だんだんと腹が立ってきた。ちらりと隣の乾くんに視線をやると、彼も憮然とした表情をしていた。
「いや、だがねぇ」
「きみもしつこいなぁ。私もこれで忙しい身なんだ。他に用がないなら失礼するよ」
早川が踵を返そうとしたところを見計らったように、サッと一陣の風が私たちの間を通り抜けた。
「……っ!?」
早川が一度瞬きをした次の瞬間、彼の身に異変が起きていた。
「ひっ……!」
一瞬自分の身になにが起きたのかわからなかった様子だったが、しばらくして己の身になにが起きたのか、理解した彼は、悲鳴に近い声を漏らした。
「あ、は、早川さん……!」
塚本も突然早川の身に起きたことを目の当たりにして、驚愕の声をあげる。
「な、わ、私のスーツが、ネクタイがあああ……‼︎」
早川のスーツの前面が、いつの間にか鋭く切り裂かれていた。ネクタイは真っ二つになって半分地面に落ちている。
「乾くん……」
思わず口にして、自分で自分の口を押さえる。
乾くんは私の顔を見て苦笑していた。
「ほら、やっぱり山の守り神様がお怒りなんすよ! あああ、神様すみません……っ。もう、工事はやめますんで! だから、俺だけはお助けを!」
「そんな馬鹿な……! 神の祟りだなんて……!」
目の前の大人の男二人はもはやパニック状態だった。そんな男たちに向かって、私はおもむろに声をかけた。
「やはり、この山の守り神様はかなりご立腹のようですね」
突然の私のこの言葉に、二人の男は初めて気づいたようにこちらを見た。
「き、きみたちは確か……」
「ここの工事現場で起きている異変について調査に来たものです」
胡散臭そうにこちらを見る早川に、乾くんが落ち着いた声で答えた。上背があるせいか、彼が言うと妙に迫力がある。
「ではきみたち、これがどういうことか説明してもらえるかね。本当に、この祠に祀られている神の祟りだと……?」
「ええ。この山の守り神が、近頃の人間たちの行いに対してお怒りなのです。これ以上山を削り自然を破壊していけば、もっと大変なことが起きるに違いありません」
「な、なんだって……!?」
先程まで祟りなど露ほども信じていなかった早川も、己の身に起きた凶事に、この手の話を笑い事として終わらせられなくなったようだった。
「そ、それではどうすればいいのかね。ここまで進めてきた計画を白紙に戻すなんてことはできない。烏野ニュータウンはこの町の発展のために必要なものなのだ」
早川はずれ落ちそうになっていた眼鏡を指で押し上げると、少しだけ落ち着きを取り戻した様子で息をついていた。
確かに、工事はすでに半ばまで進んでおる。これを中止することは、容易にできることではない。もし仮にできたとしても、かなりの困難を要するだろう。そして莫大な損失を生むに違いない。早川や塚本ら、工事に関わる多くの人間たちにとっては、仕事を失うことになるわけだ。
人間である私には、彼らの立場もよくわかる。そう簡単に工事をやめることなどできはしないだろう。
けれど、烏天狗の言っていた話も理解できるのだ。
彼らにしてみれば、人間たちは自分たちの住み処を破壊し、奪っていく侵略者でしかない。人間たちの言い分など彼らにはまったく関係ない話だ。
そこにどう折り合いをつけていくか。私たちになにができるのか。
人間と妖怪。
そのどちらとも対話できる私。
そんな私ができることはなんなのか。
おきつねさまがいない今、頼れるのは自分自身。
私は私のできる限りのことをする。
だからおきつねさま。
見ててね。
そして私は、話し始めた。
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